グリモワールの修復師

アオキメル

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3章 リリスと魔族の王子様

111 城へ至る扉

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工房の扉の前を通り過ぎる。
 メルヒがあたら出かけてくることを告げようと思ったが、中には誰もいないようだった。
 流れるように、フルールに手を引かれてさらに奥の部屋に案内される。
 ここから先はリリスも入ったことがない書庫がある場所だ。

 厳重に鍵がかかっているはずなのに、フルールは何事もないように扉を開けた。
 何も無い部屋の奥にさらに扉がある。
 書庫の前室というやつだとリリスは思った。
 書庫の扉を二つにすることで、本を害する虫の侵入を防いだりする。
 外との温度差に慣らす役割もある。
 書庫の扉の前には、足をペタペタして汚れなどを持ち込まないようにする粘着マットが設置されていた。
 フルールもリリスもペタペタして次の扉通った。

「ここが書庫…」

 リリスは初めて入る部屋に、物珍しそうにキョロキョロと見わたす。
 たくさんの本棚が規則正しく並んだ場所だった。
 薄暗くて、少し肌寒い温度。
 この場所は本にとって居心地の良い環境となっている。
 古い本のどこか甘い香りがリリスの鼻先をくすぐった。
 書庫の中を歩きながら、本を保存する上での授業をリリスは思い浮かべる。
 本にとって快適な温湿度は約二十二度五十五パーセント。
 なるべく光のあたない、温度変化の少ない場所に置くのが理想的であるとメルヒから習った。
 この書庫はそれを体現しているのだろう。
 サーキュレーターも設置されていて、空気が淀むことがないように、風で巡っているようだった。
 これならカビがはえることも無さそうだ。
 カビというのは恐ろしいもので、特定の温度と湿度を越えると急速に増えるものらしい。
 一度本に発生したら除去するのは、無理だ。
 カビが活性化しているのか無活性化しているかも特定するのは難しい。
 高濃度のエタノールなどで殺菌をすることが一応出来ても、カビにより染み付いた色を取り除くことはできない。
 そもそも殺菌する前に、エタノールが紙や文字に変化を与えないか確認しなくてはならない。
 だからこそ、カビが発生する前に事前の保存措置をとることが大切であるとリリスは習った。
 修復とはあくまで、最終手段。
 保存の延長線にあるものだと…。
 そんなことを思いながら歩いていると、書庫の中に隠されるように古い扉があった。

「ここに用事があるのよ」

 フルールはそう告げ、躊躇うことなくその扉を開けた。

 その場所は寒い場所だった。
 踏み入れた瞬間、ひんやりとした冷気が肌を撫でる。
 壁も床も天井も全てが石で造られていて冷たい印象を与えてきた。
 四つ角に魔法で灯された光輝く石が置かれ、床に巨大で複雑な魔術式が描かれて発動しているのか光輝いている。
 ここが何かの儀式のための場所であることを暗示させた。
 そこに、メルヒの姿があった。
 いつもの白衣ではなく、光沢のある白い魔術師のローブを着ている。
 その姿はいつもよりも神々しいものに思えて、近寄り難い雰囲気を放っていた。

「ステラにリリス…」

「やっほー、メルヒお兄ちゃん。
 ここ通らせてもらいに来たわ!
 リリスを外からお城に連れていくわけにはいかないもの。
 通路があるんだから、使わないとね」

 フルールは普段通り崩した雰囲気でメルヒに話しかける。
 リリスはなんだか居心地の悪いような気がして、メルヒからそっと視線を外した。
 メルヒに許可なく大切な部屋に入ったことを今更ながら悪い気がしてならない。
 書庫にさえ入ったことがなかったのに、さら先の部屋に来てしまった。
 隠されるように造られた部屋なのだ、きっとあんまり知られてはいけないことをする部屋だろう。

「ここを通るって、気づいていたよ。
 だから、ここで待ってたんだ。
 ステラ、お城に行くならその格好辞めないとね。
 ノエルが気に病む…」

「ひどーい。
 …これが本来の私なのに!
 この可愛さが分からないのかしら?
 ふんだ、分かってるわよ。
 お城の自分の部屋に行ったら着替えるわ」

 心底嫌そうにフルールは答えた。

「リリス、こっちにおいで。
 そんなに縮こまらなくても大丈夫だからねぇ…」

 手招きしたメルヒはリリスにそう告げた。
 リリスはそんなメルヒにおずおずと近ずいて行く。

「…あの、この部屋って何をする部屋なのですか?
 他の部屋と雰囲気がかなり違うようですが…」

 リリスはメルヒを見上げ疑問を口にした。
 聞いちゃいけないことかもしれないと不安になる。

「リリスに何もかも話してしまおうと思って、ここにいたんだよ。
 この部屋のことも話してあげるから、まずは静かに話を聞いて欲しい。
 ステラも秘密を話したわけだしねぇ。
 僕も秘密を君に話そう…」

「…メルヒの秘密」

 リリスの唇から小さな呟きがこぼれる。

「ステラがこの国の王。
 ステラ・ソルシエール・ルーナであるならば。
 兄である僕のことも何者かリリス気になっていたんじゃない?」

「はい、気になってました。
 メルヒはステラのお兄さんですから…」

 リリスは頷く。
 あの時は聞きずらくて保留にしていたが、どうやらここでその話を教えてくれるようだ。

「ステラは表のことを司る王様なんだ。
 表立っての行事は全てステラが取り仕切ってる。
 僕は言うなれば影かな…。
 月影の王って呼ばれてる。
 メルヒ・ソルシエール・ルーナそれが僕の名前だよ。
 リリスにはメルヒとしか名乗ってなかったけどねぇ。
 僕の本来の仕事はこの場所で、国を守る結界を維持し守ること。
 そして国の敵を殲滅することだよ」

 優しげな気遣う眼差しでメルヒはリリスに教えてくれる。
 リリスは今、二人の王の前にいると分かり体が少し震えた。

「月影の王…」

 月影の王という言葉をリリスはあまり理解していなかった。
 この国の王を定める儀式については知識があったが、二人王がいるとは知らない。
 王は一人だと思っていた。
 ただ、王の選定には必ず兄弟か姉妹が合わせて受けるということは知っていた。

「この国の王を決める儀式は知っている?」

「不死の神竜による、王の選定の儀式ですよね…。
 本で読んだことがあります」

「ステラと僕は元々同じ淡い金髪を持っていたんだ。
 瞳の色は変わらないけどねぇ。
 子供の頃に受けた王の選定によって、髪の色が変わり。
 おびた魔力に相応しい王の役割をこなしているんだ」

「王であることがメルヒの秘密でしたか…。
 驚きましたが納得です。
 私は二人の王様に保護されていたというわけですね」

 そこでまた疑問が湧いてくる。
 メルヒが月影の王であることは分かったが、なぜそんな人物がここで修復師なんてしているのだろうと…。
 リリスはメルヒに聞いてみることにした。

「メルヒはなぜ修復師をしているの?
 国を守るお仕事もしているのに…」

「そうだねぇ…。
 帰ってきたらまたお話してあげるよ。
 ひとまず、お城へ行ってらっしゃい。
 ノエルによろしくねぇ」

「よし、きた。
 行くわよ、リリス」

 フルールはまたもや、リリスの手を取り強い力で連れ出される。
 メルヒに隠れて見えなかったが、そこには大きな鏡があった。
 フルールの手が触れると、鏡面が水のように波立つ。

「なに、これ…」

「いってきまーす!」

 その不思議な光景に目を見開いているとそのまま、手を引かれて鏡の中に吸い込まれた。
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