グリモワールの修復師

アオキメル

文字の大きさ
上 下
81 / 111
2章 リリスと闇の侯爵家

81 ダミアンの手

しおりを挟む
 フォルセの街に滞在して数日が過ぎた。
 なおもリリスの目撃情報はない。
 そろそろレインの見間違いではないかと思えてくる。
 それでも、ダミアンは諦めずに探していた。
 尚、一緒に来ているレインは毎日遊び呆けている。
 あらゆる酒場に顔を出しては男を拐かしているようだ。
 ダミアンに問題のない範囲なら何をしてようと関係はない。
 こちらに向かってくるよりはマシだとダミアンは思っていた。

 レインは初日予告通りに、どこからともなくダミアンの部屋に現れた。
 気づかずに静かに眠っているダミアンのベッドへ入り込んで、そのまま朝までレインはダミアンに添い寝していた。
 朝を迎えた時の絶望感が分かるだろうか。
 ぶるりとダミアンは思い出して身を手で擦る。

「…朝だよな?
 何も見えない…ん?柔らかい?」

「ダミアン様
 おはようございます」

 自分の顔がレインの胸に抱かれ呼吸が出来ない。
 顔から遠ざけようとすれば、柔らかな感触が手に広がる。
 気づいた時のあまりのおぞましさにダミアンは震えた。

「二度とこの部屋で寝るな!」

「えーっ、我慢できない!
 そんなの無理よ。
 ダミアン様という抱き枕がないと、眠れないわ!」

「ふざけるのをいい加減やめてくれないか?」

 リリス以外の女とベッドを共にしてしまったという事実がダミアンにはショックだった。
 ひとまず、このおぞましい記憶は封印しよう。
 ダミアンが怒りの形相で抗議したら渋々ながらレインは次の夜から現れなくなった。
 本当に迷惑な女だ。
 他の男で代用できるならそれがいい。
 ここ数日のことを思い出して、ダミアンらげんなりした。
 その気持ちのまま道に置いている小石を蹴り空を見上げる。
 見上げた空は紫と濃紺を混ぜ合わせた色合いで無数の星と月が浮かんでいた。
 蹴った石は転がり街路樹の下に止まった。
 街路樹には星の形をした灯りが灯っている。
 気にして見てみるとこの星の灯でフォルセの街は明るく道が照らされていると気づく。
 夜に歩く人々は、この星の光の下を楽しげに歩いている。
 食べ物の美味しそうな匂いにご飯時であると知らせている。
 夜は人を酔わせる。
 ダミアンは夜の街が聞き込みがしやすいと言うことに気づいていた。
 だからこそ、こうして夜の街を歩いている。
 昼間は仕事や用事のためが足を止めてくれる人が少ないが、夜は仕事終わりということもあり、気が大きくなるものだ。
 聞き込みだけではなく、道行く人もダミアンは観察する。
 少しでもなにか痕跡やヒントはないか、この闇夜に黒髪と赤い色彩が溶け込んでいないか気を張りながら歩いていた。
 リリスのような年頃の少女を見つけては顔を確認し、落胆のため息を吐く。
 この行為を繰り返していた。
 日々、ハズレばかりで嫌になるがリリスを見つけるためだとダミアンは根気強く続けていた。
 ダミアンはフォルセの街にしばらく滞在したこともありお店の位置や道がどこに続いているかなど分かるようになっていた。
 今日は買い物客が多いエリアでリリスを探していた。
 夜の露天は賑やかで、それぞれの店のライトが合わさり独特の雰囲気を漂わせている。
 異国のような雰囲気にダミアンは不思議な気持ちになる。
 道行く人の数は多い。

「ん?…あれは」

 ふとに光り輝く夜の景色に馴染みある赤色が視界に映った。
 どんなに人に埋もれていようとも、その色彩はダミアンにとって特別な物。
 愛おしい色彩にダミアンはついその赤色を目で追っていた。
 赤く長いマントを羽織った人物がダミアンの視界をキョロキョロと何かを探すように歩いていた。
 そんな困った様子をしているのに、人々はまるで見えていないかのようにその人物を避けていた。
 はて、これは不思議な出来事だとダミアンはよりそのマントを羽織った人物に興味を持った。
 この人混みの中でその人物の周りだけが空間が空いている。
 フードの下は男だろうか女だろうかとダミアンは観察する。
 そこで、胸のあたりが熱いことにダミアンは気づいた。
 赤いマントの人物を瞳で捉える度に、胸に焼け付く痛みを感じる。
 ダミアンは熱源を探し、首からさげていたブラッドストーンを取り出した。
 レインから貰ったブラッドストーンを手に取ると赤く熱く輝いていた。

『ブラッドストーンの呪石の効果は最愛の人を見つけること』

 レインの言葉をダミアンは思い浮かべる。
 呼吸が止まり、息を呑むように赤いマントの人物の顔を見た。
 フードの下から覗く顔は、よく見ることが叶わない。

「…リリス?」

 名を口にした瞬間に、街を突然の強風が駆け抜けた。
 まるでダミアンを手助けてくれるようなタイミングだ。

『どんなに高度に隠された魔術も魔法も無効にしてくれる』

 またレインが話していた言葉を思い出す。
 この風もそうだというのだろうか。
 最愛の人を見つけるために世界はダミアンの味方をしてくれていると思ってしまう。
 風が深くかぶられたフードを持ち上げる。
 ダミアンの瞳が、その瞬間を切り取ろうと瞬きを忘れる。
 黒く長い髪が風に遊ばれ、赤い瞳が強い風により細られる。
 ついに最愛の人リリスの姿を捉えた。
 疑惑から確信へと変わった。

「ふふ、リリス。
 そこにいたんだね…」

 ダミアンは気づかれないように気配をけしリリスに近づいていく。
 脳内では、何百回何千回とリリスの名前を呼ぶ。
 もうリリスのことしか考えることの出来ない、この蕩けてしまう感情は愛そのものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...