グリモワールの修復師

アオキメル

文字の大きさ
上 下
54 / 111
2章 リリスと闇の侯爵家

54 メルヒの憂いその二

しおりを挟む
「カラス達には、ああ言ったけど…。
 この蝶を使う気、あんまりないんだよねぇ」

 黄金の蝶が羽ばたく小瓶を背にして、床に膝をつき、メルヒは眠るリリスのほほに手を伸ばす。

「冷たい…」

 血色が悪く、冷たい体温が手につたわってきた。
 表情は固く、苦しそうに呼吸している。
 そっと手をはずし、今度は眠るリリスの頭を優しく撫でて髪を手でとかしていく。
 艶やかな黒髪が指先をするするとすり抜ける。
 はじめてリリスに会った時もこうして、髪に触れた。
 あまりに綺麗な子だったから、不用意に他にもふれてしまいそうで、鼓動が早く脈打ったのを今でも覚えている。
 あれから少しの時間が経った。
 保護していた貴族令嬢は、気づいたらこの家に溶け込み、メルヒの弟子になりたいと言い出した。
 軽い気持ちで仕事の手伝いを頼んだら、興味を持ちすぎてしまったのが原因だと思っている。
 聞けば、家では塔の中で隠されるように監禁状態で過ごしていたそうだ。
 それならば、リリスには見るもの全てが面白く思えたのだろう。
 今ではリリスは弟子としてこの家に住む家族みたいな存在だ。
 カラス達とならんでる姿は、姉妹のように見える。
 カラス達と穏やかに楽しそうに過ごすリリスを見ているのが、メルヒは好きだった。
 自分のことを先生として見つめる瞳は新鮮で、知ってることはできる限り教えてあげたいと思っていた。

「唇の横に血の痕があったよねぇ。
 かわいそうに…」

 無理矢理に唇を奪われ、牙で噛みつかれるのは、辛かっただろうと眉を寄せる。
 持っていたハンカチで血を拭き取った。
 血がハンカチを染めるのを見て、リリスを運ぶ時に追いやった感情が追いかけてきた。
 心の中が墨で染まったかのように、黒く焼けつく。
 大切に思っているものを傷つけられるとこんな気持ちになるのだろうか。

「魔族の口付けは、魔力を奪って喰らうばかりだけれど…」

 血の汚れを拭った冷たい唇を指先で確認するようにもう一度なぞる。

「口付けというものは本来、呪いの浄化をしたり、力を分け与えるものなんだよねぇ…」

 ぐったりと力なく眠っているから、話しかけてもリリスからの返事はないがメルヒは続ける。

「今のリリスの症状には、ぴったりの治療だと思わない?」

 覗き込むようにメルヒは顔を近づけた。
 眠るリリスの唇に、そっと自分のものを重ねる。
 その時間は一瞬ではあったが、メルヒには長く感じた。

「これは治療だよ。
 …リリスは、こんなの望んでないもんねぇ」

 少し寂しそうにメルヒはリリスの頭を撫でる。
 今の口付けで心の中のざらつきが少しやわらいだ気がした。
 この気持ちは一体、何だと言うのだろう。
 冷たかったリリスの血色がみるみるよくなっていく。
 苦しそうな表情がやわらぎ、穏やかな寝息が聞こえてきた。

「これで、大丈夫かな…」

 パタパタと舞う羽音が耳に入る。
 ベットサイドテーブルに置いた小瓶を見つめた。
 何が言いたげにパタパタと激しくはばたいていた。

「リリスは僕が元気にしたから、君の仕事はないよ…」

 そのまま、蝶の入った小瓶を手に取りポケットにしまいなおした。
 もう少ししたら、三つ子のカラス達が帰ってくる頃だろう。
 あのカラス達の湯浴みは驚くほどに早い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

処理中です...