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2章 リリスと闇の侯爵家
54 メルヒの憂いその二
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「カラス達には、ああ言ったけど…。
この蝶を使う気、あんまりないんだよねぇ」
黄金の蝶が羽ばたく小瓶を背にして、床に膝をつき、メルヒは眠るリリスのほほに手を伸ばす。
「冷たい…」
血色が悪く、冷たい体温が手につたわってきた。
表情は固く、苦しそうに呼吸している。
そっと手をはずし、今度は眠るリリスの頭を優しく撫でて髪を手でとかしていく。
艶やかな黒髪が指先をするするとすり抜ける。
はじめてリリスに会った時もこうして、髪に触れた。
あまりに綺麗な子だったから、不用意に他にもふれてしまいそうで、鼓動が早く脈打ったのを今でも覚えている。
あれから少しの時間が経った。
保護していた貴族令嬢は、気づいたらこの家に溶け込み、メルヒの弟子になりたいと言い出した。
軽い気持ちで仕事の手伝いを頼んだら、興味を持ちすぎてしまったのが原因だと思っている。
聞けば、家では塔の中で隠されるように監禁状態で過ごしていたそうだ。
それならば、リリスには見るもの全てが面白く思えたのだろう。
今ではリリスは弟子としてこの家に住む家族みたいな存在だ。
カラス達とならんでる姿は、姉妹のように見える。
カラス達と穏やかに楽しそうに過ごすリリスを見ているのが、メルヒは好きだった。
自分のことを先生として見つめる瞳は新鮮で、知ってることはできる限り教えてあげたいと思っていた。
「唇の横に血の痕があったよねぇ。
かわいそうに…」
無理矢理に唇を奪われ、牙で噛みつかれるのは、辛かっただろうと眉を寄せる。
持っていたハンカチで血を拭き取った。
血がハンカチを染めるのを見て、リリスを運ぶ時に追いやった感情が追いかけてきた。
心の中が墨で染まったかのように、黒く焼けつく。
大切に思っているものを傷つけられるとこんな気持ちになるのだろうか。
「魔族の口付けは、魔力を奪って喰らうばかりだけれど…」
血の汚れを拭った冷たい唇を指先で確認するようにもう一度なぞる。
「口付けというものは本来、呪いの浄化をしたり、力を分け与えるものなんだよねぇ…」
ぐったりと力なく眠っているから、話しかけてもリリスからの返事はないがメルヒは続ける。
「今のリリスの症状には、ぴったりの治療だと思わない?」
覗き込むようにメルヒは顔を近づけた。
眠るリリスの唇に、そっと自分のものを重ねる。
その時間は一瞬ではあったが、メルヒには長く感じた。
「これは治療だよ。
…リリスは、こんなの望んでないもんねぇ」
少し寂しそうにメルヒはリリスの頭を撫でる。
今の口付けで心の中のざらつきが少しやわらいだ気がした。
この気持ちは一体、何だと言うのだろう。
冷たかったリリスの血色がみるみるよくなっていく。
苦しそうな表情がやわらぎ、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「これで、大丈夫かな…」
パタパタと舞う羽音が耳に入る。
ベットサイドテーブルに置いた小瓶を見つめた。
何が言いたげにパタパタと激しくはばたいていた。
「リリスは僕が元気にしたから、君の仕事はないよ…」
そのまま、蝶の入った小瓶を手に取りポケットにしまいなおした。
もう少ししたら、三つ子のカラス達が帰ってくる頃だろう。
あのカラス達の湯浴みは驚くほどに早い。
この蝶を使う気、あんまりないんだよねぇ」
黄金の蝶が羽ばたく小瓶を背にして、床に膝をつき、メルヒは眠るリリスのほほに手を伸ばす。
「冷たい…」
血色が悪く、冷たい体温が手につたわってきた。
表情は固く、苦しそうに呼吸している。
そっと手をはずし、今度は眠るリリスの頭を優しく撫でて髪を手でとかしていく。
艶やかな黒髪が指先をするするとすり抜ける。
はじめてリリスに会った時もこうして、髪に触れた。
あまりに綺麗な子だったから、不用意に他にもふれてしまいそうで、鼓動が早く脈打ったのを今でも覚えている。
あれから少しの時間が経った。
保護していた貴族令嬢は、気づいたらこの家に溶け込み、メルヒの弟子になりたいと言い出した。
軽い気持ちで仕事の手伝いを頼んだら、興味を持ちすぎてしまったのが原因だと思っている。
聞けば、家では塔の中で隠されるように監禁状態で過ごしていたそうだ。
それならば、リリスには見るもの全てが面白く思えたのだろう。
今ではリリスは弟子としてこの家に住む家族みたいな存在だ。
カラス達とならんでる姿は、姉妹のように見える。
カラス達と穏やかに楽しそうに過ごすリリスを見ているのが、メルヒは好きだった。
自分のことを先生として見つめる瞳は新鮮で、知ってることはできる限り教えてあげたいと思っていた。
「唇の横に血の痕があったよねぇ。
かわいそうに…」
無理矢理に唇を奪われ、牙で噛みつかれるのは、辛かっただろうと眉を寄せる。
持っていたハンカチで血を拭き取った。
血がハンカチを染めるのを見て、リリスを運ぶ時に追いやった感情が追いかけてきた。
心の中が墨で染まったかのように、黒く焼けつく。
大切に思っているものを傷つけられるとこんな気持ちになるのだろうか。
「魔族の口付けは、魔力を奪って喰らうばかりだけれど…」
血の汚れを拭った冷たい唇を指先で確認するようにもう一度なぞる。
「口付けというものは本来、呪いの浄化をしたり、力を分け与えるものなんだよねぇ…」
ぐったりと力なく眠っているから、話しかけてもリリスからの返事はないがメルヒは続ける。
「今のリリスの症状には、ぴったりの治療だと思わない?」
覗き込むようにメルヒは顔を近づけた。
眠るリリスの唇に、そっと自分のものを重ねる。
その時間は一瞬ではあったが、メルヒには長く感じた。
「これは治療だよ。
…リリスは、こんなの望んでないもんねぇ」
少し寂しそうにメルヒはリリスの頭を撫でる。
今の口付けで心の中のざらつきが少しやわらいだ気がした。
この気持ちは一体、何だと言うのだろう。
冷たかったリリスの血色がみるみるよくなっていく。
苦しそうな表情がやわらぎ、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「これで、大丈夫かな…」
パタパタと舞う羽音が耳に入る。
ベットサイドテーブルに置いた小瓶を見つめた。
何が言いたげにパタパタと激しくはばたいていた。
「リリスは僕が元気にしたから、君の仕事はないよ…」
そのまま、蝶の入った小瓶を手に取りポケットにしまいなおした。
もう少ししたら、三つ子のカラス達が帰ってくる頃だろう。
あのカラス達の湯浴みは驚くほどに早い。
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