グリモワールの修復師

アオキメル

文字の大きさ
上 下
10 / 111
1章 リリスのグリモワールの修復師

10工房その一

しおりを挟む
「あっ、この本」

 ふと、メルヒの後にある作業机に目が留まる。
 そこには目の前で鎖が解け、無残な姿になった、あの本が置かれていた。
 これは私が壊してしまった本だ。

「あの狼を封印していた魔術書グリモワールだよ」

「私がここに来なければ、この本はこんな姿になかったのですよね」

 あの時のことを思い出して震える。
 落ち着くために自分を抱き締める形で腕を組んだ。

「寝ている時に声が聞こえたんです。
 その声に名前を聞かれてリリスって答えたら、気づいたらここにいて…
 声に促されるまま私がその本に触れたからこんなことに…
 助けて頂いたのに迷惑掛けてしまって、ごめんなさい」

 表紙、本紙とパーツごとに分解された本は痛ましい。
 心が痛んだ。
 喉に苦いものがこみ上げ、視界が滲む。

「気にしなくて大丈夫だよ。
 これは事故だ。
 リリス、君はあの狼に利用されただけだよ。
 そもそもこの本を書庫に戻さないで、置きっぱなしにした僕が悪いよ。
 こうならないように、書庫があったのにねぇ」

 そう言ってメルヒは申し訳な顔でこちらを見る。

「そんな顔しないでいいんだよ」

 メルヒは私の頭に手を伸ばし、落ち着くように優しく撫でた。
 心地よくて、心が暖かくなる。
 そしてメルヒは言った。

「壊れたものは、直せばいいんだ。
 そのために僕の仕事があるんだから」

 メルヒの言葉はとても心強くて、私の心をつかんだ。
 このどきどきはなんだろう。
 瞳が濡れたせいか世界がキラキラとして見える。
 これは恋?それとも新しい何かへの好奇心?

「この本のことそんなに気になるのなら、しばらく見ていくといいよ」

「いいのですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 本の修復なんて見たことがない、間近で見れるなんて貴重な体験だ。

「というわけだから…」

 メルヒはずっと静かにこっちを見ていた三つ子達の方に向かって声をかけた。
 三つこの子達はにやにやと笑っている。

「三つ子たち。
 リリスは僕が見てるから、君たちもどこかで遊んでおいで」

「「「いやー」」」

 全員で首を横に振っている。

「ここが楽しそう」

「ボクもここにいたい」

「…離れません」

 やれやれと言う顔をしてメルヒは言う。

「けっこう、長くなるんだけどねぇ」

「「「いやー」」」

 メルヒが仕方ないなという顔した。

「そう、なら好きなだけいるといいよ」

 それに三つ子達ら喜ぶ。

「「「主様好き」」」

 ボフッと音がして三つ子達はそれぞれカラスになり、メルヒの頭と両肩に乗った。
 スリスリと頭やくちばしをすりつけている。

「む、重い」

「えっ、鳥?
 ルビーちゃん?サファイアちゃん?エメラルドちゃん?」

 三つ子達は使い魔でカラス?
 この子達はカラス。

「ほら、急にカラスになったからリリスが驚いてるじゃないか」

「リリス様びっくりした?」

 青い目のカラスが首を傾げる。

「…ビックリしました。
 でもお部屋を見た時にうすうす鳥さんなんじゃないかと思ってましたよ。
 人にもカラスにもなれるのですね。
 どちらも、かわいいです」

 カラスをこんなに近くに見たことがないので珍しい。

「「「カァ、これが本来の姿」」」

 サファイア、ルビー、エメラルドそれぞれの石の名の通りの瞳をしている。

「驚いたけど、これからもよろしくね」

 カラス達に指を差し出す。
 ルビーとサファイアが順番にこちらに飛んでくる。
 それぞれ優しく顎を撫でた。
 フワフワの羽毛の感触が気持ちいい。

「「リリス様も好き」」

 スリスリと身体を擦りつけてくる。

「邪魔にならないところに、いるんだよ」

 そう言われて、三つ子のカラスはそれぞれのとまり木に飛んでいく。
 この部屋には、とまり木もあったのですね。
 不思議な道具がありすぎて、気づかなかった。

「さて、仕事をしようかな」

 メルヒは本の修復作業をはじめるようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...