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班決め
しおりを挟む長月に入っても、暑さの和らぐことは無い。
始業式を昨日終えた学校だが、すぐに授業は始まらない。
今日が金曜日で、明日からまた二連休となる。
そんな時に、授業を開始しても身に入らないというのが、考えらしい。
よって、今日は、昼食、部活無しの四時間授業。
一時間目は、夏休みに溜まった埃を落とす為の大掃除が行われた。
約一ヶ月使われていないのに、教室の隅や棚の上は、薄く埃化粧をしていた。
途中、廊下掃除の男子が、箒をバットに、雑巾をボールにして、野球をやっていたのを生活指導の先生に見つかり、
廊下に正座させられたことを除けば、特に大きな問題は無かった。
二時間目からは、ロングホームルームだ。
「えぇ、今日のホームルームは、修学旅行の班決めを行う。学級委員長、副委員長、あとを頼むぞ。」
「はい。」
「は~い。」
学級委員長の金森恵と副委員長の佐伯曹太が前に出る。
「これから、修学旅行の班決めをします。人数は一班につき、五人か六人です。では、各自、班を作って下さい。」
俺達は、十月の中旬、古都・奈良、京都に三泊四日で、修学旅行に行くことなっている。
毎年行く場所は異なり、小等部、中等部の時と被らない場所をという配慮がある。
もちろん、高等部から来る生徒もいるので、事前アンケートは欠かせない。
俺達の学年は、小等部の時、九州に、中等部の時に、北海道にに行ったので、今回は近畿になった。
「なぁ、瞬也。修学旅行の班、一緒に組もうぜ。」
「いいよ。あと、誰を誘う?」
「女子を入れようぞっ! 高階とか一原とか加藤とか。」
晋二が並べた女子は、それぞれタイプは違えど、大人びた印象を持っている。
要するに、晋二の好みのタイプということだ。
「バカ・・・班は、男女別だよ。」
「はぁ!? 何で!?」
「姉貴から聞いたんだけど、数年前に、隣町の高校で、修学旅行の班を男女一緒にしたら、問題が起きたんだって。それから、この近隣の高校では、公立、私立問わず、男女別班なんだよ。」
「チクショ~! 俺の楽しみを奪いやがって、バカヤロー! イテッ!?・・・あっ。」
悔しがる晋二は、一瞬机に沈んだ後、後ろを振り返り、固まった。
見れば、担任の五十嵐先生が丸めたノートを持って立っていた。
「こら、檜山!うるさいぞ!」
「だ、だって、イガちゃん、男ばっかりのグループとか嫌だよ!」
「規則だ。」
「せっかくの共学なのに・・・。」
「・・・そうか。分かった。檜山は、俺と一緒の部屋でどうだ?」
「えっ・・・?」
「お前を野放しにしておくと、夜、女子の部屋に潜り込みそうだからな。」
「そんなー!」
「安心しろ。生活指導の三宅先生も一緒だ。」
「ちょっ、俺、死んじゃう!」
「死にたくなかったら、土沢や皆と楽しく修学旅行に行け。なっ。」
「はぁ~い。」
檜山の返事を聞くと、五十嵐先生は前に戻って行った。
「土沢、檜山。」
「ん?」
「佐伯に、金森委員長。」
やって来たのは、佐伯曹太と金森恵。
佐伯は、俺と同じ軽音楽部で部長をやっている。
金森は、誰に対しても優しい、俺達、二年F組の頼れる学級委員長だ。
「修学旅行の班、一緒に組まない?」
「俺は、いいよ。晋二、いいだろ?」
「・・・。」
机に顔を伏せていて、返事は返ってこないが、右手の親指と人差し指の先を合わせて、丸を作った。
晋二なりの肯定の証だ。
「檜山君、大丈夫?」
優しい金森委員長が、心配そうに尋ねる。
「大丈夫大丈夫。女子と組めると思ってたのを、否定されて、無常を感じてるだけだから。」
「アハハ、檜山らしいね。和楽部の部室行って、琵琶借りてこようか?」
「だったら、書道部に行って墨も借りて来ないとダメだよ。」
「じゃぁ、俺は野球部の先生ところに行って、バリカン借りて来よう。」
「…お前等…人で遊ぶなっ!」
晋二は、起き上がって、ボケる俺達にツッコミを入れた。
「檜山、そんなに俺と三宅先生と同じ部屋になりたいか?」
「うっ・・・すみません・・・。」
「アハハッ!!」
檜山と五十嵐先生のやり取りに、クラス中が笑いに包まれる。
「諸行無常って、こういうことを言うんだ…。」
「ねぇ、あと一人、どうしようか?」
「他は・・・もう皆、組んじゃってるな。」
晋二が一人、無常に浸っている間、俺達は辺りを見回していた。
「……。」
俺は、窓際の席で、周りを気にせず本を読んでいる水品を見つめた。
「なぁ、瞬也。あと一人、どうする? やっぱ、こっそりと女子入れるか?」
いつの間にか復活していた晋也は、まだ懲りていないようだ。
「お前なぁ・・・。」
「檜山君、そんなことしても、メンバー表出すからバレちゃうよ。」
「・・・神は、どこまでも俺を見捨てるんだ・・・。」
晋二は、再び机にその身を預けた。
俺は、それを見て、もう一度、一番後ろの席に視線を移し、
「俺、一人誘ってくるよ。」
と言って、水品の下に向かった。
たいして離れているわけでは無いが、ここだけは、別空間のように、周りの声も遠くに感じられる。
聞こえるのは、ページを捲る音のみ。
「水品。」
「・・・何?」
「お前、修学旅行の班決まってるの?」
「・・・・・・決まってない。」
「じゃぁ、俺達の班に来いよ。」
「えっ・・・?」
水品の瞳が、揺れる。
「お前をいれて、丁度五人なんだ。どう?」
「・・・いいの?」
首を傾げて、俺を見上げる姿は、図書館で別れた時を思い出す。
俺は、手を伸ばそうとする衝動を唾を飲んで抑え込み、
「もちろん。」
出来るだけ笑顔で言った。
「…皆が嫌じゃ無ければ、お願いする。」
水品は、そう言って席を立った。
「おい、瞬也、水品誘ったのか?」
水品を連れて行くと、晋二は目を丸くして言った。
「あぁ。皆も、いいだろ。」
「うん。僕はいいよ。」
「俺もいいよ。」
「晋二は?」
「俺は、皆が良いなら…。」
「・・・よろしく、お願いします…。」
水品は、頭を下げて言った。
「水品君。そんなに、堅くならなくていいよ。楽しい修学旅行にしようね。」
「・・・ありがとう、金森委員長。」
「土沢。」
「何?佐伯。」
「水品が入ってくれて良かったな。」
「う、うん…。」
含みのある笑みを浮かべる佐伯に、俺は相槌をうった。
「水品…その、よろしく。」
金森委員長の傍に立つ水品に、手を差し出す。
「…うん、よろ、しく…。」
重ねられた指先は冷たかった。
蚊の鳴くような小さい声で、返答をしてくれた。
「……。」
その姿に、思わず手を引いて抱きしめてしまいそうになったが、空いている手を強く握って、耐えた。
約束だ。
気持ちはまとまっても、怖い思いをさせたんじゃ意味がない。
今は、警戒心を解かせるようにしないと…。
俺が、一人頭の中で考えていると、
「おーい、そっちの班って、何人?」
一人の訪問者がやって来た。
「五人だよ。」
「じゃぁ、俺、入れてもらっていい?組んだ班が、七人になっちゃったってさ・・・。」
「こっちは、構わないよ。」
「サンキュー。」
「あっ、山賀じゃん。」
「よぉ、檜山。邪魔するな。」
「あれ、二人って仲良かったっけ?」
「俺と山賀、同じ漫画研究部なんだ。」
「へぇ~そうなんだ。」
「描いているジャンルは違うけど、結構話すよな。」
「なっ。」
「じゃぁ、恵、山賀も入れて、うちの班は六人で決定でいいな。」
「うん。」
佐伯は、メンバー表に名前を書き入れていく。
「よろしくな、土沢。」
檜山と話していた山賀が、俺の前に来る。
このメンバーの中で、唯一俺と視線が同じ山賀は、どこか威圧感があった。
「うん、よろしく。」
それでも、俺は威圧感を振り払い、手を上げて返した。
「…。」
「っ!?」
一瞬、本当に一瞬だった。
俺の横を通り過ぎる時の山賀の口元が笑っていたのだ。
その笑みに、全身に悪寒が走った。
「よろしくな。」
山賀は、俺の後ろにいた水品の肩に手を置き、耳元で囁くように言った。
「あぁ…。」
水品は、普段より僅かに低い声で返した。
「……。」
そのやり取りが、どこか自然に見えた。
それと同時に、水品が遠くに感じ、俺は無意識のうちに唇を噛んだ。
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