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その頃、街では・・・。
しおりを挟む陽はまだ八合目あたりか。
部屋の西側を照らす光は、徐々に全体にその勢力を拡大していた。
まさに洗濯日和な今日は、窓から見える路地のベランダには、紐に洗濯物が引っかけられていた。
どこかの家では、酒の抜けない旦那を干している家もあるが、皆、気にしていないようだ。
〝ピキッ″
「ん!?」
住居スペースのキッチンで、コーヒーを飲んでいたマスターは、食器棚に仕舞われたカップに亀裂が入ったことに
気づいた。
「・・・ユメッ。」
そのカップは、マスターがユメ用に用意した物だった。
「・・・・・・。」
マスターは、カップを持ったまま、店舗スペースに繋がる扉を開ける。
すると、
「マスター。」
「?!ウィング、フリュー、どうしてっ!?」
仕立て屋のウィングとフリューが立っていた。
「風読みの私が、何かあったか分からないわけないでしょ。」
ウィングは、そう言って、マスターの前に切りれ糸を差し出す。
その切り口は、鋏などの鋭利な刃物で切断されたものではなく、自然と切れたものでもない。
張り詰めた弦が切れるように切れていた。
「場所は・・・炭鉱か?」
「ご明察。さっき、ザスカロスを向かわせたわ。」
「間に合うのか?」
マスターは、ザスカロスを向かわせたと言っても、不安の色を消さない。
「スミルに頼みました。」
ウィングの後ろで控えていたフリューが口を開いた。
「スミルだってっ!?あのケチなスミルが、よく承諾したなっ!」
スミルとは、街の西側にある岩場を根城にしているハゲタカ達の一羽である。
普通のハゲタカとは異なり、その大きさは人を優に超えている。
いわば、ハゲタカの妖怪である。
そして、このスミルというハゲタカは、他のハゲタカと違い、とてもケチで有名なのである。
そんな奴が、ザスカロスを乗せたと聞けば、マスターは、驚きのあまりが目の玉が飛び出しそうになったのも無理もない。
「・・・私のお弁当が犠牲になったのよ・・・。」
ウィングは、不機嫌そうに目を吊り上げて言った。
「えっ・・・弁当って、まさか、ユメが今朝作っていた、サンドウィッチの?」
「そうよっ!!楽しみにしてたのにぃぃぃっ!!」
ダンダンっと、地団駄を踏むウィング。
余程、悔しいらしい。
「魔物の奴らめ・・・今度来たら、消し炭にしてやる。」
針を構えて言うウィング。
流石に、針で消し炭には出来ないと、マスターはツッコミを入れたくなったが、飲み込んだ。
自身が先に消し炭にされる可能性があると判断したからだ。
「ウィング様。ユメさんと子ども達が、列車に乗り込みます。」
フリューは目を伏せながら言う。
どうやら、ユメ達のいる所が彼には見えているようだ。
「ユメは無事なのか?」
「・・・一応。」
「一応?」
「意識がございません。ダットさん達によって、乗せられています。」
「そうか。怪我はないのか?」
「外的損傷は確認できません。」
「良かった・・・。」
マスターはヒビが入ったカップを見る。
「フリュー、気はどう?見える?」
「はっ。ユメさんの気は、魔の気を受けたようですが、今は、淡い光の膜に守られております。」
「淡い、光の膜・・・?」
「結界、バリアーか。」
ウィングとマスターは顔を見合わせる。
「あの子、そんな術を持っていたの?」
「いや、しかし、本人からはそんな気は感じられなかった。」
「私も・・・そんな力があるなら、フォッシュからも逃げられたでしょうしね・・・フリュー、気の正体は分かる?」
「いえ・・・残念ながら・・・。」
「そう・・・。」
ウィングは、それ以上の追及をやめた。
「炭鉱の様子はどうだい?」
マスターは、炭鉱の様子を尋ねる。
「現在、ほとんどの者が列車に乗り込んでいます。」
「魔物は?」
「ソニアが、石礫の術で応戦しています。」
「銃を使えば早いけど、街の者が残っている以上撃てないわね・・・。」
「ソニアは、術のレベルも高い。そう簡単には敗れはしないさ。」
「ん?ただいま、ザスカロスがソニアと合流しました。」
「・・・これで、大丈夫ね。」
「あぁ。」
ウィングとマスターは、ほっとした表情を浮かべる。
「また、列車が街に向かって発車致しました。」
「帰ってくるのね。マスター、何か落ち着く飲み物を作って。」
「分かった。君には、部屋の用意をお願いするよ。ユメを寝かせなきゃいけないからね。」
「任せて。」
「フリューは、駅に迎えに行ってくれるか?」
「かしこまりました。」
フリューは軽く頭を下げる。
「頼んだわよ。」
「はっ。」
今度は、深く頭を下げた後、酒場を出て行った。
酒場のコンロに火がともる。
列車の汽笛が響くまで、あと少し。
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