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ユメの鞄
しおりを挟む「おぉ、やっているな。」
「ザスカロス。」
ソニアに手を引かれ、伸びているフォッシュの横を通り過ぎて、酒場に戻ると、ザスカロスがカウンターに座っていた。
「い、いらっしゃいませ。」
ユメは、ぎこちなく挨拶をした。
「やぁ。元気になったみたいだね。」
「はい。昨夜は、ありがとうございました。」
ユメは、深々と頭を下げた。
「気にしなくていい。保護も俺の仕事だからね。」
優しく笑って言うザスカロスは、幼い頃頭を撫でてくれたユメの父親に似ていた。
「ソニア、フォッシュはどうしたんだ?」
荷物の確認をしていたマスターが尋ねる。
「倉庫の前で伸びているわ。」
「また、やったのか?ソニア。」
「・・・ザスカロス、私は、フォッシュには制裁を加えただけよ。」
そっぽを向いて答える。
「そうか・・・だが、程々にな。」
「分かってるわよ・・・。」
拗ねた態度をとるソニア。
「・・・・・・。」
ユメは黙って、ソニアとザスカロスを見ていた。
「あぁ、そうだ。これ、君のかな?」
「!?そ、それ・・・。」
ザスカロスが出したのは、砂埃が多少ついているが、それは紛れもないユメの通学鞄と手提げバックだった。
「やっぱり、君のか。この辺では、見たことのない物だったから。おそらく、そうだろうって思ってね。」
「・・・あの、これ、どこで・・・?」
バックに触れながら、ユメは尋ねる。
「見回り中に、昨夜、君を保護した場所を通ったら、砂埃を被った、この鞄らしき物を見つけたんだ。」
「そうですか・・・良かった・・・。」
ユメは、鞄を抱きしめた。
自分以外、ここには無いと思っていたユメは、鞄の登場で、少しだけほっとしたのだ。
「ユメ、中身は大丈夫なの?」
「えっ?」
「そうだな、確認した方がいい。」
カウンターの中のマスターも顔を出して言う。
「えっと・・・。」
チャックを開けて、中身を出す。
筆箱、数冊の教科書とノート、財布、タオル、ティッシュ、塗れナプキン、交通安全のお守り、防犯ブザー、そして、お菓子の袋。
手提げバックの中身も大量のお菓子が入っていた。
「・・・全部入ってます。」
「それは、良かった。」
ユメの安心した顔を見て、ザスカロスもほっとしたような表情を浮かべた。
「ユメ、これは何?」
ソニアはとある箱を持ち上げた。
「プッキーって言う細長いお菓子だよ。中に、チョコとかストロベリークリームが入ってるんだ。」
「じゃぁ、この丸くて平べったいのは?」
ザスカロスは、袋に入った茶色くて丸い物を持った。
「どら焼きです。中に甘い餡が入っているんです。」
「これは、パンのようだが・・・。」
マスターは、白い袋に入ったパンのような物を取る。
「それは、ラスクです。砂糖がまぶしてあって、とっても美味しいんですよ。」
食べてもいないのに、説明をするユメの口の淵から涎が出てきている。
「・・・ユメって、ポケットいい鞄といいお菓子ばっかり入れているのね。」
少々呆れ気味にソニアは言う。
「私、お菓子を食べないと生きていられないの。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
コロコロ表情が変わるユメがあまりにも真顔で答えるので、三人は顔を見合わせ何も言えなくなった。
「ザスカロスさん、マスター。これ、どうぞ。」
ユメは、ザスカロスとマスターにキャンディーを差し出した。
「これは?」
「ぺろぺろキャンディーです。」
「あぁ、マーシーが食べていたやつか。」
「マーシーさんに会ったんですか?」
「あぁ、美味そうになめてたよ。」
「良かった・・・。」
ユメは、胸を撫でおろした。
「何が良かったんだい?」
「・・・マーシーさん、私のこと、あんまり好きじゃないみたいだから・・・食べてくれるか心配だったんです。」
「えっ?」
「っ!?」
「・・・・・・。」
ザスカロスとソニアは目を見開いたが、マスターだけは表情を変えなかった。
「・・・どうして、そう思うんだい?」
「そうよ、ユメ。マーシーとは今日会ったばかりでしょ?それで、ユメのことが嫌いだなんて、考えすぎよ。」
「マーシーさんは、気さくで子ども達とも仲が良いですけど、私を見るときだけ、目の奥が冷たい氷みたいに感じるんです。」
「氷?」
「えぇ。あの目に見られると、氷の刃で影を縫い付けられたみたいに、動けなくなる感じがするんです・・・子ども達を見る目とは全然違って・・・私のこと、嫌いなのかなって・・・。」
ユメは言いながら、空いてる手で、服の袖を掴んだ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
ザスカロス達は、皆、一様に目を丸くする。
三人とも、首を振り互いに目くばせをする。
「ユメ、気にすることは無いわよ。マーシーは、その、人見知りなの。」
「・・・人見知り?」
「そう。昔から、初めて会った人は、子どもでも、お婆さんでも、お爺さんでも、警戒して、近づかなかったわ。」
「・・・そうなの?」
「あぁ、だから気にしなくていい。まだ、ユメとの時間が足らないだけだよ。」
ザスカロスは、肩にぽんっと手を置いて、ユメを慰める。
「ユメ。明日、マーシーは酒場に来るそうだから、その時、君の得意料理を出してあげたらどうかな?」
今度は、マスターが振る。
「料理をですか?」
「君は、料理が得意だと、ソニアから聞いてね、食事は距離を縮めるには一番の方法なんだ。」
「・・・分かりました、やってみます。」
マスターに言われ、ユメは自分に言い聞かせるようにして頷いた。
「あの、お二人とも、キャンディーどれにしますか?」
ユメは再び尋ねた。
「そうだなぁ・・・俺は、白にするよ。」
「ミルク味ですね。はい。」
「私は、この黒を貰おうか。」
「黒糖ですね。どうぞ。」
ユメは、それぞれにキャンディーを渡した。
二人は、さっそく袋を開け、
「おっ、甘いなぁ。」
「これは、お茶の時間に食べたいね。」
キャンディーをほおばった。
〝ボーンッ″
酒場の時計が鳴る。
「おっ。ソニア、そろそろ、フォッシュを起こしてきてくれ。掃除をしたいから。」
「あっ、私が行きます。」
ユメが前に出る。
「ユメ、私が行くわよ。」
「ソニアだと、また喧嘩になっちゃうよ。だから、私が行ってくる。」
「・・・・・・。」
ユメに言われ、ソニアは何も言えなくなった。
図星だからだ。
「それじゃぁ、ユメに頼もう。最初はクズるだろうけど、頑張ってくれ。」
「はい。」
ユメは、足に負担のかからないよう小走りで、倉庫に戻って行った。
ユメの姿が見えなくなると、
「はぁ~驚いた・・・。」
「いや~まさか、あんな観察眼を持っているとは・・・。」
ソニアとザスカロスは、力が抜けたようにカウンターの椅子に身を預けた。
「・・・ポヤポヤの産毛みたいな子だと思ったんだけどなぁ・・・。」
「敵意とか、疎いと思ったのに・・・。」
ザスカロスもソニアも、ユメがマーシーの疑心に気付いたことに驚いていた。
「純な魂の持ち主の感覚は、研ぎ澄まされているからね。」
マスターは笑って、コップを磨く。
「マスターだって、驚いていたじゃないですか。」
「そうですよ。」
カウンターから顔だけを上げ、二人が拗ねた口調で言う。
「彼女は、ユメは、思った以上の子だということだよ。」
軽い抗議を受け流し、マスターはコップを磨く。
マスターが磨くコップに映るユメは、フォッシュの身体を揺らしていた。
マスターは笑って、もう一度、コップを拭いたのだった。
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