甘夢の旅人

霧氷

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水膜の中の会話

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ユメ達が、キッチンに移動し、昼食の準備を始めた頃。


ソニアは、空腹のウィングを、隅のソファーに座らせた。


「・・・・・・。」


ウィングでは、空腹でも、ペンを持ち、デザイン画を描こうとする。


「ウィングさん。」


「・・・ん?なぁに?」


空腹のためか、受け答えもボンヤリとしている。


「・・・・・・。」


ソニアは、先程お茶を入れたカップを取り、床に垂らした。


お茶を吸った床は、色を変えていく。


「(ペリークラディア)。」


ソニアが目を伏せて念じると、床に流れた液体が、ブクブクと泡を立てた。


そうかと思うと、宙に浮き上がり、ポップコーンのように弾け飛んで、部屋全体を囲んだ。


しかし、見た目には何も変わらなった。


「・・・ウィングさん、もういいですよ。バリアー張りましたから。」


ソニアは、そう言ってカップを置く。


「そう。」


ウィングは、鉛筆を置いて、立ち上がった。


よろけること無く。


「すまないね、ソニア。」


「こちらも、ユメ達に何か頼む手間が省けたので助かりました。」


「カレブ達は、フリューに任せてあるし、メリー達は、ユメの手伝いを楽しそうにしてるわ。」


「・・・聞こえるんですね。」


ソニアは、目を細めた。


「えぇ・・・空腹なのは確かだけど、そこまで力は落ちないわ。」


ウィングが手を振ると、テーブルの上に置いてあった、ポットが動き、空いたソニアのカップに、お茶を注ぐ。


適量になったところで、ポットは元あった位置に戻った。


「一杯、どうぞ。」


「どうも・・・。」


ソニアは、カップを受け取り、お茶を一口飲んだ。


「フッ・・・随分、気に入っているのね。あの子のこと。」


「・・・そんなことありません。フォッシュが、迷惑をかけたし、マスターのところにいるんですよ。まして、この街に迷い込んできた者を、私は放っておけません。」


「責任感ってこと?」


「えぇ。ユメは、ぼーっとしていると、荒野に出てしまって、攫われて、売られそうですから。」


「まぁ、東洋人なら、東部の人間達が欲しがるだろうからね。」


ウィングは、笑って、カップを傾ける。


「ウィングさんも、気に入っているんですね。」


「どうしてだい?」


「いくら、フリューさんの靴を履けたからって、いつもの貴女なら、間者を疑う筈です。それなのに、服を作ってあげたり、キッチンを自由に使わせたり・・・らしくありません。」


ソニアの目が細められ、ウィングの目をまっすぐに見つめる。


「フフフ・・・確かにねぇ・・・。」


ソファーに寄り掛かるウィングは、足を組み替えて、相槌をうつ。


「理由を教えて下さい。」


ソファーの反対側に座り、ソニアは尋ねる。


「昨夜、ユメの手当てをしたのは、私なんだよ。」


「えっ!?マスターじゃないんですか?」


ソニアは心底驚いた顔をした。


「えみゅ、いや、マスターが、私を呼んでね。『年頃の女の子だから、頼む』って。まったく、変なところで紳士ぶっちゃって・・・変わらないわ・・・。」


そう言いつつも、ウィングの顔はどこか穏やかだ。


「・・・・・・。」


ソニアは、黙ってみている。


「まぁ、ザスカロスが応急処置をしたけど、傷口から見て、作った傷じゃないわ。銃で撃たれわけでも、ナイフで傷つけたわけでもない。まして、自分で石や壁に打ち付けた物でもなかったわ。それと・・・。」


「それと?」


「マスターのミルクは知ってるでしょ?」


「えぇ、もちろん。」


「あの子、あれを平気で飲み干したそうよ。」


「・・・あれを、飲み干したんですか・・・?」


ソニアは、みるみるうちに顔を歪め、少々釣り目の瞳を、一気に見開いた。


「えぇ。一口飲んで『美味しい』って言った後、一気に飲んで、眠ちゃったそうよ。どう?これだけでも、あの子が悪い子じゃないって、分かるでしょ?」


「はい・・・。」


ソニアは、視線を下げ、カップの中に映る野菜をちぎるユメの姿を見た。


「ソニアも知っての通り、マスターのミルクは、ある意味、毒。普通の人間にはただの飲み物だけど、悪鬼、悪漢、邪、魔、それらが一口でも口にすれば、あっという間に塵になるわ。ユメが、それを飲み干したと聞いて、私も手当てする気になったのよ。」


「なるほど・・・分かりました・・・。」


カップの中のお茶が一瞬波うち、映像が消えた。


ソニアは、お茶を一気に飲み干した。


「ソニアは、どう思うの?あの子のこと、嫌い?」


「いいえ。でも、心配です。」


「心配?ポワポワっとしているから?」


ウィングは、ユメの様子を擬音で例えた。


「それもありますけど・・・さっき、ステージに荷物を取りに行ったら、マーシーに会ったんです。」


「あら、今日は挨拶に来なかったけど、来たのね。」


「・・・おそらく、マーシーは、ユメを疑っています・・・。」


ソニアは、無意識に拳を握った。


「あぁ、マーシーなら疑うだろうね・・・。」


「・・・下手なことを言って、ユメを傷つけなければいいんですけど・・・。」


「あの子もそこまではバカじゃないさ。言って良いことと悪いことの区別はつくよ。」


「・・・そうですね・・・明日の夜、酒場に来るそうです。ウィングさんも。」


「おや、そうかい。だったら、いかないとね・・・。」


ウィングは、カップを覗く。


残ったお茶の水面にユメ達が映る。


「ソニア、ここまでにしよう。」


ウィングが、手を翳すとお茶に映ったユメ達は消えた。


「そうですね・・・。」


そう言って、ソニアが目を瞑る。


次の瞬間、部屋が一瞬淡く光り、部屋を覆っていたバリアが暗幕が外れて落ちるように剥がれ、床の上に零れた液体に戻った。


「・・・・・・。」


ソニアは、その水たまりを踏み、足を滑らせる。


すると、足元から小さな煙が立ち上り、液体は跡形もなく消えていた。


「来るわよ。」


二人は、キッチンに通じる扉を見た。


「ウィングさん、ソニアお姉ちゃん、出来たよ。」


メリーが呼び声と共に、扉が勢いよく開いた。





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