17 / 36
水膜の中の会話
しおりを挟むユメ達が、キッチンに移動し、昼食の準備を始めた頃。
ソニアは、空腹のウィングを、隅のソファーに座らせた。
「・・・・・・。」
ウィングでは、空腹でも、ペンを持ち、デザイン画を描こうとする。
「ウィングさん。」
「・・・ん?なぁに?」
空腹のためか、受け答えもボンヤリとしている。
「・・・・・・。」
ソニアは、先程お茶を入れたカップを取り、床に垂らした。
お茶を吸った床は、色を変えていく。
「(ペリークラディア)。」
ソニアが目を伏せて念じると、床に流れた液体が、ブクブクと泡を立てた。
そうかと思うと、宙に浮き上がり、ポップコーンのように弾け飛んで、部屋全体を囲んだ。
しかし、見た目には何も変わらなった。
「・・・ウィングさん、もういいですよ。バリアー張りましたから。」
ソニアは、そう言ってカップを置く。
「そう。」
ウィングは、鉛筆を置いて、立ち上がった。
よろけること無く。
「すまないね、ソニア。」
「こちらも、ユメ達に何か頼む手間が省けたので助かりました。」
「カレブ達は、フリューに任せてあるし、メリー達は、ユメの手伝いを楽しそうにしてるわ。」
「・・・聞こえるんですね。」
ソニアは、目を細めた。
「えぇ・・・空腹なのは確かだけど、そこまで力は落ちないわ。」
ウィングが手を振ると、テーブルの上に置いてあった、ポットが動き、空いたソニアのカップに、お茶を注ぐ。
適量になったところで、ポットは元あった位置に戻った。
「一杯、どうぞ。」
「どうも・・・。」
ソニアは、カップを受け取り、お茶を一口飲んだ。
「フッ・・・随分、気に入っているのね。あの子のこと。」
「・・・そんなことありません。フォッシュが、迷惑をかけたし、マスターのところにいるんですよ。まして、この街に迷い込んできた者を、私は放っておけません。」
「責任感ってこと?」
「えぇ。ユメは、ぼーっとしていると、荒野に出てしまって、攫われて、売られそうですから。」
「まぁ、東洋人なら、東部の人間達が欲しがるだろうからね。」
ウィングは、笑って、カップを傾ける。
「ウィングさんも、気に入っているんですね。」
「どうしてだい?」
「いくら、フリューさんの靴を履けたからって、いつもの貴女なら、間者を疑う筈です。それなのに、服を作ってあげたり、キッチンを自由に使わせたり・・・らしくありません。」
ソニアの目が細められ、ウィングの目をまっすぐに見つめる。
「フフフ・・・確かにねぇ・・・。」
ソファーに寄り掛かるウィングは、足を組み替えて、相槌をうつ。
「理由を教えて下さい。」
ソファーの反対側に座り、ソニアは尋ねる。
「昨夜、ユメの手当てをしたのは、私なんだよ。」
「えっ!?マスターじゃないんですか?」
ソニアは心底驚いた顔をした。
「えみゅ、いや、マスターが、私を呼んでね。『年頃の女の子だから、頼む』って。まったく、変なところで紳士ぶっちゃって・・・変わらないわ・・・。」
そう言いつつも、ウィングの顔はどこか穏やかだ。
「・・・・・・。」
ソニアは、黙ってみている。
「まぁ、ザスカロスが応急処置をしたけど、傷口から見て、作った傷じゃないわ。銃で撃たれわけでも、ナイフで傷つけたわけでもない。まして、自分で石や壁に打ち付けた物でもなかったわ。それと・・・。」
「それと?」
「マスターのミルクは知ってるでしょ?」
「えぇ、もちろん。」
「あの子、あれを平気で飲み干したそうよ。」
「・・・あれを、飲み干したんですか・・・?」
ソニアは、みるみるうちに顔を歪め、少々釣り目の瞳を、一気に見開いた。
「えぇ。一口飲んで『美味しい』って言った後、一気に飲んで、眠ちゃったそうよ。どう?これだけでも、あの子が悪い子じゃないって、分かるでしょ?」
「はい・・・。」
ソニアは、視線を下げ、カップの中に映る野菜をちぎるユメの姿を見た。
「ソニアも知っての通り、マスターのミルクは、ある意味、毒。普通の人間にはただの飲み物だけど、悪鬼、悪漢、邪、魔、それらが一口でも口にすれば、あっという間に塵になるわ。ユメが、それを飲み干したと聞いて、私も手当てする気になったのよ。」
「なるほど・・・分かりました・・・。」
カップの中のお茶が一瞬波うち、映像が消えた。
ソニアは、お茶を一気に飲み干した。
「ソニアは、どう思うの?あの子のこと、嫌い?」
「いいえ。でも、心配です。」
「心配?ポワポワっとしているから?」
ウィングは、ユメの様子を擬音で例えた。
「それもありますけど・・・さっき、ステージに荷物を取りに行ったら、マーシーに会ったんです。」
「あら、今日は挨拶に来なかったけど、来たのね。」
「・・・おそらく、マーシーは、ユメを疑っています・・・。」
ソニアは、無意識に拳を握った。
「あぁ、マーシーなら疑うだろうね・・・。」
「・・・下手なことを言って、ユメを傷つけなければいいんですけど・・・。」
「あの子もそこまではバカじゃないさ。言って良いことと悪いことの区別はつくよ。」
「・・・そうですね・・・明日の夜、酒場に来るそうです。ウィングさんも。」
「おや、そうかい。だったら、いかないとね・・・。」
ウィングは、カップを覗く。
残ったお茶の水面にユメ達が映る。
「ソニア、ここまでにしよう。」
ウィングが、手を翳すとお茶に映ったユメ達は消えた。
「そうですね・・・。」
そう言って、ソニアが目を瞑る。
次の瞬間、部屋が一瞬淡く光り、部屋を覆っていたバリアが暗幕が外れて落ちるように剥がれ、床の上に零れた液体に戻った。
「・・・・・・。」
ソニアは、その水たまりを踏み、足を滑らせる。
すると、足元から小さな煙が立ち上り、液体は跡形もなく消えていた。
「来るわよ。」
二人は、キッチンに通じる扉を見た。
「ウィングさん、ソニアお姉ちゃん、出来たよ。」
メリーが呼び声と共に、扉が勢いよく開いた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる