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キャンディー
しおりを挟む井戸から離れて行くと、木造りの家々とは一変して、石造りの平屋が立ち並ぶ場所に出た。
「ここは?」
「酒場がある場所が東部で市場だとしたら、こっちは、住宅街ね。」
「住宅街・・・。」
ユメは、平屋の屋根から立ち上る煙を目で追った。
煙は、青々と広がる空に消えていった。
ただ、香りはユメの鼻にまで届いていた。
「これって、何の匂い?」
「豆を煮ている匂いね。あと、トマト。このうちでは、チリコンカンを作っているのよ。」
「ちりこ、かんこん?」
聞きなれない言葉に、ユメは首を傾げる。
「東洋では食べないのね。チリコンカンは、豆とトマト、それにひき肉を一緒に煮込んだ、この土地の家庭料理みたいなものね。」
「へぇ~、美味しそうだね・・・。」
ユメの口元に涎が流れ出す。ユメは、ソニアに見えないように口を拭った。
ソニアは、その様子を見ながら、
「今夜、作ってあげましょうか?」
「本当っ!?ありがとう、ソニアッ!」
ユメは、ソニアの手を掴んで礼を言った。
子どもの様に目を輝かせるユメに、
「まかせなさないっ!」
ソニアは胸を張って答えたのだった。
住宅街の真ん中に、空間が空いていた。
そこは、太く大きな木が生えていた。
ソニア曰く、住宅街の目印だそうだ。
「あっ、ソニア姉ちゃんだっ!」
「本当だっ!」
「お姉ちゃぁ~ん!」
「姉ちゃんっ!」
太い木が生えている広場で遊んでいた子ども達が、ユメ達に向かって走って来た。
「おはよう、皆。元気にしてた?」
ソニアは、姿勢を低くし子ども達に目線を合わせながら言った。
「うんっ!」
「元気だよっ!」
「お姉ちゃんはっ?」
「私も元気よ。」
ソニアは、そう言って、全員の頭を撫でた。
「ん?あんた誰?」
「えっ?」
男の子一人が、ユメに気付く。
「私は・・・。」
「うわぁ~変な格好してるっ!」
「変な服~!アハハッ!」
「・・・・・・。」
挨拶をしようとしたが、男の子達はユメの格好を見て、笑い出した。
子ども達の恰好は、男の子は首にスカーフを巻き、ベストに長ズボンを履いている。
女の子も首にスカーフを巻いていて、スカートはロングと七分丈のプリーツワンピーススカートだ。
しかし、ユメは、学校の紺色の制服にネクタイ、ハイソックスに上履きといった格好だ。
あまりの違いに、子ども達には『変な格好』と認識できるのだろう。
どこの世界でも、自分と異なるものは受け入れ難いのだ。
「こらっ!二人とも、そんなこと言ったら、お姉ちゃんが可哀想だよっ!」
ユメの前にブラウンの髪の女の子が両手を広げて庇うようにして立った。
「うるせぇっ、チビのくせにっ!」
「生意気だぞっ!」
‶ドンッ″
「きゃぁっ!?」
からっていた一人が、女の子を突き飛ばし、女の子は尻餅をついた。
「メリーっ!?」
「カレブ、オリヴァーっ!!」
「あっ、やべぇっ!!」
「逃げろ~!!」
男の子達二人は、一目散にその場から逃げ出した。
「ユメ、ここは頼むわっ!」
「う、うんっ!」
ソニアは、男の子達二人を追いかけた。
その速さは、スカートだと言うのに、燕のように速かった。
「は、速・・・。」
「うぅ・・・。」
「!?」
ソニアの速さに目を奪われていると、
「メリー、大丈夫?」
「うっ、うぅ・・・うわぁぁぁぁんっ!!」
メリーと言われた女の子は、泣き出してしまった。
「メリー・・・。」
メリーにつられ、もう一人の女の子も泣きそうになる。
「(ど、どうしよう・・・。)」
ユメは、どうして良いか分からず、狼狽える。
「うぇぇぇぇんっ!!」
「・・・・・・。」
泣き止まないメリー。
ユメは、何かないかと、ポケットを選った。
「ん?(あれ?・・・っ!?)」
ポケットを探ると、手に何かが触れた。
ユメは、感触だけで、それが何かわかった。
ポケットの物を掴み、
「泣かないで。」
そう言って、ユメは、地面に片膝をつき、
「はい、これ、あげる。」
ポケットから出したものをメリーに差し出した。
「・・・これ、なぁに?」
メリーは涙声で尋ねる。
「ペロペロキャンディだよ。甘くて美味しいの。」
ユメが取り出したのは、棒付きのキャンディーだった。
メリーは、ビニールの袋越しに光る丸く赤い固形物に瞳を輝かせた。
「・・・ありがぁとうっ!あんっ・・・美味しくにゃい・・・。」
しかし、メリーは袋ごと飴を口に入れてしまったのだ。
「あっ、ごめんね、袋を破いて、食べるんだよ。」
「うん・・・。」
メリーは、自身の涎で濡れた袋を剥がし、飴本体を口に含んだ。
「・・・あま~いっ!」
鳴いた烏がもう笑うと言うが、メリーは笑顔になった。
「・・・・・・。」
もう一人のシュガーアプリコット色の髪の女の子が、こちらを見ていた。
「貴女も食べる?」
「・・・くれるの?」
メリーよりか細い声で尋ねる。
「うん。何色が好きかな?」
ユメは、また、スカートのポケットを探って、キャンディーを取り出した。
「うわぁ~キレイ・・・。」
ユメのポケットから出てきたキャンディーに女の子は、目を輝かせる。
「ヘレーネ、とっても甘くて美味しいよっ!」
「うん・・・。」
どうやら、もう一人の女の子名前はヘレーネと言うらしい。
「どれでも好きな物を取っていいんだよ。」
「・・・じゃぁ、これっ!」
ヘレーネが取ったのは、ピンク色のキャンディだった。
袋をすぐに剥がし、口に入れる。
「っ!?甘くて美味しい~!」
ヘレーネの顔も、メリーと同じように花が咲いたように綻んだ。
ユメは、その表情を見て、漸く安堵したのだった。
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