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ランチタイムは出汁の味

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トイレから戻った私は、入り口の傍に置かれたゴミ袋の中に、数時間前に食べたばかりであろうカップラーメンの容器が転がっているのを見付けた。


「あの、まさか、朝ご飯もカップラーメンだったんですか?」

私は、棚から捨てられている容器とは別の銘柄のカップラーメンが取り出している久良持さんに尋ねた。

「えぇ、まぁ・・・。」

「流石に、お昼もカップラーメンって・・・。」

「カップラーメンやインスタント食品は、人類の偉大な発明ですよ。」


久良持さんはそう言って、棚から、うどん、そば、ラーメンのカップを並べた。


確かに、作った人の功績を考えれば、偉大な発明ではあるし、私も食べないとは言わない。

だけど、流石に朝も昼もインスタントじゃぁ・・・。


「あの、食堂には行かないんですか?」


「行きませんよ。部屋を出て、食堂まで行くのが面倒なので。」


「・・・・・・。」


私は何も言わず、掃除をしたばかりのテーブルにお弁当を広げた。

持参した漢方茶を飲んでいると、視線を感じた。

視線の先には、カップうどんにお湯を注いでいる久良持さんがいた。



「あの、何か・・・?」


「いえ、随分カラフルなお弁当だと思いまして・・・。」

私のお弁当を見ながら、感心していた。

一応、これでも彩にはこだわりを持って作っている。


「・・・食べますか?」

視線が止むことは無い。

そう判断した私は、彼に尋ねた。

「いいんですか?樹神さんの分が減ってしまいますよ?」


「良いですよ。インスタント食品だけじゃ、身体に悪いですから。どうぞ。」

私は、おかずの入った器を差しだした。

「では、お言葉に甘えて・・・。」

彼は、一通りおかずを眺め、三つ入っている出汁巻き卵を取り、口に運んだ。


「ん・・・美味しい・・・。」

「良かった。今日の出汁巻き卵は、上手く行ったんです。」

嬉しかった。

なかなか、出汁の味が生かせず、苦労していたが、今日は上手く行ったのだ。

それを褒められたのだ。嬉しくない筈がない。



「樹神さんは、一人暮らしなんですか?」

「いいえ、社宅に住んでいます。」

「社宅では、朝と夜の食事が出るのでは無いんですか?」

「月曜日~金曜日は出ますよ。でも、土曜日、日曜日は自炊なんです。各部屋に、キッチンもついているので、時間が合わない人は、自炊も出来るんですよ。」

「そうなんですか。」

「久良持さんは、どうなんですか?」

「僕も、一応は社宅です・・・。」

「一応?」

「入社した時、手続きの不備があって、部屋が取れず、一人だけ、男性単身者用の社宅の敷地内にある離れを与えられたんです。」

「一人で離れをっ!?」


通常、私達のような単身者用の部屋は、1SDK。

六畳から七畳の居室、三畳の納戸、六畳のダイニングキッチンという間取りだ。


それが離れとなると、2SLDKは有る。

八畳の居室が二部屋、四畳の納戸、七畳のリビング、七畳のダイニングキッチンという間取りだ。


何故知っているかというと、社宅の管理は総務部の仕事なのだ。

離れには、庶務部から届けられた備品を持って行ったことが有るので、知っているのだ。


「えぇ。会社からのお詫びということで・・・。仕事の都合上、パソコンを多く置いたので、部屋がパンパンで、
今更、単身者用の部屋に変えてもらう必要もないんです。」


「そ、そうですか・・・。」


部屋の半分以上を占拠する職場のパソコン達を見て、おそらく久良持さんの自室もこんな感じなんだろうと、思わずにはいられなかった。



「ん・・・。」


鼻を掠めるうどんの出汁の香り。

その匂いには覚えがあった。

「あの、そのうどんって、もしかして、食品開発部の・・・。」

「ご明察ですね。食品開発部インスタント食品開発課の新作です。」


インスタント食品開発課は、その名の通り、インスタント食品を作っている。



季節ごとに新作を発表し、このうどんも先月出たばかりのもので、社員には必ず無料で配布される。アンケート用紙と共に。

そのアンケート結果を消費者目線の意見として受け入れ、次の開発に役立てているのだ。


「いただきます。」


「あ、あの、これどうぞ。」


麺を掴もうとする久良持さんに、私は濡れたティッシュを差し出した。


「えっ?」

「さっき、出汁巻き卵を取った時、水滴が落ちましたよね?だから、これで拭いて下さい。」

「ど、どうも・・・。」


濡れティッシュが、久良持さんの白く長い指を滑って行った。


「樹神さん。」


ティッシュをテーブルに置き、彼は私に向き直った。

「はい?」


「お願いがあります。」


「何ですか?」


先程までの温く一線を引くような態度から一変した。


しかし、私は、気にも留めず返してしまった。


「樹神さん。僕のメイドになりませんか?」


「・・・・・・はぁっ!?」


今日一番の衝撃だった。


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