こっち向いてください

もなか

文字の大きさ
上 下
323 / 345

その心は 7

しおりを挟む





──まだ耳がむず痒い気がする。
全くあの男は可愛いだの綺麗だの可愛いだの──
洗脳でもするつもりなのかと疑ってしまうほど口にする。あれも「溢れている」のだろうが、ここまで言い含められると文字通り体に染み込んでしまうのか、洗脳されかかっている気がして敬吾は頭を振った。
気付けにアイスコーヒーに口を付けると、待ち人の声が掛かる。

「ごめんねー、遅くなっちゃって……」

可愛いとは、こういう人のことを言うのだ。
ぱたぱたと小上りに上る柳田を見てそう思う。
仕事帰りに合流とのことだったが平服だ。スーツを着ていないと余計に若々しい。
柳田は中身も若々しい上、互いに数少ない話し相手になれることもあってこうして顔を合わせることは度々あった。
ひどい我慢をしているというわけではないが、誰と行ったの?誰と食べたの?今度一緒しよう、などと繋がりかねない話題はそもそも大っぴらには出来ない。それらを少しずつ飲み込んでいると意外とガスが溜まるものらしかった。

「すいません、先に飲み物だけ飲んでました」
「全然!飲んで飲んでー」

メニューを広げながら柳田は参ったというように笑い、「今日は暑かったねー」としみじみ言う。そして「今年の夏やばそうだからアラスカ行こうかなとか言い出したよ」と続けた。こういうことなのである。

「アラスカぁ!?また極端な」
「だよねぇ」

柳田は苦笑しているが幸せそうだ。

「オーロラ撮りたいんだって」
「絶対適当言ってますよ」
「あはは」
「あっほらオーロラのシーズン夏の終わりからですもん!」

敬吾が差し出した携帯の画面を見て柳田は「本当だ」と笑っている。

「適当だよねぇほんと」
「しばいた方が良いですよ」
「普通に無理だね」

苦笑しながらメニューを決め注文を済ませてしまうと、柳田は「そういえば」と敬吾を見た。

「逸くんの──」

そこまで言い、敬吾が引き取るのを待っているのか柳田は二の句を継がない。
敬吾が首をひねると、はっとしたように手を振った。

「あ、ごめんなんでもない。勘違いだった」
「えぇ?」

敬吾が苦笑する。

「珍しいすね、柳田さんがぼーっとするの」
「暑かったからかなー、今日お客さんの売り場づくり手伝ってきたんだけど、また日向でさー」
「うわっきつかったですね」
「俺よりお店の人が体調崩しちゃって──」
「あはは……」

──その辺りで先にドリンクが届き、改めて乾杯をすると柳田も人心地ついたようだった。

「うぁーーおいしい」
「あはは、お疲れ様です」

そしてまた、今度こそはっとしたように「そう言えば!」と言う。

「敬吾くんこの間すっごい美少年と歩いてなかった!!?」
「あ、あぁ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少年プリズン

まさみ
BL
近未来の日本。 東京は二十一世紀初頭に起きた相次ぐ地震のせいで砂漠と化し、周縁には無国籍のスラムが広がっていた。 その砂漠の中心にあるのが東京少年刑務所、通称東京プリズン。 少年犯罪の増加に頭を痛めた政府が半世紀前に設立した、入ったら二度と出られないと言われる悪名高い刑務所。 それぞれの理由を抱えて劣悪な刑務所に送りこまれた少年たちの群像劇。 (SF/バイオレンス/アクション/BL18禁) (カプ傾向 寡黙包容攻め×クール強気受け 美形俺様攻め×強気意地っ張り受け) 表紙:あさを(@asawo0)様

【本編完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇
BL
ちょっと意地悪なスパダリ攻め×やんちゃ受け ◎愛重めの攻めと、強がりやんちゃ受けの二人が幾多の苦難を経て本当の幸せを掴み取る、なんちゃって仙侠ファンタジー。 ◎本編完結済。番外編を不定期公開中。 ひょんなことから門派を追放されてしまった若き掌門の煬鳳(ヤンフォン)はご近所門派の青年、凰黎(ホワンリィ)に助けられたことで、あれよという間にライバル同士の関係から相思相愛に発展。 しかし二人きりの甘い日々は長く続かず、少々厄介な問題を解決するために二人は旅に出ることに。 ※ルビが多いので文字数表示が増えてますがルビなしだと本編全部で67万字くらいになります。 ※短編二つ「門派を追放されたらライバルに溺愛されました。」を加筆修正して、続編を追加したものです。 ※短編段階で既に恋人同士になるので、その後は頻繁にイチャこらします。喧嘩はしません。 ※にわかのなんちゃって仙侠もどきなので、なにとぞなにとぞ笑って許してください。 ※謎と伏線は意図して残すもの以外ほぼ回収します。

黒犬と山猫!

あとみく
BL
異動してきたイケメン同期の黒井。酔い潰れた彼をタクシーに乗せようとして、僕は何かが駆けめぐるのを感じた…。人懐こく絡んでくる黒井に一喜一憂が止まらない、日記風の長編。カクヨムでも公開しています。 【あらすじ】 西新宿の高層ビルで、中堅企業に勤める営業5年目の僕(山根)。本社から異動してきた黒井は同期だが、イケメン・リア充っぽいやつで根暗な僕とは正反対。しかし、忘年会をきっかけに急接近し、僕はなぜだかあらぬ想いを抱いてしまう。何だこれ?まさか、いやいや…?…えっ、自宅に送ってもう泊まるとか大丈夫なのか自分!? その後も気持ちを隠したまま友人付き合いをするが、キスをきっかけに社内で大騒動が起こってしまい… 途中から、モヤモヤする社会人生活で、何かを成したい、どこかへ向かいたい二人の、遅咲きの青春小説?的な感じにもなっていきます!(作者の趣味全開な部分もあり、申し訳ありません!) 【設定など】 2013年冬~、リアルタイムで彼らの日々を「日記風」に書いてきたものです。当時作者が西新宿で勤めており、何日に雪が降ったとかも、そのまんま。社内の様子などリアルに描いたつもりですが、消費税がまだ低かったり、IT環境や働き方など、やや古臭く感じるかもしれません…。 なお視点は<僕>による完全一人称で、ひたすらぐるぐる思考しています。また性描写はR15にしていますが、遭遇率は数%かと…(でもないわけじゃないよ!笑)。 【追記】 長編とはいえとうとう300話もこえてしまい、初めましての方のために少々ガイド的な説明をば(尻込みしてしまうと思うので…)。 ひとまず冒頭は<忘年会>がメインイベントとなり、その後クリスマスを経て年明け、第27話まで(2章分)が、山根と黒井が出会って仲良くなるまでのお話です。読み始めてみようかなという方は、ひとまずそこまででひと段落するんだなーと思っていただければ! ちなみにその後は、温泉に行こうとしておかしなことが起きたり、会社そっちのけで本気の鬼ごっこみたいなことをしたり、決算期にはちょっと感極まった山場を迎えたりします。まだ更新中ですが、ハッピーエンド完結予定です!

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

Evergreen

和栗
BL
Black and Whiteに出てくる「春日部 涼(かすかべ りょう)」と「藤堂 和多流(とうどう わたる)」の話です。 エロは結構激しめです。 主観です。 Black and Whiteを読んでからの方が話が通じるかな、と思います。 単品でももちろん読めます。 よろしくお願いします。

処理中です...