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その心は 4
しおりを挟む「何回かあったのか、そういうの」
「いやあここまで質悪いのはこれだけですよ。あとは付き合ってるって言いふらしてる子がいたくらいで」
「……それも結構なことだけどな?」
「まあそれは俺だけじゃないですけどね。虚言癖っぽい子だったのかなぁ」
「あー、それはなんかいるな、学年に一人くらい」
不思議なものだ、と敬吾は少し考え込んでしまうが、逸はどうでもよさそうに頬杖をついていた。
「でしょー。あとはシンプルに告白された時にゲイだって断るのが相当心苦しくて。積極的にいーふらしてました」
「………………」
「失恋なんてもんじゃないんですねあれ、女の子はたぶん……」
少し眠たくなっているのか頬杖のままうとうとと瞼を閉じ、それでも逸は痛々しい顔をしてみせた。
つられて敬吾も考えてみるが──その前に、静かに逸が続ける。
「ノンケだったらまだ……それでも悪い気はしないんでしょうけど、俺嬉しくもなんともねえし。両思いなれないどころか、片思いもむくわれないんすよー?もう……」
悲劇のヒロインとしての格好すらつかない。
確かに遣る瀬ないか──
「あんまりモテるのも大変だな」とせいぜい軽く言ってやると、続けて敬吾は「だから恋愛とかする気なかったのか?」とこれもまた軽く問うた。
逸は眠たげに落ちていた瞼を半分ほど持ち上げ、そのままなんどか瞬く。
「……いや?そんなことはないですよ、まあちょっとややこしいなーとは思ってましたけど。したくないとは……」
「ふーん……」
その話と並行して、敬吾はアルバムの中に長谷川を探していた。
あの美少年を見逃すはずはないのだが。
逸は苦笑している。
「長谷川は学校別っすよ」
「! あ、なんだ……、見たかったのに」
逸は小さく笑っていた。
「通信制だったみたいですね」
「へー。通信ってアルバムあんのかな」
「どうなんでしょーねー?」
「今度聞いといて」
「なんで……」
「見たい、お前写真持ってねえの?」
「ないですぅ、──つーか、敬吾さん……ひと悶着したやつと仲良くなんのやめてくださいよ」
不服げにそう言い、四つん這いで犬のように敬吾に歩み寄ると逸は敬吾を背中から抱き込んだ。
頬を擦り寄せられ、吐息でふっと笑われて敬吾は少し肩を縮める。
「たまに会ってやってるでしょ……」
「違……絡まれてんだよ」
「もー……」
「良い子だぞ結構」
「もおおおおお」
また──今度は激しく──ぐりぐりと頭を擦り寄せられ、敬吾は大げさに辟易したような顔をした。
逸はそのままゆっくりと敬吾の頬に唇をつけ、一緒にアルバムを見下ろす。
「──だからね」
「うん?」
「恋愛……」
ゆったりと抱き締められたままではあるが微かに姿勢を正されたような逸の声音に、敬吾は少し耳をそばだてた。
一体なんだろう──
「ああ──」
「敬吾さんに初めて会った時俺、見つけたって思った」
「────」
「──なんでだか分かんないですけど。こんなとこにいたって……」
ゆっくりと敬吾を抱き直すと、逸はまた小さく苦笑した。
「恋愛めんどくさいって思ってたのにね」
それが、こんなにも甘くて狂おしい、抗いようのないものだったとは。
そのもどかしさがそのまま伝わるような逸の腕に敬吾は軽く肩を縮める。
──なぜ、自分から話し始めるのだ。
こちらから水を向けようと思っていたのに──
「もう……それだけで、敬吾さんがいるって分かっただけで嬉しかったんですよ、あの時」
今や、この様だが。
「わけわかんないでしょ」と言ってまた笑う逸は、敬吾のスウェットの裾をそっと捲っていた。
「おいっ、」
「ん?」
「なにしてんだよ──」
「え、違うんですか?敬吾さん飲ませるから……俺てっきり誘ってるんだと思ってました」
「んなっ、違う!」
「じゃあなんだったんですか?」
「なんでもねえよっ、別に──」
「ふうん?」
「放せ、ってば!」
──まあ、無論、逸が言うことを聞くはずはなかった。
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