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あの日の報想 5
しおりを挟む──激しい逸の呼吸が、積もり積もって堪えきれない声になる。
擦過音や呻きのような小さなその声が可愛らしくて、見られないのをいいことに敬吾は笑った。
体が覚えている、ということなのかキスに普段との違いはない。
やや性急だが極端に稚拙だとか乱暴なこともない。
それなのにやはり頭では初めての出来事だからかこんなにも必死で、それが、喩えようもなく愛おしい。
どこか体を撫でるでもなく、拘束するでもなく唇だけが敬吾を貪っている。
今は忘れているのかも知れないが、意図的にそうしていたはずだ。きっとこの男は手を出すまいとしている。
このキスの激しさはまるでその証左で興奮の表れではない──無論何割かはそうだろうが──。
全くこの男はいつでもそうだ。
ぎらぎらに血走った肉欲の目で見るくせに、無謀な我慢などするから始末が悪い。
やや勢いを失い、子供がお片付けでもするように敬吾の濡れた唇を拭おうとする逸の唇は今離れがちになっていた。
──本当に始末が悪い。
そんなことをするから与えたくなってしまうのだ。
──最初から、そのつもりではあったが。
自らも整合しているとは言えない思考でそんなことを考え、敬吾は、にじり去ろうとしている逸の膝に手を置いた。
ぎくりと音が聞こえるようだった。
今日は優等生な逸の理性を、太股を這い上がる敬吾の手が脅かす。
風で浮きかける新聞でも押さえるようにそれを止め、下手くそな知らんぷりで逸は「敬吾さん」と言った。
「──や、やっぱお茶でも飲みます?」
「飲まない」
「えっ」
ここまで無碍に、不愉快ですらあるように断られるとは思っておらず逸は取り乱す。
「……えっと、あれありますよ?プーアール茶」
「俺がそれ好きなのは知ってんのかよ」
「んっ?」
「なあ……」
ほろりと取り落とすように零れたその声は本当に無意識に口をついたものだった。
──だが明らかに意識的に出した声音だった。
甘えるようで逆撫でるような、誘うための響きを持った声。
それを驚くことも嫌悪することもなく、敬吾は逸が開けた距離を詰める。
「……ほんとに一服してえの?お前」
「──────」
──またあの声。
吐息混じりで、まるで陳腐なポルノのようなあからさまな、敬吾が出すはずもないそんな声が逸の頭の中を掻き乱す。
ぎりぎりのところで守っているその境界線が引かれた脳内を。
「──お、お茶飲みたいっていうか、」
「うん……?」
ああ、また。
気が触れそうだ。
失礼がないよう気遣う言い回しもできそうにない。
と言うよりも、この敬吾にはしない方が良いのかも知れない。
「敬吾さんに触ってたくないんです……」
「へえ?なんで」
やっと逸の知る敬吾の声に戻った。
心底ほっとして、だがやはり焦ったまま、逸はどうにかこの窮状から抜け出したがった。
「──がまんできなくなります」
「なにを?」
「ああ、もう……その声……」
そこまでも正直に嘆いてしまうとやはり淫靡に敬吾が笑う。
「声?なんだよ?」
「…………、やめてくださいよ」
「何をだよ」
「いじわるすんの………」
「意地悪ねえ」
逸の膝の上、自分の手を危なげな子供か何かのように抑えている逸の手を敬吾は退けた。
思いの外厄介だったがこの逸は逆らうようなことはしないらしい。
「俺がしてる訳じゃねえよ。お前の夢なんだろ」
「……………そうでしょうけど」
「……ならこれはお前が望んでることなんじゃねえの」
「………………」
大して複雑でもないその遣り取りを、禅問答のように逸が考えている間敬吾の手は脇腹を撫で、胸を這って首すじに貼り付いた。
「あれで満足か。中学生かよお前………」
──煽るようでもない、芯から可笑しそうに呆れたように言うそれが、何より逸の理性を食い尽くしていった。
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