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TrashWorks 9
しおりを挟む逸がぴくりと背中を伸ばす。
「それと」という事は指摘の追加だ。
喜ばしい言葉は続かない。
「どうなるにせよ、って何」
「あ………」
「どうとどうを想定して言ってんだ」
「……………」
──それは。
「振るかも知れないし振らないかも知れないって思われてんの?俺」
「────」
違う、と。
当然逸は言いたかったが──先と同じ轍を踏むことになるのは目に見えていた。
何を言うことも出来ずに押し黙る逸を、更に表情を暗くした敬吾が見つめる。
「……何も言わないならもういい」
それきり敬吾は黙った。
その場を去るでもなくそうしてくれているのは、恐らく単純にここが敬吾の部屋だからだ。
逸の部屋だったなら、同じく平静な様子で、当然のように出ていったろう。
「……敬吾さん、ごめんなさい──」
その短い言葉の間、敬吾は落ち葉でも眺めるように逸を見る。
静観と言うに相応しい、期待も萎感も無い表情。
──敬吾は、素直だ。
敬吾の前でなんとか体裁を繕おうとする、矮小な一面も正してしまう、そして──醜い部分を、晒させてしまうほどに。
「──ごめんなさい、俺……敬吾さんを信用してないとかじゃないんです。ただ不安になっただけで──」
相も変わらず語る敬吾の表情は、今度は訝しい。
まだ分からないのか。
「──敬吾さんほんと分かってないから。自分がどんな風に思われてるか」
「はあ?」──そう言いたげな表情に、逸がきつく眉根を寄せる。
「俺……敬吾さんには一目惚れでしたけど、最初は見てるだけでいいやって思ってたんですよ、勝手に好きでいるだけで良かった。けど、もう……」
一瞬だけ逸は言葉を飲んだが、やはりもう取り繕おうだの格好つけようだのという考えは浮かばない。
一貫してフラットな敬吾の表情が、熱もないのに掻き立てる。
どこまでも丸裸にされてしまう逸はもう、敬吾のために理性的に誂えた正直さではなく剥き出しの独占欲の塊になっていた。
表情も険しく獣じみていく。
「ああもう絶対落としたいって思ったの、初めて笑いかけられた時なんですよ。この人また笑ってくれっかなあってもっと違う顔もすんのかなって──何してでも手に入れたいって思った」
「………………」
「──それで、俺以外にはそんな顔見せてほしくないとも思いました」
「……………」
「俺みたいなやつが増えるから」
「バカかよ………」
いい加減少し顔を赤らめた敬吾はそう言うが、逸は馬鹿真面目に言い募る。
「でも実際そうなったでしょ?」
「………………」
「俺はそれがすげえ恐い」
そう言って未だ険しい逸の目はきっと、返す言葉のゆく宛を探している敬吾の奥に自分だけが知る表情を見ている。
それを敬吾も分かっているから、否が応にも顔が赤らんだ。
思考回路もやや鈍くなる。
「──仕方ないだろ。俺はお前にも栗屋さんにも思わせぶりなことしたつもりねえよ。それでもまあ、好きになってもらえることは……あるにはあるんだろ、実際」
「はい」
「だから、お前は何が言いたいんだって聞いてる。そんなどうしようもねえことにまで妬く気か」
「……………」
逸が大きく、ゆっくりと息を呑む。
驚いたからではないようだった。
相変わらず攻撃的なままの瞳は見開かれるでもなく、静かに敬吾を見たままだ。
「──そうですよ」
今度は敬吾が息を呑む。
まさか肯定されるとは──しかも捨鉢にでもなく──思っていなかった。
逸が床に軽く手を突き、その膝が少しにじり寄る。
なんとなし敬吾が身を引くとそれを許さないように肩が掴まれた。
「もうどうせがっかりされてんなら言っていい?俺誰にも敬吾さんのこと見せたくないんすよ、ほんとすげえ嫌だ」
「ちょ……」
強い熱に伸し掛かられ、周囲が暗くなる。
かぶりつきそうな程に唇が寄った。
「でもガキって思われたくないから我慢してるだけ。本当は」
いっそ閉じ込めておいてしまいたい。
完全に重なった唇がその言葉を封じ込めて、苦しげな呼吸へと下した。
それに堪えられなくなった敬吾に肩を押され、逸は僅かに唇を離すがそれ以上の自由は許さなかった。
「──敬吾さんが言った通りですよ。誰にも優しくして欲しくないしかっこいいとこも見せないで欲しい」
「何言って………」
どうにかこうにかそうは言ってみたが力任せに肩を押されるともう──話はおろか、自分の身の所有権すら主張できない。
逸の体重に負けて丸くなり始める背中が床に押し付けられていく。
膝を開かれ体を捩じ込まれると踏ん張りも利かなくなった。
また唇を塞がれ、飲み込まれるようなキスに涙が滲む。
唇が離れても目が眩むようで、敬吾は抗うことも出来ずに床に背を付けた。
僅かな自由すら奪うように体重を掛けて伸し掛かるくせに、逸は縋るように敬吾の首筋に顔を埋める。
「馬鹿なこと言ってるのは分かってます」
「…………………っ」
「でも……」
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