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再襲 8
しおりを挟むスコープのレンズいっぱいに顔を寄せて笑みを抑えきれない桜は、ドアが開かれ二人と対面してからもその度肝を抜いてやることに成功した。
大きなお腹を抱えているはずだった桜は────すっきりとした体つきで、代わりに膨らんでいるのは、桜の提げたスリングだったから。
「「……え………………っ」」
「初めましてー、姪でーーーす」
「………………はぁーーーー!!?」
「…………えっえっ、何?早産!?」
閻魔さながらの敬吾に対し、心底慌てきっているあたり逸はまだまだ対桜の経験値が足りない。
「甘いないっちー……前来た時はほぼ臨月だったのだよ………」
「え……………」
──なんでまたそんな嘘を。
当然その疑問は頭をよぎるが、悪どく笑っている桜はただ楽しげで、その顔だけが理由なのだ。
考えて分かるものではない。
敬吾は慣れたもので既に落ち着きを取り戻していた。
「いつ産まれてたんだよ………」
「先月はじめー」
「なんだあ……お姉さん、言ってくれたらお祝いとか用意したのにー……」
「いらないいらない!」
言ったのは桜だが、敬吾も一緒に手を振った。
「いっちゃんそんな気を使わなくていーから!ほらおじちゃん抱っこして!」
「おじちゃんって……うわ怖ぇ!」
「美咲ちゃんでーす」
美咲は大人しく、逸と敬吾が大騒ぎしていてもぐずりもしなかったが抱くとなるとやはり怖い。
普段落ち着き払っている敬吾がおたおたと手間取ってるのが微笑ましく、また逸は眉を下げて見守っている。
桜もそれを嬉しそうに見ていた。
しかし。
「あんた……下手だねぇ……」
「そりゃそうだろ……、うわ、もうやだ怖い返す」
「もぉ」
「敬吾さんにできないことがあるとは……」
美咲は下手くそに抱かれても嫌がらないが、桜に抱き取られるとやはり小さな手できゅっとしがみつく。が。
「はい、じゃあいっちー」
「えー!いいんですか」
「もちろんー、抱いたげて」
また母親から離される美咲は今度こそ少し不安そうな顔をしたが、逸がスムーズに受け取るのでまた落ち着いてころりと丸い瞳で逸を見上げた。
「ふわあああああ可愛いいいいいー」
「でしょ!あたしの子だからね!」
「お前……なんでそんな上手いんだ」
「おれ下にふたりいますからぁ……」
でれでれと溶けそうな顔で逸が揺すると、美咲の頬が擽ったそうにほんの少しだけ上がる。
「あっ、笑い……そう?かわいぃー……」
「えー、珍しい。テンション低いんだよねぇこの子」
「……あ!笑った!」
──が。
「えらいニヒルなのはなんででしょう……」
「大丈夫、嫌がってるわけじゃないから。なんっか敬吾に似てんのよねぇ……」
「失礼な感じで言うんじゃねーよ」
「つーか、入れてよ」
「あぁうん」
「ちゃんと連絡してきたでしょー」
普通、そういう連絡は何日か前にしておくものだ。
しかし桜にしては大進歩なので敬吾は大人しく荷物を受け取ってやる。
「これ今度はなに?」
引き出物かと見紛うほどの紙袋を敬吾が覗くと、桜は頬を膨らませる。
「夕飯のお肉ですぅー、心配しなくてもそれ食べたら帰りますよ!お邪魔だって言われたし!前!」
言っていない。肯定しただけだ。
ぷりぷりと冷蔵庫を開ける桜の背後で敬吾はぎょっとしている逸に無表情で手を振って否定する。
ですよね、と逸は信じたようだった。
「しかしなんだこの量……」
「敬吾に持ってくって言ったらすごいおまけしてくれたー、岡田精肉店のおじちゃん」
「……よろしく言っといて」
「その他、飯館八百屋のおばちゃんからは立派な梨が」
「これはまた高そうな……」
当然のように美咲を抱かされっぱなしの逸も、美咲を揺らしつつその肉の量に目を剥いている。
一体どう料理すると伝えたのか、塊肉やらひき肉やら見事な背脂まであった。
なんと言うか、貢がれ体質な姉弟である。
「二人共お昼まだでしょ?この間マサとお父さんが釣り行ってめちゃめちゃ釣ってきてさー、お母さんが南蛮漬けとか煮付けにしたから持ってきたー」
「ああ、じゃあ昼それにするか」
「うわっすげえ!」
肉に続いて次々取り出される料理に逸は目を輝かせているが。
敬吾としては、それが上手に三人分あるのが少々、気になるところではあった。
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