こっち向いてください

もなか

文字の大きさ
上 下
176 / 345

襲来、そして 9

しおりを挟む




──錠の開く音がしたような気がする。

けれど自分の心音に紛れた微かなそれは、少々取りのぼせた頭が怠惰に隣の部屋かもと思わせた。
どうせそうだろう、と無視することにすると──
ドアの閉まる音と、明らかに内側からサムターンが倒される音。

となると、入ってきた人物はただ一人だ。

「岩井ー、」
「うわあっはいっ!」

慌てて跳ね起き、逸はいの一番にリビングのドアを閉めた。
そこから漏れていた光を遮断され、暗くなった台所で敬吾は呆気に取られている。

「す……っすいません敬吾さんちょっと待ってっ、…………1分!!!」
「……………おう」

どうも悪いところに来てしまったらしい。

逸は左手でドアに体重を掛けながら、驚きで縮んだそれを仕舞い込んでいた。

「いや、このままでもいいけどさ。姉貴帰ったぞ」
「えっ!?」

そこに敬吾がいるわけでもないのに頭を上げてドアを見つめ、慌てたようにすぐに逸は続ける。

「……どうやって?電車ですか!?」

心底心配しているらしい逸の声に苦笑しながら、敬吾が説明した。

「正志さんに電話したら、出張でこの辺いたんだって。直帰の途中だから寄るっつってすぐ来てくれた……つっても1時間くらいかかるとこにいたみたいだけど」

後半になるに連れ、微笑ましげだった敬吾の声はいかにも「よくそこまでできるものだ」とでも言いたげになったが、もしそれが自分と敬吾だったら──と考えると逸としては正志の気持ちがよく分かる。
距離も時間も、欠片も苦にはしなかったはずだ。

とりあえず桜の体のことは安心したので、逸は落ち着いてジッパーを上げようとする。
ドアからも手を退けた。

「そうですか、良かった……なんでそんな急に帰っちゃったんですか」

こちらも喧嘩にでもなってしまったのだろうか。
非常に有り得そうで、それはそれで心配になる。
実際、ドアの向こうの敬吾の声は、言いづらそうに更にくぐもった。

「……なんかな、嘘だったんだよ。正志さんと喧嘩したって」
「えぇ?」

ベルトも締め終えて驚き混じりにドアを引くと、そこにいた敬吾の顔は何故か赤らんでいた。
表情は、想像と少しも違わず面倒そうな渋い顔だが。

「普通に遊びに来たかったんだけど、絶対断られると思ったからって」
「ああ──、」

それは、桜の気持ちも分からないではない。
拗ねた子供のようになってしまった敬吾の表情と併せて微笑ましくなり、逸は苦笑して洗面所へ入った。
すれ違った敬吾が妙に緊張しているようなのは、何故だろう──まあ、話を聞きながら様子を見よう。

手を洗って、お茶でも淹れようと台所へ向かい、お湯だのカップだのと準備を始めても敬吾は二の句を継がなかった。

「それで、なんでお姉さん帰っちゃったんですか?」

敬吾の様子が気にはなるが、さほど深刻にも考えず逸が尋ねると敬吾の口はやはり重い。

「あー……、もう姉貴に言ったんだよ。お前と付き合ってるって」
「えっ!!!?」
「………………」
「………………」


──どちらかと言うと重かった敬吾の表情が、機敏に振り返った逸と数秒見合った後、そのあまりの驚愕ぶりに──

──噴き出した。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

おとなのための保育所

あーる
BL
逆トイレトレーニングをしながらそこの先生になるために学ぶところ。 見た目はおとな 排泄は赤ちゃん(お漏らししたら泣いちゃう)

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...