こっち向いてください

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──どこかで着信音が鳴っている。

逸は一向に軽くならない瞼を抉じ開け、どうにかこうにか篠崎からの着信であることだけ確認して電話に出た。

「ぅ…はい……」
『おはようー、ごめんね寝てた?』
「いや……はい、大丈夫ですよ」
『ごめんごめん、早い方がいいと思って──………』

「あ、はい……はい、了解です。おつかれさまです…………」

逸のだみ声で敬吾が目を覚ますと、逸は携帯を取り落としまたばたりと頭を落としたところだった。

「どうした……」
「……………んっと、午後からで……いいよっていう………」
「へえ……良かったな」
「あい………」

ここのところ無理に早起きをしていた反動か、逸の寝起きはいつにも増して悪かった。
しかし二度寝するでもなく逸は敬吾を見つめながら髪を撫でている。

「なんでまたそんな急に余裕できたんだ?」
「んっと…………」

──内容覚えてんのか?こいつ。
敬吾の心配そのままに、逸は目を線のようにしてしばらく考え込んでいた。

「……あぁそーだ、今日から2号店の店長が入れるからって。余裕あるわけじゃないですけど……後は数の力でなんとかいける仕事ばっかなんで………」
「ああ、なるほど……つーか初めて出てきたな2号店の店長。今まで何してたんだ」
「なんか……前の仕事の退職の都合でとかそういう……八幡さんて人なんですけど………」
「へー……、うっ」

髪を撫でていた逸の手がどさりと喉に落ちる。
少々むせながらその手を退けて、また眠ってしまった本体へと返却した。

──午後までか。

「……良かったな」

ぽんぽんと頭を撫でてやり、敬吾ももう一度目を閉じた。






──また、着信音が鳴っている。

今度はなんだよ──

先に目を覚ましたのは敬吾だった。
逸がぴくりとも動かず眠っているので、眠いながらも慌てて端末を探す。

──誰だろう。
怪訝そうに画面を眺めるものの、深く考えず敬吾は着信を通話にした。

「はい、もしもし……」
『あ、おはようございます──ごめん寝てたよね!』
「いえ……大丈夫、ですけど……?」

電話を介しているせいなのかも知れないが、相手の声に聞き覚えがない。
だが、この明るすぎる口調をどこかで聞いたことがあるような────誰だったか────

その空気を察したか、向こうも少々訝しげな空気になる。

『えーーっと、岩井くんだよね?』
「はい、岩居ですけど……?」
『八幡ですーー、』
「………………?」

──八幡?
どこかで聞いたような。

(ああ、2号店の店長………)

それがなぜ自分に連絡をしてくるのだ──

「……………!!!?」

冷や汗とともに、意識が一気に体中に巡っていく。
がばりと端末を耳から離し穴が開くほど見つめると、自分の馬鹿さ加減に敬吾は天を仰ぎそうになった。
その間電話の向こうでは小さく『いわいくーん?』と呼びかける声が漏れている。

敬吾が持っている携帯は、逸のものだ──

「うぅわっ…………、……すみません、いわい違いです!って言うか八幡さんて、篤さんですか!?」
『えっ?』

急激に覚醒した脳はありとあらゆる情報を呼び起こしたようだった。
どこかで聞いたことのあるこの話し方の持ち主も、今の敬吾は苦もなく思い出している。

「俺敬吾です、岩居敬吾。お久しぶりです」
『えっ。………えっ?なんで?俺間違って敬吾くんに電話してた?ごめんごめん!』
「いえ、そうじゃなくてえっと──」

言い訳を考えるために敬吾の神経はまたフル回転だ。
その間逸が目を覚まして訝しげな視線を寄越しており、それは意識して気にしないでおくことにする。

「なんか、どっかで携帯取り違えちゃったみたいで………」
『え、そっちの岩井くんと知り合いなの?』
「はい、俺まだバイトしてるんで」
『そうなんだ!』
「びっくりしたーー、まさか篤さんとは」
『俺もびっくりだよ』

一先ずの安堵に敬吾が笑顔をこぼすと、逸が機嫌悪そうに眉根を寄せて腰に抱きついた。

「……誰すか」
「……こら!しっ!」

小さく諌めて頭を撫でてやると、とりあえず黙るものの逸の顔は未だ不満げだ。
敬吾は慌てて軌道修正する。

「えーっとじゃあ、俺から、連絡あったって伝えておきます。俺の携帯から篤さんに連絡行くと思うんで、よろしくお願いします」
『うん了解ー、つーか敬吾くん今日ひま?俺店長から岩井くん拾って出勤してくれって言われててさ、その連絡だったんだけど、折角だからその前に皆で飯でも食おうぜ』
「えっ、あーーーーいや」
『よし決まりなーー、んじゃ連絡よろしく!』
「あっ、篤さん──」

八幡相手ならば半ば想定内の──好ましくない──話の終え方で、通話は切れた。

敬吾は未だ呆然と端末を見つめているが──


「……………誰すか」



逸も未だ不機嫌であった。






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