154 / 345
アクティブ・レスト 11
しおりを挟む──小さく逸の声がする。
そのうち頬を撫でられて、髪を、首筋を撫でられて──
ぼんやりとした意識の中、夢だろうかと思いながら無意識に敬吾は擦り寄ってしまう。
今度は頬に優しく、しかし少々荒ぶったような唇が触れて軽く食まれる。
「ん………」
そこからぼんやりと、形を持った熱のような逸の輪郭を感じた。
まだよく動かない腕を回そうとすると、くしゃりとその体のどこかに触れる。
──触れる?
「んん………?」
「……ーごさん、起きて……」
「ん……………!?」
一気に目を見開けば、翳った逸と、その首元に集束されたシーリングライトの灯り。
妙に慣れてしまったその眩しさはやはり寝起きには辛く、敬吾はきつく目を細めて自分に伸し掛かっている影を見上げた。
「へ………いわい、あれ……!?なに、ほんとのやつ?」
「……寝ぼけてます?ほんとのやつですよ」
未だ目が慣れず逸の表情は分からないが、声は笑っているでも怒っているでもなく平坦だった。
逸の声は、音程がないと少々怖い。
「えっと……あ、……寝てたのか俺………」
「うん…………」
──そうだ、起きて待っているつもりが──リビングでいつの間にか眠ってしまったらしい。
「ごめん寝てた──、っおい、」
「ん………」
敬吾の言っていることを聞いているのかどうか、逸は敬吾のシャツの中に手を潜らせてその鎖骨を食んでいた。
「ちょ…………あ、何、」
「させてください………」
「!!」
相変わらず平らな声でそう言うと、逸は自分のバックルを緩める。
「っ何……何言ってお前それより休め、」
「待っててくれるって言ったじゃないですか」
「そういう意味じゃねえよ!」
「……もう俺……」
敬吾が足を引き寄せながらソファの隅に縮こまると、やっと逸の顔も見えるようになった。
どこか痛んででもいるように顔をしかめている。
実際今寛げたジーンズの中がもう痛いほどに張り詰めてしまっていた。
「なんっ……」
何も聞こえていないのか、逸はシャツを脱ぎ捨てて敬吾のシャツもまくり上げる。
「敬吾さんバンザイして」
「待てっつーの!!」
「………………」
きっちりと諌められ、逸は子供のように眉を下げた。
が、そもそもの表情が険しいのであまり素朴ではない──どころかやはり、怖い。
そして──
「………お前痩せたか?」
逸はきょとんとしたがやはり荒れた表情の顔を傾げる。
「……そうですか?」
「うん……」
敬吾は眉根を寄せ、顔から首筋、胸、腹へと視線を下ろしていく。
痩せた、と言うか削げたと言うか──筋張っているように感じた。
──そして。
本体はそんな風なのにその一部だけがぎらぎらと生命力に満ちているのもまたなんだか毒々しく、痛々しかった。
「……やっぱ痩せてる。体力使ってないでちゃんと食って休め。な?」
さすがに叱りつけることはできず諭しながら頭を撫でてやるが、逸はその手を掴まえて掌を舐め上げた。
敬吾が猫の喧嘩のような驚愕の声を上げる。
「……無理です、たぶんこれ収まんないですもん」
「い………いやいや、っ………!!」
掴んだ手をそのまま自らの股間に下ろし、手を重ねて触らせて、逸は別段いやらしくもない顔で同意を求めてみせた。
「ね?」
「──う、いや……だから多分、疲れすぎてるからだってそれ……寝なさい、起こしてやるから」
「………………」
今度は不服そうに子供のように唇を尖らせ、首を振る。
「……やです、俺、敬吾さんにさわりたくて頑張ったのに」
「!」
逸は敬吾の手を開放すると、今度は甘えるように敬吾に抱きついた。
「敬吾さん俺……頑張りましたよ。ちゃんと目処立つまでやって来たし、段取りも組んで来たし」
「ん、うん」
「さすがに疲れた…………」
「だ、だから──」
「ご褒美も癒やしてくれるのも敬吾さんがいいのに……」
詩でも詠むような、訥々とした音程と内容の乖離が気恥ずかしい。
逸の唇が触れている右の耳が熱くて、敬吾はきつく目を瞑った。
「……くれないんですか、これ…………」
心底落胆しているような、掠れた声に思わず肩が縮む。
敬吾とて当然、甘やかしてはやりたいし労ってやりたいとも思うのだが、そういうことではない。
上げ膳据え膳してやるとか、肩を揉んでやるとか、朝ギリギリまで寝かせておいてやるとか──そういうことだ。普通は。
何もわざわざ疲れている時に体力を使うことはないだろう……!
「だ………っ駄目だ。ちょっとでも寝た方がいいって、明日何時?起こしてやるから」
「………………」
逸が体を離し、真正面から敬吾を見据える。
拗ねた子供のようだが張り詰めた表情は、妙な色気を伴っていて剣呑だ。
見ていられずに顔ごと視線をそらすとまた逸がそれを覗き込む。
「本気で言ってます?敬吾さん触るより寝た方が元気になるって?俺が?冗談ですよね?」
「ほ……本気に決まっ」
「馬鹿なこと言わないで下さいよほんと………」
粗暴な口調で言うなり逸はソファから降りた。
──怒ったのだろうか。
そう思った瞬間抱き上げられ、階下に迷惑だろうと諌めたいが舌を噛みそうになる程乱暴に運ばれて、放り投げるようにベッドに押し倒された。
敬吾はただぱちくりと呆気にとられている。
ずり落ちてしまったジーンズはそのまま脱ぎ捨て、逸は敬吾の上に伸し掛かった。
肉食獣が獲物の息を止めるように敬吾の首筋に噛み付く。
その乱暴さとは裏腹に優しく腹を撫でられて、敬吾はびくりと息を呑んだ。
「……ほら、敬吾さんも期待しちゃってるじゃないですか」
「違…… つーか俺のことはいいんだよどうでも!」
「じゃあこんな素直に感じないで下さいよ、俺のこと興奮させてどうすんですか」
「………………!」
冷たく言い捨てられ、敬吾はきゅっと眉根を寄せる。
──そう責められる謂れがあるのか。
(俺だって……)
(…………我慢、して)
言葉を失ってしまった敬吾を見て我に返り、逸はがしがしと顔を擦った。
「っすみません……」
「いや……」
数秒の沈黙が落ちる。
その間すっかりしおれた犬顔に戻った逸がやっと口を開いた。
「本当にごめんなさい……、でも俺──」
「………………」
──もう何を言っていいやら、逸の頭の中は大混雑している。
とにかくもう腹の底が熱くて──敬吾を抱きたくて、どうしようもない。
今、欲しいものはそれだけで、他に何と言っていいのかも分からない。
「お願い、抱かせてください………」
「…………………」
──もう、駄目だ。
今欲しい温もりがそこにある。
触れたらきっと、甘くて温かくて、この乾きも飢えも満たしてくれる──
切なく揺れて伏せられている瞳が、謝りたくもあり泣かせたくもある。
もう何も考えられなくなって喉を鳴らし、逸の体はゆらりと敬吾の方へ傾いだ。
「敬吾さん…………」
「………………っ!」
無理矢理に興奮を抑えているせいで震える逸の指先に、敬吾はもう泣きたいような気持ちになった。
(そんなにかよ………っ)
耳の下を舐められ、シャツの中の素肌を撫でられて、敬吾はすんでのところで声を飲む。
それでもぞくぞくと走る冷たいような熱が、容赦なく神経を蝕んでいく。
逸の手が、いつもよりも熱い──
「岩井……っおまえほんとにそれでいーのかっ……」
「……他のもんなんかいりません」
「…………………っ」
するするとシャツが上げられていく。
露わになった胸の先に口付けられて、敬吾は声を抑えられなかった。
「ぃ………っ一回だぞ!」
「………………。」
「返事しろコラぁ!」
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
少年プリズン
まさみ
BL
近未来の日本。
東京は二十一世紀初頭に起きた相次ぐ地震のせいで砂漠と化し、周縁には無国籍のスラムが広がっていた。
その砂漠の中心にあるのが東京少年刑務所、通称東京プリズン。
少年犯罪の増加に頭を痛めた政府が半世紀前に設立した、入ったら二度と出られないと言われる悪名高い刑務所。
それぞれの理由を抱えて劣悪な刑務所に送りこまれた少年たちの群像劇。
(SF/バイオレンス/アクション/BL18禁)
(カプ傾向 寡黙包容攻め×クール強気受け 美形俺様攻め×強気意地っ張り受け)
表紙:あさを(@asawo0)様
【本編完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~
銀タ篇
BL
ちょっと意地悪なスパダリ攻め×やんちゃ受け
◎愛重めの攻めと、強がりやんちゃ受けの二人が幾多の苦難を経て本当の幸せを掴み取る、なんちゃって仙侠ファンタジー。
◎本編完結済。番外編を不定期公開中。
ひょんなことから門派を追放されてしまった若き掌門の煬鳳(ヤンフォン)はご近所門派の青年、凰黎(ホワンリィ)に助けられたことで、あれよという間にライバル同士の関係から相思相愛に発展。
しかし二人きりの甘い日々は長く続かず、少々厄介な問題を解決するために二人は旅に出ることに。
※ルビが多いので文字数表示が増えてますがルビなしだと本編全部で67万字くらいになります。
※短編二つ「門派を追放されたらライバルに溺愛されました。」を加筆修正して、続編を追加したものです。
※短編段階で既に恋人同士になるので、その後は頻繁にイチャこらします。喧嘩はしません。
※にわかのなんちゃって仙侠もどきなので、なにとぞなにとぞ笑って許してください。
※謎と伏線は意図して残すもの以外ほぼ回収します。
黒犬と山猫!
あとみく
BL
異動してきたイケメン同期の黒井。酔い潰れた彼をタクシーに乗せようとして、僕は何かが駆けめぐるのを感じた…。人懐こく絡んでくる黒井に一喜一憂が止まらない、日記風の長編。カクヨムでも公開しています。
【あらすじ】
西新宿の高層ビルで、中堅企業に勤める営業5年目の僕(山根)。本社から異動してきた黒井は同期だが、イケメン・リア充っぽいやつで根暗な僕とは正反対。しかし、忘年会をきっかけに急接近し、僕はなぜだかあらぬ想いを抱いてしまう。何だこれ?まさか、いやいや…?…えっ、自宅に送ってもう泊まるとか大丈夫なのか自分!?
その後も気持ちを隠したまま友人付き合いをするが、キスをきっかけに社内で大騒動が起こってしまい…
途中から、モヤモヤする社会人生活で、何かを成したい、どこかへ向かいたい二人の、遅咲きの青春小説?的な感じにもなっていきます!(作者の趣味全開な部分もあり、申し訳ありません!)
【設定など】
2013年冬~、リアルタイムで彼らの日々を「日記風」に書いてきたものです。当時作者が西新宿で勤めており、何日に雪が降ったとかも、そのまんま。社内の様子などリアルに描いたつもりですが、消費税がまだ低かったり、IT環境や働き方など、やや古臭く感じるかもしれません…。
なお視点は<僕>による完全一人称で、ひたすらぐるぐる思考しています。また性描写はR15にしていますが、遭遇率は数%かと…(でもないわけじゃないよ!笑)。
【追記】
長編とはいえとうとう300話もこえてしまい、初めましての方のために少々ガイド的な説明をば(尻込みしてしまうと思うので…)。
ひとまず冒頭は<忘年会>がメインイベントとなり、その後クリスマスを経て年明け、第27話まで(2章分)が、山根と黒井が出会って仲良くなるまでのお話です。読み始めてみようかなという方は、ひとまずそこまででひと段落するんだなーと思っていただければ!
ちなみにその後は、温泉に行こうとしておかしなことが起きたり、会社そっちのけで本気の鬼ごっこみたいなことをしたり、決算期にはちょっと感極まった山場を迎えたりします。まだ更新中ですが、ハッピーエンド完結予定です!
【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで
あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。
連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。
ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。
IF(7話)は本編からの派生。
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
Evergreen
和栗
BL
Black and Whiteに出てくる「春日部 涼(かすかべ りょう)」と「藤堂 和多流(とうどう わたる)」の話です。
エロは結構激しめです。
主観です。
Black and Whiteを読んでからの方が話が通じるかな、と思います。
単品でももちろん読めます。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる