こっち向いてください

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──小さく逸の声がする。

そのうち頬を撫でられて、髪を、首筋を撫でられて──
ぼんやりとした意識の中、夢だろうかと思いながら無意識に敬吾は擦り寄ってしまう。

今度は頬に優しく、しかし少々荒ぶったような唇が触れて軽く食まれる。

「ん………」

そこからぼんやりと、形を持った熱のような逸の輪郭を感じた。
まだよく動かない腕を回そうとすると、くしゃりとその体のどこかに触れる。

──触れる?

「んん………?」
「……ーごさん、起きて……」
「ん……………!?」

一気に目を見開けば、翳った逸と、その首元に集束されたシーリングライトの灯り。
妙に慣れてしまったその眩しさはやはり寝起きには辛く、敬吾はきつく目を細めて自分に伸し掛かっている影を見上げた。

「へ………いわい、あれ……!?なに、ほんとのやつ?」
「……寝ぼけてます?ほんとのやつですよ」

未だ目が慣れず逸の表情は分からないが、声は笑っているでも怒っているでもなく平坦だった。
逸の声は、音程がないと少々怖い。

「えっと……あ、……寝てたのか俺………」
「うん…………」

──そうだ、起きて待っているつもりが──リビングでいつの間にか眠ってしまったらしい。

「ごめん寝てた──、っおい、」
「ん………」

敬吾の言っていることを聞いているのかどうか、逸は敬吾のシャツの中に手を潜らせてその鎖骨を食んでいた。

「ちょ…………あ、何、」
「させてください………」
「!!」

相変わらず平らな声でそう言うと、逸は自分のバックルを緩める。

「っ何……何言ってお前それより休め、」
「待っててくれるって言ったじゃないですか」
「そういう意味じゃねえよ!」
「……もう俺……」

敬吾が足を引き寄せながらソファの隅に縮こまると、やっと逸の顔も見えるようになった。
どこか痛んででもいるように顔をしかめている。
実際今寛げたジーンズの中がもう痛いほどに張り詰めてしまっていた。

「なんっ……」

何も聞こえていないのか、逸はシャツを脱ぎ捨てて敬吾のシャツもまくり上げる。

「敬吾さんバンザイして」
「待てっつーの!!」
「………………」

きっちりと諌められ、逸は子供のように眉を下げた。
が、そもそもの表情が険しいのであまり素朴ではない──どころかやはり、怖い。

そして──

「………お前痩せたか?」

逸はきょとんとしたがやはり荒れた表情の顔を傾げる。

「……そうですか?」
「うん……」

敬吾は眉根を寄せ、顔から首筋、胸、腹へと視線を下ろしていく。
痩せた、と言うか削げたと言うか──筋張っているように感じた。

──そして。

本体はそんな風なのにその一部だけがぎらぎらと生命力に満ちているのもまたなんだか毒々しく、痛々しかった。

「……やっぱ痩せてる。体力使ってないでちゃんと食って休め。な?」

さすがに叱りつけることはできず諭しながら頭を撫でてやるが、逸はその手を掴まえて掌を舐め上げた。
敬吾が猫の喧嘩のような驚愕の声を上げる。

「……無理です、たぶんこれ収まんないですもん」
「い………いやいや、っ………!!」

掴んだ手をそのまま自らの股間に下ろし、手を重ねて触らせて、逸は別段いやらしくもない顔で同意を求めてみせた。

「ね?」
「──う、いや……だから多分、疲れすぎてるからだってそれ……寝なさい、起こしてやるから」
「………………」

今度は不服そうに子供のように唇を尖らせ、首を振る。

「……やです、俺、敬吾さんにさわりたくて頑張ったのに」
「!」

逸は敬吾の手を開放すると、今度は甘えるように敬吾に抱きついた。

「敬吾さん俺……頑張りましたよ。ちゃんと目処立つまでやって来たし、段取りも組んで来たし」
「ん、うん」
「さすがに疲れた…………」
「だ、だから──」
「ご褒美も癒やしてくれるのも敬吾さんがいいのに……」

詩でも詠むような、訥々とした音程と内容の乖離が気恥ずかしい。
逸の唇が触れている右の耳が熱くて、敬吾はきつく目を瞑った。

「……くれないんですか、これ…………」

心底落胆しているような、掠れた声に思わず肩が縮む。

敬吾とて当然、甘やかしてはやりたいし労ってやりたいとも思うのだが、そういうことではない。
上げ膳据え膳してやるとか、肩を揉んでやるとか、朝ギリギリまで寝かせておいてやるとか──そういうことだ。普通は。

何もわざわざ疲れている時に体力を使うことはないだろう……!

「だ………っ駄目だ。ちょっとでも寝た方がいいって、明日何時?起こしてやるから」
「………………」

逸が体を離し、真正面から敬吾を見据える。
拗ねた子供のようだが張り詰めた表情は、妙な色気を伴っていて剣呑だ。
見ていられずに顔ごと視線をそらすとまた逸がそれを覗き込む。

「本気で言ってます?敬吾さん触るより寝た方が元気になるって?俺が?冗談ですよね?」
「ほ……本気に決まっ」
「馬鹿なこと言わないで下さいよほんと………」

粗暴な口調で言うなり逸はソファから降りた。

──怒ったのだろうか。

そう思った瞬間抱き上げられ、階下に迷惑だろうと諌めたいが舌を噛みそうになる程乱暴に運ばれて、放り投げるようにベッドに押し倒された。
敬吾はただぱちくりと呆気にとられている。
ずり落ちてしまったジーンズはそのまま脱ぎ捨て、逸は敬吾の上に伸し掛かった。
肉食獣が獲物の息を止めるように敬吾の首筋に噛み付く。
その乱暴さとは裏腹に優しく腹を撫でられて、敬吾はびくりと息を呑んだ。

「……ほら、敬吾さんも期待しちゃってるじゃないですか」
「違…… つーか俺のことはいいんだよどうでも!」
「じゃあこんな素直に感じないで下さいよ、俺のこと興奮させてどうすんですか」
「………………!」

冷たく言い捨てられ、敬吾はきゅっと眉根を寄せる。

──そう責められる謂れがあるのか。

(俺だって……)

(…………我慢、して)

言葉を失ってしまった敬吾を見て我に返り、逸はがしがしと顔を擦った。

「っすみません……」
「いや……」

数秒の沈黙が落ちる。

その間すっかりしおれた犬顔に戻った逸がやっと口を開いた。

「本当にごめんなさい……、でも俺──」
「………………」

──もう何を言っていいやら、逸の頭の中は大混雑している。
とにかくもう腹の底が熱くて──敬吾を抱きたくて、どうしようもない。
今、欲しいものはそれだけで、他に何と言っていいのかも分からない。

「お願い、抱かせてください………」
「…………………」




──もう、駄目だ。

今欲しい温もりがそこにある。
触れたらきっと、甘くて温かくて、この乾きも飢えも満たしてくれる──

切なく揺れて伏せられている瞳が、謝りたくもあり泣かせたくもある。

もう何も考えられなくなって喉を鳴らし、逸の体はゆらりと敬吾の方へ傾いだ。

「敬吾さん…………」
「………………っ!」

無理矢理に興奮を抑えているせいで震える逸の指先に、敬吾はもう泣きたいような気持ちになった。

(そんなにかよ………っ)

耳の下を舐められ、シャツの中の素肌を撫でられて、敬吾はすんでのところで声を飲む。
それでもぞくぞくと走る冷たいような熱が、容赦なく神経を蝕んでいく。

逸の手が、いつもよりも熱い──

「岩井……っおまえほんとにそれでいーのかっ……」
「……他のもんなんかいりません」
「…………………っ」

するするとシャツが上げられていく。
露わになった胸の先に口付けられて、敬吾は声を抑えられなかった。


「ぃ………っ一回だぞ!」
「………………。」
「返事しろコラぁ!」






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