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アクティブ・レスト 4

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「どうもー!こちらどこに置きましょう?」
「えーーっとあーーー、じゃ、そこの壁に寄せて置いといて下さい!」
「ちょっと待って店長ダメですって!!そこの通路は最後まで塞げないんですよ!」
「あーーーそうだった………」
「あのー……どこに置きましょ?」
「これ何本のやつですか?」
「三本ですね」
「あっじゃあこっちで!田中君ごめんここの荷物避けるの手伝って」
「はーい」
「じゃあここの空いたとこお願いします、配線柱側で!」
「了解です、ではハンコ──」
「は、さっきのあの人にお願いします!」
「岩井さーーん!すいませーん」
「はい!」
「今日来た荷物伝票シールが見当たらないんだけど、あたしが辞めてる間に仕様変わりました?」
「え!変わってないです、いつも付いてきますよ」
「付いてないんですよねえ……」
「………………」
「………………」
「……田中くん!今来た什器開けて設置しといてくれる?あとガンガン商品入れて!」
「了解ですー」
「荷物どこすか」
「あれ全部です……」
「…………………マジで貼ってなかった?」
「無かった………運送屋さんにもチェックと最後に運ぶようお願いしてたし、あたしも見ながら運んだんですけど」
「……………………………………あけますか、ぜんぶ」
「ですよねぇーー……」
「逸くーーーーん」
「はいー!」
「ここのネットって結局何になったんだっけ?」
「え、アクセじゃないんですか」
「アクセなんだけどさ」
「ああ、問屋」
「そう……」
「まだ揉めてんじゃありませんでした?」
「そうだっけぇ?うわーーやだなーーーー!」
「そこはガツンと言えばいいでしょ店長が!!」


────
一事が万事、この調子であった。

とにかく人のミスに気を使い、不慮の事態に対応し、手の空いている人間を探し、作業を割り振って、最短の流れを考える。

張り詰めきった神経が気持ちや体まで硬くするようだった。

「岩井さーーん!」
「はいー!?」
「お客さんですーー」
「へっ?」




──幸が歩くどこもかしこも施工途中の建物内は、工具の稼働音や喧騒に満ちていた。

未だ文具店とギフトショップの見分けすらつかない混沌とした中からやっと、一層混沌とした品揃えの目的の店を見つけ出し、逸を呼び出してもらうと──

「……………………」

幸は呆然としたように目を見開いた。

「? ……さっちゃん?」
「──あっ、ごめんごめん。お疲れ様ー」

何も言わない幸に逸が呼びかける。
その逸の顔が、別人かと思うほど普段とは違っていて驚いた。

いつでも機嫌良さそうに上がっている口角は引かれているし、目尻が落ちがちな目元も鋭くなってしまっている。
一見すると怒っているかのようだが恐らくそうではなく、臨戦態勢のようなものなのだろう。
ぴりついて張り詰めきっていて、あの柔和な雰囲気を剥ぎ取ると本来はこういう顔の造りをしていたのかと思うほど。

「大変そうだねぇ、逸くん………」
「やー、もうねー……」

苦笑を交わし、幸は持っていた紙袋を軽く上げる。

「これ、差し入れですー」
「えっ、いいの!やったーーそろそろ休憩かなって思ってたんだよー」

逸の顔がぱっと明るくなり、その背後で他のスタッフも各々礼と歓声を上げた。

「甘いのとしょっぱいの持ってきたので、好きなの召し上がってくださいー」

ほとんど全員が紙袋のもとに集ったところで幸は逸の腕を引っ張った。

「ん?」
「逸くんのはこれね」
「……?」
「敬吾さんから。あいつはこれが好きって」
「────」

小さなビニール袋を開いて見つめ、後ろを向いて「トイレ行ってくるんで食べててください」と言い、また向き直るまで逸は表情を変えなかった。

逸が歩き始めるに合わせて幸も挨拶をして歩き出す。

「すごい心配してたよ。ちょっと甘えてあげなよ」
「………………うん」

そう言ったきり逸は黙った。

しばらくしてから立ち止まり、幸もニ歩ほど遅れて立ち止まる。

「……ありがとうさっちゃん、もー俺……もーすげー頑張れるー」
「あはは!いえいえー。ほんと無理しすぎないでよーー」

ノックアウトされたように項垂れて額を抑えていた逸がぱっと顔を上げると、幸のよく知る顔に戻っていた。

擽ったそうに笑う逸に手を振り、幸は帰っていく。

逸は、未完成の大きな吹き抜けを見上げながら座り込んだ。
ジーンズのポケットを探るが、携帯は置いてきてしまったらしい。
今すぐに、こんなにも声が聞きたいのに──。

圧迫されてしまった胸の内を緩ませるように呼吸を逃し、逸はまた天窓を振り仰ぐ。

よく晴れて、深くも明るい空を無機質なロープやビニールが縁取っていた。
対象的なモチーフではあるがその乖離が美しく、今のうちしか見られないものでもある。

ビニール袋の中からスモークチキンのサンドイッチとエクレアを取り出し、逸はまた顔を綻ばせた。
周囲を見回すと、同じように風景を見ながら小休憩を取る人もぽつぽつと出てきている。

逸は、そのまま一人で敬吾の特別扱いを噛みしめることにした。





甘いものと激励で英気を養った面々は、篠崎と逸を筆頭によく働いた。

作業の進捗具合にも僅かな進展があり、行き詰まってはやる気と苛立ちが空回りしていたような状況に風穴が空いたようだった。
そこからきれいな空気が流れ出すようにするすると仕事が回る。

とは言えやはり、遅れを取り戻すまでには至らず──

残業と打ち合わせで、逸はまた起きている敬吾には会えなかった。

シャワーを浴びてベッドに潜り込み、僅かに差す街頭の灯りで敬吾の寝顔を眺める。
髪に指を通すと、冷たく滑らかな感触が眠気を誘う。

(もうちょっと………… 見てたい)

──そう思ったことすら忘れ、逸はそのまま眠りに落ちた。







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