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祝福と憧憬 3
しおりを挟む──まあ、こうなるよな。
桜の結婚式を翌々日に控え、先駆けて明日帰省する敬吾の帰りを、逸は待ち侘び帰ってくるなり抱き締めた。
「飯なに」
「敬吾さんです」
「俺の!」
「俺です!」
「面白くねえ」
「…………ロールキャベツです」
「おお」
料理などできない敬吾にすら分かる、ずいぶん手の込んだメニューだ。
それを冗談ででも一時後回しにしようとするのだから恐ろしい。
敬吾に強く押し退けられ、残念そうに笑いながら逸は鍋を火に掛ける。
「明日ってバイト終わったら店からそのまま駅行くんですよね」
「うん」
「お弁当作りましょうか?」
「…………ん?」
水を飲みながら敬吾が首を傾げると、逸が苦笑した。
「弁当箱だと邪魔になるんで、ホットサンドでも作ろうかなって。移動中食べて下さい」
「うん………?」
何か、不自然な印象は受けるが──
実際有難くはあるので敬吾は頷くことにした。
「じゃ、頼むかな……」
「はーい」
逸の笑顔は含み無いように見える。
そもそも弁当に企みなど施しようもないので、敬吾もすぐにそれを忘れて夕食の支度を手伝った。
夕飯を食べ終えると、次はお前だとばかりに逸の手が敬吾に伸びる。
「お前って……」
「はい?」
「あれか、インキュバスとかそういう」
大真面目だが呆れた顔の敬吾に逸は苦笑を返した。
「まあ確かに敬吾さんは別腹ですけどね」
「なんだそれは」
「明後日の夜まで敬吾さんいないんですもん、食い溜めしないと」
「………………」
逸は冗談めかしたように言うが、敬吾は笑わなかった。
最近逸は、いつになく敬吾の側に居たがる。
それは以前に不安を抱えた時のような焦燥じみたものではなく、形容するのは難しいが、その形に落ち着いてしまったとでも言おうか──
終着点のような、一方で大前提のような、不思議な状態だった。
──敬吾も、それほど強く人のことは言えないが。
「ん……………っ」
逸の手がシャツをくぐり、直に腰を撫でられるだけで甘く震えが走る。
脱力するのにひどく緊張するような、辻褄の合わない浮遊感。
耳元を逸の舌が這い、敬吾が肩を縮める。
その手が背中に回り呼吸が漏れると、逸が嬉しげに頬を緩めた。
──沈む、と、これもまた敬吾は相反する感覚に陥っていた。
「敬吾さん…………」
その声と手が、優しく撹拌するように心を掻き乱していく。
碇でも下ろすように強く逸の首に腕を回すと、逸がそれを抱き上げベッドに下ろした。
「っ……………」
──いつの間に、こんな風になったのだろう。
この男の声に宥められて、唇を待ち侘びて、求めるようになってしまった。
そしてそれに、嫌悪感どころか違和感もない──
「敬吾さん……………」
掠れた声で愛しげに呼ばれ、笑いかけられて、敬吾は考えるのを辞めた。
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