こっち向いてください

もなか

文字の大きさ
上 下
106 / 345

彼の好み リベンジ 5

しおりを挟む




「何か頼みますか?」
「俺やっぱり米食いたい」
「ですよね」
「パエリアは……時間かかるか」
「あー、ですね」
「って言うか」

敬吾が腕時計に目を落とした。

「バスって大丈夫なのか、こんな遠いと思ってなかったから気にしてなかったけど」
「ああ──、」

逸が不穏に目を泳がせた。
口元の半端な笑みもどうにも決まりが悪い。
敬吾の目つきは一気に鋭くなる。
無論見ずともそれを分かっていて、それでも逸は微笑んだ。

「今──は、大丈夫、です」
「………………」

敬吾が目を伏せ、甘いワインを飲み込むことで先を促す。
グラスがごとりとテーブルに戻り、逸はやはり穏やかに口を開く。

「……ほんとは、バス無くなるまでここにいて、泊まっ……ていこうかと」
「………………」
「思ってたんですけど、もういいです。もう、充分すげー嬉しくて俺」

逸はやはり含みなく、いっそ照れたように見えるほど目を細めて笑っていた。

「でもまだ余裕あるからご飯物だけでも食べません?」

からりとまた楽しげにメニューに目を落とす逸を見ながら、敬吾はやはり嬉しいような、一方で怪訝な気持ちになる。
──こんなことで、一体何がそんなに嬉しいのだろうか、この男。

「……泊まるって、どこ泊まるつもりだったんだよ」

こんな辺鄙な場所で。

「あー、」

その逸の苦笑で敬吾も察しがついた。

そう言えば、木々に埋もれながらも妙に浮いている看板を見たような気がする。
山奥の道沿いなどこんなものだと意識にも登らなかった、妙に派手な異分子。

「……………ラブホっす」

いかにも粗忽者らしい笑みを浮かべる逸に、敬吾は小さくため息をついた。

「……入れないだろ」

男二人では、と言外に滲ませるとこれもまた済まなそうに逸が言う。

「……入れるとこですよ」
「下調べしてるよ………」
「…………………敬吾さん?」

呆れるでもなく怒るでもなく、ごく単純な疑問を解消させているだけの敬吾に逸は首を傾げた。
言ったら絶対に雷を落とされると思っていたから強硬手段に出ていたのだが、これでは──

今なら逃げ道があると言うのに、徐々に徐々に罠の方へと向かっているような。

「……敬吾…………さん?」

僅かな期待を、暴走しないよう手綱を引きながらそれでも滲ませてしまいつつ、戸惑いながら逸が呼ぶ。
敬吾はため息をついたが、妙に哲学的な、心底「わからない」とでも言いたげな吐息だった。

「お前さ、嬉しいの?それ」
「────」

訝しげな敬吾の流し目に、逸が目も口もぱくりと開く。

「うっ、うれしいですよ……………!!?」
「………………そうか」

敬吾がまたため息をつく。
今度は、「全くもう」とでも言うような。

「……じゃ、泊まってくか」

そう言って敬吾はパエリアを注文した。









「ありがとうございました、またお越し下さいね」

送り出してくれる女性に笑顔を返したのは敬吾だった。

本来社交性満載の逸は、いよいよ呆けて魂を手放してしまっている。

「おい、どっちだ」

分かれ道に出てそう尋ねる敬吾の声に、逸はぱちぱちと目を瞬かせた。

「──あ、右……ですけど……、……敬吾さん本気?」
「はー?なんだよ今更」
「だって…………」

一言たりとも怒鳴られないとは、欠片も思っていなかった。
不可思議が過ぎていっそ困ったような顔をしている逸を、こちらも困ったように敬吾が覗き上げる。

「だって味気ねえだろ飯だけじゃ……一応誕生日だろ」
「いやなんか無理聞かせてるみたいで」

これには本当に呆れてしまい、敬吾は盛大に溜め息をつき半眼で逸の犬顔を見た。

全く、全くもって今更である。
この男が自分に無理を聞かせることなど今に始まったことではないのだ。
むしろ、そうでなかったことがあったのかと敬吾は問い詰めてやりたくなる。

「……それ貸せ、上着」
「あ、はい」

生活圏外だとは言え誰かに見られて良いわけではない。
逸が慌てて寄越した上着を羽織ってフードも被ると、もしや逸もこのために少々季節外れの上着を着てきたのではないかと思えた。

大きなフードに顔を埋めて俯くと敬吾が小さく口を開く。

「──俺だって一応、喜ばしてやりてえとは思ってんの。思いつかねえけど。」
「────」
「行くぞもー……人来ねえうちにー」
「はい、………………」

あどけない声音をごまかすように、不機嫌そうに歩き出した敬吾を追い、逸はその手を取った。

フードの奥でびくついた敬吾がこちらを見た気がするが──それが睨んでいるのか照れているのか、フードのせいで分からない。

だから、ここはもう一つ甘えさせてもらおう。

指を絡める感触を、逸は五分足らずの間満喫することにした。












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

転生して勇者を倒すために育てられた俺が、いつの間にか勇者の恋人になっている話

ぶんぐ
BL
俺は、平凡なサラリーマンだったはずだ…しかしある日突然、自分が前世プレイしていたゲームの世界の悪役に転生していることに気が付いた! 勇者を裏切り倒される悪役のカイ…俺は、そんな最期は嫌だった。 俺はシナリオを変えるべく、勇者を助けることを決意するが──勇者のアランがなぜか俺に話しかけてくるんだが…… 溺愛美形勇者×ツンデレ裏切り者剣士(元平凡リーマン) ※現時点でR-18シーンの予定はありませんが、今後追加する可能性があります。 ※拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

こころ・ぽかぽか 〜お金以外の僕の価値〜

神娘
BL
親のギャンブル代を稼ぐため身体を売らされていた奏、 ある日、両親は奏を迎えにホテルに来る途中交通事故で他界。 親の友達だからと渋々参加した葬式で奏と斗真は出会う。 斗真から安心感を知るが裏切られることを恐れ前に進めない。 もどかしいけど支えたい。 そんな恋愛ストーリー。 登場人物 福田 奏(ふくだ かなで) 11歳 両親がギャンブルにハマり金を稼ぐため毎日身体を売って生活していた。 虐待を受けていた。 対人恐怖症 身長:132cm 髪は肩にかかるくらいの長さ、色白、目が大きくて女の子に間違えるくらい可愛い顔立ち。髪と目が少し茶色。 向井 斗真(むかい とうま)26歳 職業はプログラマー 一人暮らし 高2の時、2歳の奏とは会ったことがあったがそれ以降会っていなかった。 身長:178cm 細身、髪は短めでダークブラウン。 小林 透(こばやし とおる)26歳 精神科医 斗真とは高校の時からの友達 身長:175cm 向井 直人(むかい なおと) 斗真の父 向井 美香(むかい みか) 斗真の母 向井 杏美(むかい あみ)17歳 斗真の妹 登場人物はまだ増える予定です。 その都度紹介していきます。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!

ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて 素の性格がリスナー全員にバレてしまう しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて… ■ □ ■ 歌い手配信者(中身は腹黒) × 晒し系配信者(中身は不憫系男子) 保険でR15付けてます

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

エル
BL
(2024.6.19 完結) 両親と離れ一人孤独だった慶太。 容姿もよく社交的で常に人気者だった玲人。 高校で出会った彼等は惹かれあう。 「君と出会えて良かった。」「…そんなわけねぇだろ。」 甘くて苦い、辛く苦しくそれでも幸せだと。 そんな恋物語。 浮気×健気。2人にとっての『ハッピーエンド』を目指してます。 *1ページ当たりの文字数少なめですが毎日更新を心がけています。

処理中です...