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悪魔の証明 13

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「…………ん」

敬吾が目を開く。

逸が出かけていってからしばらくうとうとと微睡んでいたが、日も高くなってきて自然と意識が戻った。
枕元の携帯で時間を確かめようとするが、充電が切れているらしかった。

(そんなギリギリだったっけか……)

コンセントに挿しっぱなしになっている充電器を手繰り寄せて端末に繋ぎ電源を入れると、一時間ほど前に篠崎から着信が入っていた。
その前には、後藤から数件。

ーー後藤のことは、とりあえず後回しにしよう。

篠崎に発信すると、数コールで繋がった。

「あ、おはようございます。すみません俺携帯の充電切れちゃってて……」
『いやいや、こっちこそ休みにごめんねー、敬吾くん、この間の展示会の時ホビーブースの写真撮ってたかなと思って。俺の写真、見たい商品がよく見えなくてさー』
「あー、どうだったかな……探してみるんで一回切りますね」
『ごめんね、よろしくーー』

一度通話を切り画像ファイルを呼び出す。
と、覚えのない真っ黒な画像が一枚あった。

「……?なんだこれ」

開いてみると、微かな雑音。動画のようだ。
動画など滅多に撮らないし、撮っていたとしても画面がいつまでも真っ暗というのはどういうことだろうーーー

微かな雑音を良く聞こうと敬吾は音量を上げた。

『ーー良い子ですね、敬吾さん』
「っ!?」

ぞくりと背中に震えが走る。

興奮しきった逸の声に、濡れた音。

携帯を取り落としそうなほどにびくついてしまう。
頭の中は一気に混沌と化したが優秀な反射神経が即座に動画を停止させた。

「なっ、」

まだ動悸がしている。

「なんだよ…………!!!」

誰にともなくそう言って、指差し確認でもし兼ねない慎重さで敬吾は動画を消去した。
そうして昨夜のこの携帯の処遇について考える。

ーーあの野郎、カメラを停止させないまま放り投げやがったのか。

静電気なのか誤作動なのか分からないが録画が始まってしまい、この愚直で誠実な小さい機械は延々暗闇を我が身に記録し続けていたようだ。
少々悲しい。

「心臓いてえ………」

不穏な揺れ方をしている胸を撫でつつ、敬吾はとにかく頼まれた画像を探して送信した。
必要十分かどうかは分からないがこの際どうだっていい。

狼狽は収まってきたがまだ動揺はしている。
ーーあの声。

こちらも熱に浮かされている時にしか聞いたことがなかったが、改めて聞くと何と言う声をしているのかーー。

悔しくなるほど顔が熱くなってしまって携帯の表示を落とし、敬吾は逃げるように布団に潜り込んだ。







「……敬吾さーん?」
「んー」
(あ、いた)

返ってきた返事に笑みをこぼしつつリビングに入ると、敬吾はベッドに横になっていた。

「えっ………!!!」
「いやいや、昼寝してただけだから。」

もそもそと起き上がる敬吾を見ながら逸はほっと息をつく。
いくらなんでも昨夜は羽目を外し過ぎたかと本当に心配してしまった。

「お前のベッド寝心地いいよなあ、良いやつ?」
「いえ?ふつーの安物を底値で買いましたけども」
「ふーん、そっか……」

のんびりとあくびをする敬吾の横に腰掛けつつ、逸はその頭を撫でて顔を寄せる。
敬吾が猫のように目を細めた。

「……あの人来てましたよ。後藤さん」

至近距離で眺めていた敬吾の睫毛がひくりと揺れ、逸はいかにも意地悪げに微笑んだ。

「謝りに来たんですって。」
「……………。へえー……」

そらっとぼけたような声を返す敬吾に笑ってしまい、逸がその頭を抱く。

「怒らないんですか?」
「は、俺が?なんで?」
「だってバレちゃいましたよ、俺ただの後輩じゃないの」
「え?ああ……だって俺昨日言ったぞそれ」
「えっ?」

逸ががばりと敬吾から離れる。
敬吾はさもなさそうな顔をしていた。

「……………。……………言ったの?」
「言ったの」
「………………」

敬吾はやはり雀でも眺めるような呑気な顔をしているが、逸は呆然としてぐるぐる考えていた。

嬉しい。
しかし、後藤は後輩だと聞いていると言っていた。
それに、自分がいると知っていてーー、

「つーか」
「!」

逸がはたとまばたきする。
どこぞへ飛んでいっていた目の焦点も帰ってきた。
それを敬吾に合わせると、なにやら勘ぐっているような顔をしていた。

「?」
「……お前、後藤に喧嘩売ったりしてないだろうな」
「喧嘩……?」

逸が今朝のことを思い返しているうち、敬吾はそれを看守のように睨め付ける。

「………売ったような、売ってないような?」
「っあーー……、やめろよもうー!」
「えっなんすか?」

敬吾が舞台役者のように倒れ込んだ。
そしてまたきっと逸の方を振り返る。

「今度どっかで顔合わせても絶対刺激すんなよ!入院とかほんとめんどくせぇからな!!」
「なんですかその当然俺が畳まれるみたいな」
「畳まれっから。もーべっこべこにされっから!!」
「いや、つーかね!挑発してきたのあっちっすよけーごけーご言いやがってーー」
「別にそれ昔からそう呼んで……」
「敬吾さん!」
「え、」

癇癪を起こした子供のようだった逸の顔が、さらに気難しげに顰められた。
ぱちぱちと瞬いている敬吾の顔をむぎゅっとばかりに持ち上げ視線を合わせると、逸は努めて子供のような声を用意した。

「あっちの味方しないで。」
「ーーーーーー」

しばし変わらず瞬きを繰り返した後、あまりに真剣な逸の顔が滑稽で敬吾が破顔する。

「子供かよ!味方ってお前……………!」
「やなんですー。」
「はいはい分かった分かった……う、」

あさっての方向に背けられて爆笑していた敬吾の顔を、まだ不満げな顔のまま逸が向き直させて唇を塞ぐ。
これもまた子供が食べ遊びでもするように唇を食んで、逸はむっつりと顔を離した。

敬吾の顔が少々赤らんでいたので内心機嫌は直ったが、気取られないよう忍ばせておく。

「……それはともかく。本当に暴力沙汰とかやめろよ」
「……………ぼこぼこにされるから?」
「そもそも構図が気持ち悪すぎる」

言葉にすれば、自分を巡って男二人が争っている、ということになってしまう。

鳥肌ものだ。勘弁願いたい。

「…………………もしまた敬吾さんにちょっかい出すようなことがあれば」
「……………」
「……保証はできません」
「ーーーーーー」

子供のふりをやめトーンの落とされた逸の声に、敬吾は苦しげに眉根を寄せた。
全く毛色は違うのに朝に聞いてしまったあの声を思い出してしまう。

空気を含んだ花束でも扱うように緩やかに、逸が敬吾を抱き寄せる。

「ーー何もないってば。いい年こいてケンカなんかすんな」

どうにかそう絞り出して敬吾が逸の頭を撫でた。

ーーやはり自分は、こうして窘められるのに弱い、と逸は考えていた。

どう足掻いても勝てそうにない、頭の上がらない、君主のような恩人のようなーー

少しだけ情けない気持ちにはなるのだが、そんなもの、抱くこと自体が無駄だ。
そういう気取らない厳粛さもまた、好きで仕方がないのだから。

「………………努力します」
「ったく」

しかし口に出たのは少々捻くれた言葉で、敬吾もまた呆れたように軽く頭を叩いただけだった。

どちらからともなく笑ってしまって、しばらくはただそうしていた。

「ーーーーーさてと」
「?」

敬吾が力強く逸の胸を押した。

その表情が妙に凛々しく冷めているので、甘い空気はここまでかと逸はがっかりしてしまう。

「後藤と話つけるか。」
「えっ!!!?」
「ちょっと電話してくるわ」

携帯を片手に立ち上がる敬吾の腕を、逸は慌てふためいて掴まえた。

「えっ、えーーーっ、話しするんですか…!?」
「するよ。お前、今日になったら解除してもいいっつったろ」
「言いましたけど、……言いましたけどー……。」

まさか自分から接触を持とうとするとは思っていなかったのだ。

敬吾の腕を放せないまま葛藤している逸の顔を、敬吾は僅かに厳しい表情で見下ろす。

「お前はさすがに気ぃ済んだだろ。俺はなんか半端で嫌なんだよ、逃げ回ってるみてえで」
「逃げ…………てきたんですか?昨日」
「いやもうそりゃ俺だってパニックだから。頭突きして帰ってきてそのままだよそんなもん」
「ずつき……………」

ケンカを吹っかけているのは自分の方ではなかろうか?
ぽかんと敬吾を見上げたまま逸はやや腑に落ちない気持ちでいた。
それには気づかず敬吾は続ける。

「そのまんまで放っといたら、俺も後藤も弁解の余地がないだろ。変な誤解すんのもされんのもやなんだよ」
「………………」

逸はそれまでの間抜けづらをこの上なく切なそうに、どこか悔しそうに歪めて俯けた。

敬吾の言っていることはとにかく正当で公正だ。
敬吾と後藤の間には悪意や争いといった類のものは存在せず、あるのは意見の相違であると思わせる。
そういう考え方をする敬吾が好きだし、尊敬もするのだが。

ーーやはり後藤相手には、そうであって欲しくなかった。

とにかく嫌いだ、不愉快だと思っていて欲しいと思うのはーー、

(ガキなんだろうか………………)

ゆるゆると落ちていってしまう逸の手を、今度は敬吾が掴む。

「……岩井」
「!」





    
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