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悪魔の証明 6
しおりを挟む二軒目に流れるという雰囲気でも当然なく二人揃ってだらだらと歩いていると、元から少ない喧騒も遠くなりふと街頭も途切れる。
この暗さなら動揺も隠しきれるかもしれないーーと敬吾は後藤を見上げた。
やはり顔は良く見えない。
「後藤、さっきのーー」
「うん」
「……………冗談だよな」
自分がここまで腰抜けだとは思わなかった。
思わず口をついた言葉で、敬吾は自らに落胆する。
とは言え敬吾の立たされた状況は複雑すぎた。
逸の存在がある以上全くその気がないという素振りも出来ず、その逸が刺した釘のせいで後藤の発言にも過剰に動揺してしまう。
逃げ道を探したい一方、もう全て喋ってしまったほうが簡潔で面倒がないような気もする。
「本気だって」
「ーーーー!」
「そんな驚くか?」
「驚くだろ……」
敬吾が項垂れると後藤は昨日のことでも思い出しているように気軽に斜め上を見た。
「まあそりゃそうか。もうかれこれ10年隠してたもんな」
「10年っ!?」
「え、うん。そんな驚くか?」
「だから驚くだろ!なんなんだお前…………」
敬吾が今度は膝に手をつくと、後藤は反対にからからと笑う。
「俺の初恋だもん」
「ーーーーーー」
まさかこの男の口からそんな清らかな言葉が出るとは思っておらず、煙草に火を点ける後藤を敬吾はぽかんと見上げた。
照れくさいなどという感傷にも浸れない。
「ーーーは、初恋っておま……そんなキャラじゃねえだろ……遊びまくってたじゃん」
「遊んでたけど、向こうだって遊びだよ。そんなもん」
煙草を唇から離しもせず、更に事も無げに言う後藤を敬吾は半ば呆れた半眼で見遣った。
「それでまあよくそんな甘酸っぱいことを」
「そりゃお前には半端に手ぇ付けらんねえと思ってたから。代わりだよ代わり」
「ーーーーーー」
敬吾が言葉を失うと、歪み始めた灰を危うそうに見つめて後藤がポケットから携帯灰皿を取り出す。
その中に灰を落としながら、煙たそうに目を細めた。
「……本当は言うつもり無かったんだよ。お前が男いけるとは思わねーし、いけたとしてもなんつーか………」
「……………」
「引け目あるからな。俺みたいなのが手出しちゃダメだろって思ってた」
敬吾の息が詰まる。
そんなことまで考えていたとは露ほども思っていなかった。
ーーあの頃の後藤は確かに荒れていて、文字通り手の付けられない状態だった。
本人が感謝を述べる敬吾ですら話が出来ていたかと言われればそれは否であったのに、その中で、そんな風に考えていたとは。
「……や、そんな……大層なもんじゃないぞ…………」
妙に過大評価されているような落ち着かない気持ちになって敬吾が言うと、後藤がまた弾けるように笑う。
「大層なもんなんだって!俺にとっては」
「……あー、そう……?」
「そう。まあでも久しぶりに顔見たら我慢できなくなった………俺もあの頃ほど馬鹿ではなくなったし」
「ーーーーー」
ーーもう、駄目だ。
後藤の真摯な想いも逸のことも、ごまかせばごまかすだけ辛くなる。
それに、そんな扱いをしていいものではない。
言ってしまってきちんと断ろうーーと、思って敬吾が顔を上げる。
そこへ、後藤の影が降ってきた。
耳の後ろに指が分け入る感触。
顔を持ち上げられる。
煙草の匂い。
「ん、ーーーー?」
何が起きたのかすぐには分からなかったが、どう考えても唇に何か触れている。
温かい。柔らかい。
後藤のくせ毛がくしゃりと落ちてきて目尻に触れ、反射的に目の前の影に腕を突き立てて思い切り押しやるが、びくりとも動かなかった。
自分の方が後退してよろめき、敬吾は思わず口を覆う。
「っーーーーー」
「……ごめん」
後藤が宙に浮いた左手を緩く拳にする。
敬吾の髪の感触が残っているようだった。
敬吾はそのまま数歩後ずさる。
かなり努力して立っているらしい。
「……悪い。我慢できなかった」
後藤が静かな声でそう言うが、我慢はかなり、したつもりだった。
忘れたつもりだった熱が、空気に触れた熾火のように鮮やかに燃える。
力尽くにでも抱き留めてしまいたかった。
「…………俺」
敬吾の掠れた声に、後藤が顔を上げる。
敬吾はその先何を言って良いのか分かっていなかった。
「……さっきの話そうなんだよほんとは、あいつと付き合ってる」
「ーーーーーー」
俯いてしまった敬吾の表情は読み取れない。
後藤は無表情にそれを見ていた。
「……ごまかしてて悪かった」
動揺はかなりしているようだが、それを押し殺して敬吾は淡々と言う。
怒りに任せて自分を責めるならばまだーーと後藤は思ったが、そこはやはり、後藤の知る敬吾だった。
感情に流されることなく、理路整然としていて、冷たいほどに静かだ。
それは確かに後藤が焦がれた姿で、手に入れたいと焼き付くほどに思うのだがーー
ーーその奥にあるはずの生身の顔を、恐らく彼の前では見せている。
その、ふと思い立っただけなのに電流を伴ったような衝撃が、何もかも飲み込んでしまった。
足元が揺れているようにすら感じる。
「……………そうか」
「うん、……ごめん」
未だ敬吾の感触が残るその辺りに、後藤は煙草を咥えた。
僅かに引き攣る感触がどうにか目を覚ましてくれるようだった。
「ーーお前ほんとにあの子のこと好きか?」
「え?」
煙草の火種が、尾を引いて落ちて跳ねる。
それを目で追う一瞬に、思い切り腕を引かれた。
ぶつかった後藤の胸元から強く煙草の匂いが煙る。
「ーーーーっおい」
「俺にしろよ」
「ーーーーーーーー」
遠慮も手加減も知らないような腕が、強く巻き付いて離れなかった。
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