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「ーーーーんっ、ぁ……、っあ……」

泣いているような敬吾の声が小さく響く。
規則正しく揺すぶられ続けて、声を堪えようと試みる暇もない。
また、試みたところで無駄なようにも思えた。
決して激しく打ち付けられてはいないのに、熱くて濃厚な快感がどこまでも溢れ出て、為す術もなくその快感に揺らされることしかできない。

それは逸も同様だった。
敬吾の声と表情、感触にすっかり陶酔してしまっている。

この空気、快感にいつまでも浸っていたいような、そう望むと望まないとに関わらずそうするしかできないようなーー曖昧な、しかし強烈な動機でただゆるゆると摩擦だけを繰り返した。
いつもならば丹念に施す愛撫もできない。
余裕がない。
この行為だけで回線が手一杯だ。

それほどに快感は大きいし、目も耳も敬吾を感じ取ることに神経の全てを注いでいた。
他にはせいぜい、思い出したように唇を貪ることしかできなかった。
それがまた、頭のどこか冷静な部分を酩酊させては二人して現が分からなくなる。

「ん…………、っ逸、」
「はい……?」

その現実味のないとろりとした空間に、敬吾がいくらか緊迫した声を零す。
吸い付くような絡みつくような感触だったそこが急にきつく締め付け始めて、逸が耽美に笑った。

「いきそう……?」
「ーーん、あ………、」

素直に頷く敬吾はきつく目を瞑り枕に横顔を預けている。
迫ってくる快感に翻弄されて苦しげに暴れる呼吸をなんとか御し切ろうと苦戦しているようだった。
逸としては、それをぶち壊してやりたくなる。
突如激しくなる律動に敬吾は逸を振り仰いだ。

「や………!っちょ、逸っ、あっーー」
「可愛い……、も、たまんね……」
「んーー…!逸っ、だめだってっ、っあ、」

敬吾が上体を捻って枕を掻き抱き顔を押し付ける。
ああ、顔が見えない……と逸が残念に思ったところで、引き絞るように締め付けられる。
敬吾がきつく堪えた声を零した。
敬吾が果てても逸はまだ激しく穿ち続ける。掠れきった声で抗議されるが、聞きもしない。

頭のどこかで聞いてはいるがーー快楽に溺れきった体が勝手に動いてしまう。
藻掻く敬吾の脚を抱え込んで動きを封じてしまうと、思う存分突き上げて欲望を吐き出した。

我が身の中で逸が痙攣する感触に、敬吾が目を細めて泣き出しそうに眉根を寄せる。
逸は余韻に浸るようにゆるゆると腰を揺らしていた。
半端に理性が戻ってきて、その妙に冷静な動きが余計に生々しい。

耐え難くむず痒い気持ちで敬吾がぼんやりと逸のつむじと鼻先を見下ろしていると、間の悪いことに逸がその視線に気づいた。
敬吾を振り仰いで視線が合うと、陶酔しきっていた表情をとろりと笑わせる。

「…………!」
「敬吾さん…………」

幸せそうに笑ったまま逸が敬吾の上をずり上がった。
よいしょ、などと言いながら唇を合わせる。

「ん………、」
「きもちよかったー……、ですねえ」
「ん、んぅ……」

まさか同意を求められるとは思ってもおらず、敬吾が言葉に詰まる。
逸はそれを気にする様子もなくぽふりと枕に頭を落とした。

「うー……幸せ……」
「…………ん、」

長閑に目を細めて敬吾の髪を撫でながら、逸はのんびりとその顔を眺めていた。

長いこと、本当に長いことこんな顔が見たかった。
快楽にのぼせていて、それが少し悔しそうで。
けれどあどけなくて眠そうで、瞳が潤んでいてーー

(あれ……)

重たくなってきていた瞼を軽やかに瞬かせて、逸は改めて敬吾の顔を見直した。
敬吾は物も言わずとろりと逸の喉あたりを眺めている。

ーー珍しいことに、あまり眠たげに見えない。

「ーー敬吾さん、」
「……お前、眠くなってる?」
「え………、」

ぽそりとそう問いかけられ、逸は頭を持ち上げた。
敬吾が上気した顔をほんの僅かに上げて真っ直ぐに逸を見る。その目が、熱っぽく潤んでいてーーーー

「敬吾さんーーーー」
「………………」
「ーーーーもしかしてもう一回したい?」
「ーーーーーー」

しばしの間を置いて、敬吾が小さく頷いた。

「よっしゃ………」
「えっ、いいよ眠いんなら」

嬉しげに、しかし重たげに体を起こした逸を敬吾は慌てて止めた。
が、逸はとっくにその気である。
少々眠いが、敬吾が求めてくれるのなら。

「何言ってんですか……せっかく敬吾さんがしたいって言ってくれてるのに」
「んぅ……」

何か言いかけた敬吾の唇を塞ぐと、半端になった体勢を支えきれずにぐっと敬吾に体重が掛かる。
少し呻いて逸の顔を押しやると、困ったように敬吾が口を開いた。

「やっぱいーよ、本気で眠いだろお前」
「んー、や、でもムラムラはしてますよ。してますよっつーか、しましたよっつーか」

ただ体が重いのだ。

「うんもう口調が眠ぃもん。寝ろって」
「えー、ああ、じゃあ……敬吾さん乗ってくれたらいいんですよ」
「………………え」
「騎乗位」
「お前それ好きだな……」

てへ、と逸が笑う。

「なんだかんだでしたことないですし」
「いや……」
「恥ずかしかったら真っ暗でもいいですよ」

ある程度満足してしまっている逸は寛容だ。
その提案に敬吾はぐっと息を飲む。

「……ちょっとカーテン閉めてみましょうか」

敬吾の頭をぽんぽんと撫で気怠げにベッドを降りると、逸がカーテンを引く。
街頭の灯りが遮断されただけで一気に視界は悪くなった。
鳥目の気のある逸がよろよろとベッドまで戻ってきて、それがまた敬吾の秤を狂わせる。この男、本当にあまり見えていない。

「お前ほんとに鳥目なんだな」
「そうなんですよ、敬吾さんは少しは見えてます?」
「今は無理だけど、すぐ慣れる」
「あー、その慣れるってのもいまいち……」
「へえ、大変だな……う、」

敬吾の髪を撫でようとした逸の手が、目のすぐ下をかすめた。

「わっ、ごめんなさい」
「くすぐってえ……」

敬吾の全貌を掴むべく逸の両手が顔中を撫でる。
そのまま首を包み、肩、胸、腰へと下りていく。

「…………っ、」
「なんか……見えないのに触ってるって変な感じ……」

詩でも詠むように、しっとりと落ち着いた口調で逸が呟いた。
何か、偶像にでも触れているような少々背徳じみた気持ちになる。
また手探りに敬吾の肌を辿り、手を取って自分の方へ誘うと更にその気持ちは強くなった。
が、それはもうよく乾いた木っ端のように欲望の火種になってしまう。
自らのそれを敬吾と自分の手とに包まれると、塵芥と消えてしまった。

「………はは、すぐ勃つなー……」
「……。ゼラチンだったのにな」
「定着させないで下さいよ……つーか俺そんな意味で言ったんじゃなっ!!!」
「ぶふっ」

不意打ちに鈴口を擦られて逸が猫のように背を反らし、やや目が慣れてきた敬吾は大層楽しげにその影を眺めた。
敬吾が一頻り笑い終えた後も、逸は文字通りの闇討ちに半ば怯えてしまっている。

「ちょ……ちょっと怖いっすねこれ…………」

照れくさそうな口調が、妙に幼くあどけなくて敬吾は胸の底が疼くのを感じた。

急に唇が合わせられ、逸が小さく呻く。
視界は闇なので分からないがーーどうやら敬吾が笑ったような気配がした。

「………敬吾さん?」
「…………怖いの?」
「や、あの……」

敬吾の声が、知らない色を帯びている。
諭しているような、穏やかで清廉な声音だがーー

ーー逸の耳にはただただ淫らに聞こえた。

「ーーーーんん?」
「……………ドキドキ、します」
「そう」

また敬吾が笑う気配がする。
平温に戻り始めている敬吾の手が逸の肩を押した。
促されるまま、波にでも揺られているような気持ちで逸は枕に背をつける。
しっとりと胸に腹に触れるのは、敬吾の肌かーー
驕った生地の寝具に埋もれるような、贅沢な気分になる。
上質な織物になら誰もがそうするように、逸は自分に被さるそれを丹念に撫でた。

「ーーん、はは……」

逸よりは目が慣れたとはいえ敬吾も黒の濃淡程度しか認識できない。
唇を捉えそこねて敬吾がおかしそうに笑うと、逸がそれを追って啄んだ。
そうしながらも敬吾の体を強く抱き寄せ、見えない分を補うように肌を貼り合わせる。

「っん…………」

逸のそれが敬吾の脚の間を潜り、ひたりと谷間に収まる。
逸が手を添えて強く押し付けると、敬吾が切なげに体を撓らせた。
ぞくぞくと走る予感のような微かな快感に、逸の上を這うように更に体を捩る。

「や、ぁ……」
「敬吾さん………」

少しずつ零れ始める声の色合いに、逸は急かさずそのまま落ち着いた愛撫だけを繰り返した。
それに呼応する反応がまだ、焦れているものではなく浸り切っているように思えたから。
本心から余裕を持って敬吾に囁く。

「敬吾さん、我慢できなくなったら入れてくださいね……」
「んっ、」

その声にすら敬吾の肩が揺れる。
ふっと熱くなった吐息が喉元に触れ、逸の口の端がぐっと上がった。

「エッチな耳ですねえ」
「馬鹿っ……」

敬吾が逸の肩に顔を埋める。
敬吾の顔のどの部分なのかは分からないがあちこち口づけながら強く腰を抱くと、未だ挟み込まれたままのそれに擦り寄せられた。
淫靡な湿った音がする。

相も変わらず髪に耳にと口づけながら体中を撫で、擦り合ってしばし。

敬吾が、逸の肩に手を突いてぐっと体を起こす。

「…………ぅ、っ…………ん!」

文字通りの手元不如意で、一度失敗した。
僅かに喰い込ませたそこを弾くようになってしまい、甘く研がれたような声が溢れる。

(……そういうのも好きなのか)

耳寄りな話を聞いたとばかりに逸がにやけ、敬吾の腰を掴んだ。

「敬吾さん、一回立膝して?」
「ん………」
「そう、上手……」
「んー……!」

滑らかに飲み込まれるにつれ、敬吾の声がきりきりと細くなっていく。
ついにそれが絶えた時、腰が降下をやめる。

「……………敬吾さん?」

窘めるような逸の声に敬吾が首を振った。

「……っ無理…………、」
「ゆっくり……、体重かけて大丈夫ですよ。手ついて」
「ど、どこに」
「腹でも胸でも」
「それは怖い………っ折れるだろ骨、」
「折れませんって!」

おかしそうに笑う逸に手を取られ、ひたりと腹の上に当ててみる。
気を使いながらも重心を乗せてみるがびくりともしない。それを徐々に真上に移動しても力強く押し返してくるばかりでーーー

敬吾は一時、焦燥も不安も忘れて目を剥いた。

「……え?マジで?」
「ん?」
「大丈夫なのかコレ」
「大丈夫ですよ?え、これ体重かかりきってます?」
「や、まだだけど……」

恐る恐る肩の上に完全に体重を預け切るが、きょとんとしたような逸の声音は変わらなかった。

「あははっ、全然軽いですから。勢い付けても大丈夫ですよー」
「っ……………」

安心したような、なんとなし情けない気分になりながら敬吾がかくりと肩を落とすと、逸がまた敬吾の骨盤を掴む。

「……敬吾さん、そろそろ全部入れてほしいな」
「……ぅ、んん……」

押し込めたりはしないが逃げることは絶対に許してくれない様子の逸の手に、敬吾が目元を細く顰ませる。
出来る限りの微々たる速度で腰を下ろしていくが、やはりいつもよりも圧迫感がひどい。

「ーーま、まだ……」
「……ほとんど入ってますけど、もうちょっと。敬吾さんここ力入っちゃってるからーー」
「んっ、あ……っ」
「ちゃんとぺたんって座って?」

内腿を撫でられ、敬吾が背中を反らせる。

「や、も……無理、」
「もう少し……」
「んっ、なんで、いつもよりでかい……ッんん!」
「っごめんなさい、今のは敬吾さんがっ……」

圧縮空気のような呼吸を吐き出して、逸がなんとかそれを落ち着かせながら敬吾の尻を撫でた。
そこも力が入りきっていて張り詰めている。

「ぃ、今はちょっとあれですけど、同じでしたよ!つーか、いつもよりって……!もう!」
「やっ……!ぁ、ダメだって……!」
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