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まるくあたたかく7
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「……くっふ…」
「敬吾さん?」
「……いやお前……あれは強引だったぞ………」
「え?……あーー……………」
小さく震えながら笑っている敬吾を、赤面しつつ逸は見ていた。
敬吾の言うあれは、今逸が照れくさい気持ちで思い出しているあれときっと一緒だろう。
「今思えば俺も……律儀に礼なんかしてねーで飯でもなんでも作らせときゃ良かったのになあ」
「ほんとですよ。真面目というか頑固というか」
逸もまた笑ってしまいながら、くったりと枕に頭を預けて微笑んでいる敬吾を見つめる。
あの時もこうして、眠っている敬吾を飽かず見つめていたものだった。
それは今でも変わっていない。
「……あの時、敬吾さん少しはドキドキしました?」
「ハラハラはした」
「あははっ!」
確かにあの時、考えないではなかった。
敬吾はこの上なく弱っているし、至近距離だ。
後先のことを考えなければどうとでもできる、とーー
ーー笑いながらも瞼を閉じた敬吾を見て、そうしなくて本当に良かったと思う。
「……あそこで変なことしてたらもうそりゃもう」
「俺多分あれでぶん殴ってたぞ」
今の状況はなかったのだと思いながら言ったのだったが、敬吾の指差したガラスの置物を見て逸は嫌な汗をかいた。
誰かからもらったとか言っていたか。
「……死にますね」
敬吾はまた笑った。
眠れそうかと問いかけると、その笑顔が曇る。
「いやー……?」
「先に飯にします?」
「んー、できれば寝たい……」
敬吾の眉間の皺を、解けないものかと眺めながら頭を撫でて、逸は何かしら考えているような顔をした。
そうしてためらいがちに口を開く。
「敬吾さん、怒んないでくださいね」
「んー……?」
「セックスしましょうか」
「あぁ?」
「死にますって!!」
ゴトリと重たい音とともに、逸が諸手を上げた。
「いやあの変な意味じゃなくてですね、ほんとに!俺個人としてはなんですけど、すると結構よく眠れたりするんで!」
「……………」
「激しくはしないです、逆に疲れ過ぎちゃうんで!そうじゃなくてですねーこうゆっくり、してー……ストンって」
逸が恐る恐る敬吾からガラスの置物を取り上げる。
そっと手の届かないあたりに追いやった。
敬吾の表情は未だ訝しげだが、いくらか揺らいでいるように見える。
逸がそっと前髪を梳くと、驚いたように瞬きをして仄かに赤面した。
逸が微笑む。
「……優しくします。……マッサージみたいに」
「…………………」
髪を撫でていた逸の手が首すじに降り、頬と瞼、唇を撫でられる。
ーー温かくて気持ちが良い。
「敬吾さん、眠れそうだったら途中で寝ちゃって大丈夫ですよ」
「ーーーーーーー」
逸に触れられている顔が心地よくて力が抜ける。
きっとこれを、体中に施されるということなのだーー
「……………寝ていいんだな」
わざと不機嫌そうに抑えられた敬吾の声に逸が微笑む。
「……いいですよ。そのためにするんですもん」
「…………………」
頬から喉元を撫でている手に、敬吾が擦り寄った。
と、思ったのだがそれはーー
ーーどうやら頷いたようだった。
とろとろと、そこかしこに逸の手の平が這う。
温かくて柔らかいのにちくちくと電流が流れるようで、敬吾は混乱していた。
さっきまで現から離れることを許さなかった淀んだ疲労感が、今度は突き放すような更に強く繋ぎ止めるようなーー妙な感覚だ。
「ん、……っん……………」
「敬吾さん、ーー息はちゃんとしてくださいね?」
敬吾が苦しげに頷く。
更に触れると深く呼吸を吐き出すさまが従順で可愛らしい。
が、力が抜けているかといえばそうではないように見える。
少々踏み込んでみるべく、逸は敬吾の内腿に手を滑らせた。
驚いたように敬吾が小さく声を上げ、慌ててそれを飲み込む。
それがまた腹の底を擽るようで逸は笑った。
それに気付く余裕もなく、溺れてでもいるように敬吾が首を振った。
「あ、……っや なんっ、やさしくするってゆった、」
「ぁーー……敬吾さんそれちょっと可愛すぎるな……」
敬吾の内腿に力が入って微かに震える。
逸の手も挟み込まれた。
「ーー大丈夫ですよ、敬吾さん力抜いて」
「っ……………」
逸が敬吾の耳元に顔を寄せる。
髪を撫でられ優しい声音で言われると、僅かに体から力が抜けた。
敬吾が目を閉じて逸の肩に顔を埋める。
逸の頬がどうしようもなく緩んだ。
「……良い子」
「っ、ん……、んー……」
「息して……」
敬吾がそれに従っている間に内腿から鼠径部、脇腹へと撫で上げると敬吾が切なげに体を撓らせる。
その背けられた首すじを唇で食んだ。
僅かに力の抜けた脚をやや強引に開かせ、逸が我が身を捩じ込む。
「指だけ入れますよ、力抜いて」
「え……っ、ん……!」
ゆっくりと根本まで飲み込ませた中指でゆるやかに掻き乱すと、敬吾がびくりと体を固める。
枕に深く押し付けられてしまった顔を掬い上げるように頬の下に逸の手が差し入れられると、苦しげに目を瞑ったまま、口を圧迫した親指の付け根を敬吾が唇で食んだ。
「…………!」
「ん………、」
「ーーーーーっ敬吾さん、息……して、くださいね」
「ん……」
やはり素直に深くなった呼吸が逸の手の平に熱い。徐々に体温も上がっているようだった。
渦巻く疲労感が、ゆるやかな快感と安心感、高揚を巻き込んで混沌と化していく。
敬吾はもうほとんど正気を手放していたが、何か口にしていると安心するのか、瞼はゆるく落としたまま今度は逸の親指の先を浅く噛んでいる。
逸は、暴走しないよう自分を御するだけで精一杯だった。
「勘弁してくださいよ、もー……」
聞こえていないのは承知で呟き、逸は更に奥へと指先を捩じ込んだ。
敬吾が引き付けのように背中を反らせる。
徐々に加速する呼吸の中に切なく喘ぎが交じり始めて、逸はなぜかそれを視覚的に捉えていた。
曇った夜の雲間に星屑がちらつくようだ。
そのまま何かに追いかけられてでもいるかのように規則正しく乱れる敬吾が、やや辛そうに感じられてきた。
「ーー敬吾さん、触って欲しいところありますか?」
逸が掠れた声で囁くと、敬吾の瞳が薄く開く。
しばし、快感に追い立てられながら考えているようだった。
逸は急かすことなくそれを待つ。
敬吾の唇が、小さく開いた。
「……、ちゅう……」
逸が笑う。
すぐに唇を重ね、溶けてしまうかもと思うほどに、長いことそうしていた。
自分の境界が分からなくなる。
敬吾がゆっくりとそれを切り上げた時も、どこでつながりが解けたのか分からないほどだった。
僅かに離れた敬吾の顔は、またすぐ逸の首元に埋められる。
その首を強く抱き込まれ、逸がまた笑う。
「ん………っ!」
腕の中で敬吾がきつく張り詰めた。
より強く首が掻き抱かれ、逸も敬吾を抱き寄せる。
何か枷から解放されるようにぬるい粘液を吐き出すと、ほどなくしてそれが完全に弛緩した。
首に回っていた腕をゆっくり解いてやり、忙しなく呼吸を繰り返す敬吾の顔を撫でる。
前髪を梳きながら、逸は優しくくちづけた。
「敬吾さん、眠っていいですからね」
苦しげに寄っていた敬吾の眉間が、安心したようにふっと開く。
瞼も僅かに持ち上げられ、敬吾は少し頷いた。
「…………おまえは、どーすんのそれ…………」
いたずらっぽく逸が笑う。
「ナイショです。おやすみなさい」
敬吾も呆れたように笑ったが、糸が切れたようにことりと眠りに落ちた。
起こさないように軽く体を拭いてやり、さて、と逸は思う。
(どうしましょうね)
不可抗力である、敬吾の寝顔を眺めながら処理したとて文句は言われないはずーーと思っていたのだが。
力の抜けきっている寝顔があまりに無垢で、不健全な目ではどうも見られそうにない。
ぼんやり眺めていると実家にいる弟、妹すら思い出してしまうほどのあどけなさである。
(どーしよ)
束の間そうして敬吾の髪を撫でていたが。
切迫した挙句、逸はとりあえず風呂場に向かうことにした。
「ーーんん」
敬吾が小さく呻いて体を起こすと、目の前に逸がいた。
ベッドに凭れて座っていたらしい。
「うぉおっ……」
「うおーって」
そのままがさがさと身を引いた敬吾に、逸が呆れたように苦笑する。
時計を確認すると、どうやら二時間ほど眠ったらしかった。
「体、どうですか?」
問われる前に敬吾はその答えにひとり驚いていた。
非常に軽い。寝覚めもこの上なく爽やかだった。
「いや、もー、すげー楽」
どう思われるものかと、口にするのは少々剣呑だったが逸は何も言わず安心したように笑って敬吾の頭を撫でた。
「お風呂たまってますよ。ご飯の前にどーぞ」
「え!マジで……やったー」
予想だにしなかった喜びように逸は声を立てて笑った。
「ほんと元気になりましたねー、ご飯どうします?鍋は鍋なんですけど。豚バラとキムチでいきましょうか、にんにく入れて」
「あー、いいなー」
「で、チーズ入れてリゾットしましょう」
「岩井」
「はい?」
「大好きだ。」
「ちょっちょっと待って敬吾さん……!もうちょっとちゃんとしたアレで言って欲しいいぃ…………!」
逸が床に崩れ落ちると敬吾が大きく舌打ちをした。
「なんだよ、人がせっかく」
「待って!敬吾さん待ってお風呂入る前にっそしたらチューしてくらさい!チュー!!」
「噛んでんじゃねえよもー」
呆れた半眼で逸を見やり、敬吾は逸の襟首をつかまえてわざと乱雑に唇をつける。
そして、逸が感慨に浸っている間にさっさと風呂を浴びに行ってしまった。
(可愛いんだか男らしいんだか……!!)
しばしそのまま固まった後、逸は土鍋に火を入れる。
これでもか、と真っ赤にしてやった。
「んん、うまい」
熱々の鍋を頬張りつつ、敬吾がしみじみ言う。逸は笑った。
「やっぱ冬は鍋すねー」
「しいたけうめー……」
「あっ!でしょ!このしいたけ美味しいでしょ!産直のやつなんですけどー、この人のしいたけだけやたら旨いんですよ!」
「もうファンレター書けお前」
「……そうっすね、袋に連絡先書いてあるしね」
しいたけにかける情熱をさらりといなされ、逸はしょぼんと肩を下げた。
それが妙に可愛らしくて敬吾は今度は笑った。
ビールがうまい。
「あー、ほんと旨いな。雑炊もいーけどうどんも食いたい気がしてきた」
「いいっすねーうどん。先にうどんやって後でご飯入れます?」
「よし、それだ」
「あはは」
早速冷凍庫からうどんを取り出し、解凍しながら逸が台所から身を乗り出した。
「あ、ところで敬吾さん」
「んー」
敬吾の意識は8割豆腐、逸は2割である。
「明日は覚悟しといてくださいね」
「ん?なにが」
豆腐の予想以上の熱さと逸の発言の不穏さに敬吾の眉間に皺が寄った。
「あっっつ……豆腐ヤバイ」
「明日はみっちり付き合って下さい」
「だからなにが?」
「今日でもいいですけど」
「はー?」
温まったうどんを鍋に入れながら逸はこともなげに言う。
「俺は正直生殺しです」
「え」
やや冷めた豆腐が、ほぼそのままの形で敬吾の喉を滑り落ちた。
そのせいなのか逸のせいなのか、敬吾は盛大に咳き込む。
それを意に介さず逸は続けた。
「くたくたの敬吾さんも可愛かったですけどー、ご奉仕するのも大好きなんですけどー、やっぱ俺も気持ちよくはなりたいのでね?」
「げっほ……っおい黙れ、何言って」
「敬吾さん、俺の指とか噛んじゃって超かわいいのに無茶できなくて俺消化不良もいいとこです」
「!!?なんだそれそんなことしてな」
「しましたー。子猫みたいに俺の指吸ってましたー。寝顔見ながら抜いてやろーと思ったのにまースヤッスヤ寝てるからそれもできなくてー」
「それはお前の勝手だろっ」
「だから明日はがっつり激しいのに付き合ってもらいますよーって話ですー。明後日休みでしょ?」
「やす、みだけどなにおまえ次の日まで気にしてん」
「寝かす気ないですもん」
間延びした口調から一転、ばっさりと言い切られて敬吾は口を開けたまま沈黙した。
キムチのせいと言わず酒のせいと言わず赤かった顔もさっと色が引く。
「…………え、えっと、待て……、落ち着け」
「落ち着いてますよー。だから今すぐじゃなくて明日っつってるんです」
「…………………」
うどんが焼き付かないよう鍋底を菜箸でさらいながら、逸は真っ直ぐに敬吾を見た。
「今日は敬吾さんもまだ疲れてますしね。ゆっくり寝て下さい」
「…………い、いやいやいやいや……………」
「敬吾さん」
静かに取皿を置いた敬吾の手を、テーブルの向かい側から逸が握る。
逸の手の中で面白いほどに敬吾が引きつった。
恐る恐る掬い上げるように見た逸の顔は、ごく朗らかに笑っている。
「俺は、敬吾さんのお世話するの大好きですよ。こうやって元気になってくれたり癒やされてたらすげー嬉しい」
「ーーう、うん……………」
「でも敬吾さんに元気にしてもらうのも大好きです、って言うか敬吾さん関係じゃないと俺元気にならないから」
「ーーーーーーー」
「よろしくお願いしまーす」
「………………っ!!!!!」
敏腕営業マンのように、心のこもったプレゼンと笑顔で逸は押し売りに成功した。
イエスともノーとも言わないが、敬吾はただ真っ赤になって意地のように下を向いている。
「つーかっ……………!!お前が元気とか言うとなんかさあ…………!!!」
「いやもう、いいですけどねそっちの意味でも」
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