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だいぼうけん!5
しおりを挟む「…………っは、あっつ…………」
敬吾の胸の上にぱたりと汗が落ちた。
その敬吾もしっとりと汗ばんでいて、仄かに光を弾いている肌がどうしようもなく艶めかしい。
「ーー敬吾さん」
ぐったりと首を反らし、枕に預けられた敬吾の横顔にひたひたと指の背で触れる。
「…………大丈夫ですか?」
敬吾の視界がごく薄く開いた。
熱いわ、喉は乾くわ激しいわ、それに耐えなければならないわで敬吾はもうてんてこ舞いだった。
この、ベッドに溶け込んでしまいそうな泥沼に浸ったような状態はもうなんとも言い表せないがーー近いもので言えば、脱水症状だとか、湯あたりだとか、強烈な睡魔だとか。そういった、自我が曖昧になるような感覚。
とにかく呼吸だけはしなければ。
恨めしいような気持ちで横目に逸を見ると、それを確認したのか逸が少し笑った。
「ーーちょっと、抜きますね。ストーブ消しましょう」
「………っ!」
「タイマー使えないのだけは反射板は不便ですかね……」
「ん……っ!ぁ、や……」
「ああちょっと敬吾さんそれ可愛すぎる」
半ばまで逸のそれが引き抜かれ、敬吾が努めて抑えた、それでも堪え切れない声を漏らす。
逸が意地悪げに笑った。
「抜かれるのがイヤ?」
自分の腕で顔を隠しながら敬吾が必死に首を振る。
「じゃ抜きますよ」
「……………っ」
激しく、勢いで感覚をごまかすことなくゆっくりと動かれるのが敬吾は苦手だった。
質量を保ったまま完全に抜き取られることなど滅多にないから、なおさらに。
否が応にも自分の中を移動するのをまざまざと感じさせられてしまう。
「ぅく……っ!」
濡れた音と自分の声と耐えがたい感触と逸が笑った声。
全てが羞恥心に火をくべるようで、もうどうしたら良いのか分からない。
「んんっ!!」
逸がつい今まで繋がっていたそこを慰めでもするように撫でる。
「や、っなに、」
「ちょっと待っててくださいね」
こんな時に空白の時間が流れるのもまた恥ずかしかった。
すっかり重く痺れてしまっている腰から下をどうにか手繰り寄せるようにして、敬吾はベッドの端に寄って背中を起こした。
膝を抱こうかとしているようだが、その前に逸が戻ってくる。
「敬吾さん?」
「……………」
敬吾は居心地悪そうに視線を逃がすばかりだった。照れるといつもするように。
子供でも眺めるように笑って、何も言わずに逸はまたベッドに乗った。
髪を撫でながらキスをすると、少々拗ねているとも思えた敬吾の態度が軟化する。
相も変わらず口を塞いだまま、色を滲ませて腰から胸を撫で上げた。
驚いたように敬吾が身を竦めてもやはり何も言わず、腿の間に指を滑らせる。
「ゃ………っ」
「嫌?どうして?さっきまで咥えてたでしょう」
機微など欠片もない物言いとともに、逸の指が無遠慮に入り込んだ。
「あ、………っ馬鹿、」
「敬吾さん、気持ちよくなると怒るのいい加減やめませんか」
「違、!っちょ………っ」
わざとそうしているのか、逸の指はあまりに猥雑な音を立てた。
敬吾が体を強張らせるほどに、足で腕を固定してしまっているようになる。
それが嫌で、しかし力を抜けば開かされてしまうーー敬吾はもどかしく無自覚に脚を右往左往させる。
逸はと言えば、まだあの落ち着いた無表情でーーそれどころか少し楽しげにーー手首から先を動かしているに過ぎないのに。
それなのにこんなにも翻弄されてーー
「…………っ!」
敬吾の腰がびくりとひきつった。
「…………いきそう?」
「ぃ……………ッ」
「中凄いですよ、急に締まったし……絡んできて」
「違………………!」
「じゃあ顔隠してないでちゃんと見て、腰揺れててやらしいですから」
「!!!ち、違…………!」
敬吾が必死に首を振る。
「違うの?じゃあ我慢できますね?」
「へ…………っ」
「気持ち良いからこんななってるわけじゃないんでしょ?でも俺は敬吾さん気持ち良くしたいからもっと頑張りますよ。こんなのなんともないんなら」
「え…………っ何言って、や、っあ、」
「まだ平気?」
「…………………!!!!」
平坦だが苛立ちは明白な声音に反して、逸は丁寧に敬吾の中を愛撫した。
力任せでもない、単調にもならない、徹底的に快楽を与えてやるとでも言いたげなそのやりようが敬吾を翻弄する。
急流に揉まれる木っ端にでもなった気分だった。
甘い電流が幾度も幾度も走るようなその感覚、いつものように温かくはない逸の触れ方に、もう喉の堰は切れかかっていた。
内側から押し上げられるような圧力に、ひとつまたひとつと声がこぼれ落ちていく。
一際高い声が溢れてしまい、逸は嬉しげに笑うーーが、敬吾はまた一層頑なに声を抑えるばかり。
そうして泣くのを堪え、恥ずかしがりながら感じているのも逸としてはそそるものがあるのだが、ここまで来ると敬吾相手でもーーいや敬吾だからこそ興を削がれてしまいそうだった。
ぞんざいに指を抜いてしまうと敬吾がまた小さい悲鳴のような声を漏らす。
逸は今度は笑わない。
すっかり力が抜けて斜めになってしまっている敬吾を完全に押し倒すと、ものも言わずに奥まで貫く。
敬吾は鋭く息を飲んで体を反らせた。
そのまま激しく突き上げると、時折零れるだけだった声は頻繁に溢れるようになったが、余すところなく悲痛なだけだった。
ーーこれでは怒っていると言われても仕方がないかもしれない。
敬吾には言えなかった独占欲や所有欲のようなものがどす黒く渦巻いて、竜巻のようだった。
敬吾は無自覚に泣いている。
こうも暴力的なほど激しくては感情も何も関係はないだろう、ただただ参ってしまっている。
それでもやめてやろうとは思えず、そのまま穿ち続ける。と、そこがぎりぎりと絞め上げられた。
痛いほどだったが、さすがにそれを言えるほど無神経にはなれない。
「っ………、きっつ……………」
取りこぼすように呻くと、聞こえていたのか敬吾がピクリと身じろぎする。
そうして激しく達した。声もなく。
ゆっくりと力が抜かれて微かに痙攣している。
つい今まで引きちぎれそうだったそこに絡んでくるようで、堪え切れずに逸は敬吾の腰を強く引き掴んだ。
強欲に、深く飲み込ませて奥へと吐き出す。
敬吾の呼吸がやっと落ち着くと自分が泣いていることに気付いたのか、それがまた涙を誘ったようだった。敬吾が取り乱しているのが逸にも伝わってくる。
ーーだが、響かない。
いつもならば溢れんばかりの庇護や包容の琴線には、ぴくりとも。
ただもう、自覚させたい。そして自覚したい。自分のものだと。
真面目で常識的で有能な、そんな誰でも知っている顔ではなく、こんな風に自分の涙に翻弄されているところも、怒りも快感も愛情も全て。
ふたりきりの時にしか、確認できないのだからーー
「敬吾さん、俺とするのそんなに嫌?」
落し物でもするように逸が呟く。
なぜそんなことを言ってしまったのか自分でも分からなかったが、しようと思って落し物をする馬鹿はいない。
「あー……、すみません、今の無し……」
全くもう、とでも言うように己に呆れた声を出して、逸は自分でそれを拾った。
しかしその滑稽さと寂しさ、落胆はもう払拭できない。
さっきまでの全てを飲み込みそうなほどの渦巻いた欲望は鳴りを潜めて、枯れ葉を揺らすのが精一杯のからっ風のようになっていた。
逸が萎れると、比例するように敬吾は少し冷静になった。
どうして溢れるのか分からない涙も徐々に止まってきて、ただ泣きすぎたせいで頭がぼんやりとする。
その頭の傍らに逸がティッシュの箱を置いたので、手を伸ばして顔を拭く。
それでいくらか気持ちも落ち着いたようだった。
逸のため息が聞こえる。
「……敬吾さんシャワー先に」
「ほんと社長かよおまえは…………」
「え?」
「今の無しっつったって、聞いちゃったもんは気になるだろ」
「……………」
それは確かにそうだろう。
しかし逸は応えを聞きたくないようだった。
苦々しく眉をひそめてどこか敬吾から離れた何かを見ている。
まともに受容すると、またひどく残酷な気持ちになってしまいそうで。
「なんだあの発言は」
「…………………」
敬吾は逃がしてくれそうにはなかった。
そもそも敬吾相手に理屈で勝負できるのは限られた状況下でのみなのだ。
少々場の読みを間違えた。
今いるのが敬吾の陣地なら逸にできることは一つだけだ。
聞かれたことにはきちんと答えること。
ーーだがそれが辿り着く先が、ひどく恐ろしい場所に思える。
「……俺とするの、好きじゃないのかなって。そもそもセックス自体が嫌いなんですか?それとも男っていうか俺だから?」
「そんなことねえけど」
どちらの意味なのだろう。
逸は黙ってしまう。
まだ声は少々滲んでいるが、敬吾はすっかり落ち着きを取り戻したようだった。
「嫌そうに見えたか?」
「……はい」
更に苦々しく逸は頷く。
なぜか、何か醜い部分を曝け出すような、自棄のような気持ちだった。
けれどそれをしなければ、この人は納得させられない。口八丁で自分の良いように言いくるめられる相手ではないのだ。
「……って言うか、無意識かもしれませんけど、敬吾さんよく言うんですよ、嫌だとかやめろとか……」
「ああ……」
「照れてるんだろうなって思ってたんですけど、今日はなんか……」
どこか痛むような表情をして、逸は自分の顔を擦った。
ーー余裕がなかった。
そして、自信も。
そこまで考えて、自分は八つ当たりをしたのかも知れない、と気づいてーー
ーー冷や汗が溢れ出た。
「…………っすみません俺、」
「そーか、悪かった」
「えっ」
「誤解を招いた。」
「えっ」
「ごめん」
「えっ!!!!?」
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