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感情高ぶり人殺し

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 ある日の明け方、俺は目を覚ました。
 訳は無いだか、目が覚めた。
 いや、正確に言えば訳はあった。
 六条半の部屋に敷かれた布団の上で横になる俺の上に、悪魔が座っていた。
 形がハッキリしないまるで揺らめくカゲロウのような黒い体。
 目らしきものは存在していたが、例えるならそれはシャチの目のように見える部分のような形をしていて、きっと目としての役割は果たしていないだろう。
 背中には大きな羽が確認できる。
 俺は不思議と恐怖を感じることも無く、ただ漠然と悪魔を見つめていた。
 不思議な感覚だった。

「ニンゲン。お前、怖がらないな我のこと」

 悪魔が口を開く。

「………あなたは?」
「悪魔だ」

 既に答えの出ている問の回答を念の為確認する。
 そして、次に、答えの出ていない問いを投げかける。

「あなたは、何をしにここへ?」

 悪魔はニヤリと口の形をした何かを動かす。

「お前、いいやつ、なんだろ?なら、我、都合いい」
「………」
「お前の中に、住む」

 何も感じなかった。
 先程から恐怖も感じない、感情を失ってしまったのだろうか。
 頭は、いつの間にか冴え渡っていた。

「お断りします」
「な、ぜだ?我は困ってる、お前はいいやつ、助けろよ、我のこと」
「悪魔を助けて何になるんです?」
「断るんだな?」
「はい」

 俺は極めて冷静だった。
 何なんだろう、これは夢だとでも思っているのだろうか。

「しかし、ここまで、飄々とさ、れるとこ我も、気持ちよく、たちされぬわ」

 俺は起きてから初めての、感情、若干の後悔に苛まれた。
 悪魔は続ける。

「貴様に、罰を、与える。貴様は、苦しむ、一日、耐えれば消える、力だ」

 そう言った悪魔は、ゆっくりと俺の額にその歪な指を近ずける。
 指の近ずきと比例するように、俺の意識は遠ざかって行った。


*  *  *


「ピピピピ!ピピピピ!」

 非常に不愉快な音色を奏でながら目覚まし時計が鳴り響く。
 それと同時に母の声も聞こえる。

「いい加減起きて目覚まし止めなさい!うるさいのよ!」

 その言いようにイラッときた。
 
「勝手に止まれよ目覚まし」

 刹那、先程まで騒々しくその音を響かせていた目覚まし時計から、秒針の少しの音さえ聞こえなくなった。
 背筋がゾッとする。

「………気のせい…だよな?」

 半ば自分に言い聞かせるように言う。
 俺は気を紛らわすために、着替えを済ませ、手早く洗面所へ向かい、寝癖を治す。

「……さっさと治れよ」

 先程のことで動揺していることもあり、咄嗟に紡いだ言葉。
 次の瞬間、寝癖は、それどころかアホ毛さえも、俺の頭には見つからなかった。
 俺は更に頭を混乱させ、もはや正気を保っては居られなかった。

「朝ごはん食べないのー!?」

 騒々しい母親の声。
 俺は考える。
 この力を夢に出てきた悪魔が与えた物と考えると、この力は一日で消えるということになる。
 一日、どこかへ逃げよう。

 俺は靴を履き、玄関を突き抜けようかという勢いで外に出ようとした。

「ちょっとぉ!朝ごはんは!?」

 そんな母親の叫びに俺は思う。

 ―――うるせーな、黙れよ。

 俺は家を出た。

 *  *  *
 
 息子が家から出ていった後の家には、蛇口から溢れる水の音がただ響いていた。
 母親は、無機質な、色を失った顔で、ただ、静かに、淡々と、食器を洗っているのだった。


*  *  *

 さて、家を飛び出してきたはいいものの、その後の見通しは皆無だった。
 マスクをつけ、なるべく人と関わらないように努力する。
 関わる時も、自分からは何も言わない。

「………会いたいな、美優に」

 美優とは、俺が今付き合っている彼女だ。
 そうだ、彼女なら事情を理解して助けてくれるかもしれない。
 よし、行こう。
 美優は学校になじめず、不登校になっているから、家にいるはずだ。
 俺は美優の家に急いだ。

*  *  *

 美優の家に着く、美優の母親とは面識があり、すぐに通してくれた。
 美優はまだ寝ていたらしく、寝癖だらけのロングヘアーをぶら下げて出迎えてくれた。
 いきなり来てしまったことに罪悪感を覚える。

「美優、助けてくれ、俺が今から言うことは到底信じ難い事だけど、ホントのことなんだ」

 俺は美優の部屋の中に入れてもらっていた。
 美優はグテっとしながら椅子の背もたれに顎を預けていた。

「なに?どうしたの、またゲームのレアキャラが出た?」
「緩いなおい」
「いつも通りでしょー?」

 俺は少しほっとしつつ、口を開こうとした。

「俺、悪魔にと―――」

 その瞬間、時の流れは止まり、悪魔の声が響き渡る。

「それは……許されて…………い…な…い…」

 俺の五感は全て閉ざされる。
 永遠のように感じる時間を過ごし、次目を開けた時に目に入ったのは……
 白目を向き、泡のようなものを口から垂れ流す美優。
 その上に乗り、美優の首を絞める俺。
 ドアを開け、漠然として俺を見つめている美優の母親だった。

「う……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 俺は叫び、お茶が乗ったお盆を持ち、立ち尽くす美優の母親を突き飛ばし、家から飛び出る。

「なんで、なんでなんで!そんなの聞いてない」

 ブツブツと言葉を発しながら走る俺に、周囲から視線が集まる。

「俺は殺してない、悪魔がやった、俺じゃない」

 たくさんの視線が集まる。

「何見てんだ!みるな!」

 その瞬間から、俺を見るものは誰一人として居なくなった。
 代わりに、警察が俺を追いかけ始める。

「確保ぉ!!」

 複数人の警察に俺は取り押さえられる。

「やめろ!離せよ!俺はやってねえ!」

 その瞬間、警察は俺を捕まえるのをやめた。
 そして、パトカーに乗り、その場を立ち去ろうとする。
 美優の母親が必死に叫んでいる。

「捕まえて!なんで捕まえないのよ!捕まりなさいよこの人殺し!美優を返せ!」

 その叫びに、俺の胸は強く締め付けられ、俺は泣き崩れた。
 
―――どうすればいいんだろう。

 家に帰って、ネットを開くと、そこは俺が美優を殺し、そして、捕まらなかったニュースが拡散されていた。

「なんで捕まえなかったん?」
「意味わかんない、捕まえるでしょ普通」
「殺人鬼を逃がす警察ってどうなん?」
「警察も相当やばいけど殺人やらかす奴が死ねばいい」

 俺はネットの声を聞き、悲しみと怒りが込み上げてきた。

「死ねよ死んじゃえよこいつら」

 その瞬間、世界のどこで何が起こったのかは誰も知らない。
 ネットを見るのをやめようとしたその時、とある投稿が目に入る。

「被害者の友達です、本当にいい子でした、優しくて、面倒見が良くて、なのに学校で虐められて、不登校になって。私はとても心配していました。でも、彼氏が出来た、と報告してきて、とても明るい顔で、私は安心しました、なのに、その彼氏に殺されるなんて、全く理解が追いつきません。本当に憎いです。あの子がこんな酷い目にあう理由はありますか?いいえ、ありません、本当に警察の対応にも理解が追いつきません、殺してください、あの男を、今すぐ逮捕してください」

 俺は正気を保っていられなかった。
 俺が誰よりも美優のことを大切にしてたのに、好きだったのに、なんでだよ、なんで?
 
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 その時、飼い犬が心配して擦り寄ってきた。

「うるさい黙れクソ犬!お前も死ね!」

 犬は次の瞬間には既に肉塊に姿を変えていた。
 俺の中で情報が処理されると同時に凄まじい後悔と悲しみと激しい衝動が俺を襲った。

「あぁぁぁぁ!!くそ!なんでだよ!!死ね死ね死ね!みんなしんじゃえよ!くそがぁ!」

 次の瞬間、人間は絶滅した、否、この地球上に存在する生物の全てが、絶滅した。

「あぁクソ、俺も死んじゃえよ」

 次の瞬間、俺は肉塊となり、地に寝そべった。


*  *  *

 「ばか……め。ただ一言…今すぐこの能力を……消しされ……と言えばすんだものを」
「彼女の……家なんか………行かずに…一人で………一日過ごせば……良かったものを」

 こうして、悪魔により現実世界から切り離され、パラレルワールドとなった世界で、俺は死んだ。
 現実世界では、俺の存在のみが消え去った世界が今も存在している。
 

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