人間不信の異世界転移者

遊暮

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憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)

59話 戦闘訓練

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 土煙を舞い上げ、銀の髪がブレた。
 直後、眼前に突き出されたダガーが、風を裂いて迫る。
 まともに受ければ、大怪我は免れない。

「やあっ!」

 それを腰を落として体を反らせることでギリギリに躱す。頬を微かにダガーが掠め、その傷に見合わない鋭い痛みが走った。だが、このくらいなら耐えられる。
 追撃の姿勢をとったリリーの隙に差し込むように、地面に片手をついた俺はそのままの体勢で蹴りを放つ。

「ふっ!」

「うっ……」

 手応えは……軽い。
 高い【物理耐性】を持ったリリーにダメージを与えた様子はなく、吹き飛ばされたリリーは中空で一回転して着地する。

 次は俺の番だ。集中力を高め、目の前の空間に魔力を集中させる。
 今まで魔法を使用する時は手などの体の一部を通して発動していたが、最近ようやく何も通さずに魔法を発動できるようになった。

 体に近くなければ発動はできず、魔力消費も体を通して発動するよりも何倍も大きいが、剣を持ったまま使えるというのは便利だ。

「――『大地龍顕現』!」

 俺の眼前で岩が膨れ上がり、リリーが警戒する。
 現れたのは、体が岩で出来た西洋龍だ。
 体に風を纏い、蝙蝠のような翼をはためかせて滞空している。

「ふっふっふ」

 これぞ俺が必殺技が欲しくて訓練前にリリーに隠れて編み出した、【風魔法】と【土魔法】の合成魔法である。
 うん、カッコいいな!
 体長は一メートル半ほどとドラゴンにしては小さいが、迫力満点である。あまり練習する時間もなかったが、中々にいい出来だろう。
 真白もこれを見て、「流石マスター、芸術品のようですね」と褒めてくれた。

 ……いや、言いたいことは伝わってる。俺にそういった才能はないから仕方がないことなのだ。
 付け加えると、魔力をほとんど消費してしまうため完全にネタ技でもあるのだが。

「いけっ!」

 それでも込めた魔力の分、威力は絶大である。
 その鋭い岩の爪に、纏った風を集中させ、ドラゴンがリリーへと襲いかかった。
 これぞロマン。俺の心はいつになく高まっている。

「……『不魔の雷』」

 銀の雷がネットのようにリリーの手のひらから広がり、俺の必殺技を包み込む。

「……え?」

 雷に触れたドラゴンは、どこか悲しそうな目をして一瞬で崩れ去った。

「…………」

 流れるのは、戦闘による緊張感とは違った沈黙。

「……ごめんなさい、です」

 【銀雷】は、あらゆる能力を封じる。
 俺がそのことを思い出すのに、かなりの時間が必要だった。

「……アースくんの仇っ!」

「名前付けてたです!?」

 恨みを込めて地面を蹴り、リリーとの距離を詰めた。
 戦闘続行。今のはもう、忘れよう。

 左手に持った、脇差と同じサイズの木剣を防御用に軽く構える。力みすぎてはいけない。軽くとも速い、手数の多さが必要だ。
 右手の木剣を振るう。現在の【双剣術】のスキルレベルは六。補正のかかった鋭い一撃が、リリーを襲う。

 あっさりとその場から飛び退いて躱されるが、それは織込み済みだ。リリーに、更なる追撃を加える。
 振り下ろし、すくい上げ、薙ぎ払い、時には刺突を混ぜる。
 恨み? ないない。

 息もつかせぬ連続攻撃、それをリリーは額に汗をにじませながらも、持ち前の素早さを生かして凌いでいく。

「まだまだっ!」

「!」

 用意していた木剣を五本、中に浮かせた。
 リリーの表情から読み取れる焦燥が大きくなる。

 だが、油断はしない。
 【銀雷】は体力を多く消耗し、あまり連続して使うことは難しいが、その分ノーモーションで、リリーの意思一つで簡単に使用することができるのだ。

 現に、七本の剣を相手にリリーは凌ぎきっていた。正面からの剣を受け止め、死角から飛んでくる剣は【銀雷】を少し浴びせて制御を一時的に封じ対処していた。

 そのまま打ち合うこと数分、俺が攻勢に回っているのは変わらないが、体力の消耗が激しい。次第に息は乱れ、剣戟の応酬と共に汗粒が飛ぶ。

「あっ……!」

 先に隙を見せたのは、リリーの方だった。
 力の篭った一撃を受けて腕が痺れたのか、持ったダガーを取り落としそうになる。
 それを見逃さないくらいには、俺は経験を積んだつもりだ。リリーの一挙一動を【見切り】を使って瞬間的に把握しつつ、右足をより深く踏み込んだ。

 魔剣デュランダルの代わりに持った木剣が、リリーの肩目掛けて袈裟斬りに振り下ろされる。
 これなら、決まる――

「なっ!?」

 俺は驚きに、思わず声を上げた。
 肩を打つかと思われたその一撃は、リリーが木剣に軽く手を添えて受け流すことで防がれたのだ。
 彼女に体術の経験はない。だが、タイミングは完璧だ。圧倒的な戦闘のセンス。これは、今まで厳しい環境に晒され続けて磨かれたものでもあった。
 復讐を果たしたリリーが、こんな程度でやられる訳がなかったということか。

 攻守が再度、逆転する。次はリリーが攻める番だ。しかし、二人とも体力は尽きかけている。
 先程の俺と同じように、リリーは小さい体を思い切り使って全力の蹴りを俺の腹に目掛けて放った。

 それを空いていた左の木剣で受け、慣性に従って後ろに飛ばされることで威力を軽減する。
 腹部に走った鈍い痛み、安全の保証された普段の魔物との戦闘では味わえない感覚に、まるで戦闘狂のように口角を吊り上げる。

「ははっ」
 
 脳からアドレナリンが分泌され、気分が高揚する。……よし、まだまだいける。

 リリーは今の蹴りで体力を使い果たしたのか、追撃を加えることなく息を荒らげて木剣を構えている。
 俺は一度大きく息を吐きだし、もう一度踏み込もうと――

「そこまでです」

 途端、体が金縛りにあったかのように動かなくなる。力を込めても指一本動かせず、俺は抵抗を諦めた。見れば、目の合ったリリーは全身が動かないのか目線で俺に助けを求めている。
 リリーと違って首と口は動かせる俺は、仕方なくこれを行った人物? に向けて口を開く。

「ふぅ……真白、もういいぞ」

 せっかく盛り上がってきたところだったんだが……仕方がないか。

 俺の拘束だけを解除し、真白が真剣な表情をして言った。いや、無表情なので雰囲気だけだが。

「殺してよろしいですか?」

「ダメだからな!?」

 突然なんてことを言うんだこの人形は。
 真白の発言を聞いて、リリーの顔が青くなった。

「って、違う!」

 あれ息ができてないだけだ!
 多分【空間魔法】で一部を真空にでもしているんだろうが……それは死ぬって!

「真白ストップ!」

「彼女の心臓をでしょうか?」

「違うわ!」

 ああ、どんどんリリーの顔から血の気が失せて――

「真白」

「ですが犬の分際でマスターに攻撃を……かしこまりました」

 言葉の途中で、俺の様子に気付いた真白が、リリーを解放した。というか口悪いな!
 ゴホゴホと咳をして、リリーが地面に膝をつく。

 ……これは、流石に放置はできないか。

 俺は今後のことを考え、一度しっかり真白と話すことに決めた。
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