人間不信の異世界転移者

遊暮

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銀雷は罪過に狂う

54話 正義

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 銀狼が吠えた。

 雨に体を打たれながら、燃え盛る村を縦横無尽に駆け抜けていく。

 全身に銀のいかずちを纏い、触れる雨粒は即座に蒸発する。その雷は、裁きの雷。

 これは『正義』による、『悪』への裁きだ。

 抵抗は無意味、逃げるのは不可能。
 無情に、無慈悲に。
 飛びかかってくる者は雷で焼き、逃げる者はその強靭な四肢で踏み潰していく。
 アリを遊びで踏み潰す人間のように、嗜虐にまみれた表情が、獣の顔から伺える。

 その在り方は人間というものから掛け離れた、魔物に近いものだ。

 理性はとうに手放した。
 本能すらも狂わせて、殺戮のためだけに動く獣。

――魔獣。

 豪雨の音に混じり、逃げ惑う誰かがそう呼び、直後に雷に焼かれて命を散らした。

 また一つ、銀狼が吠えた。

 全身から周囲に向けて放たれた銀の雷が、家を焼き、人を焼き、灰燼へと変える。

 飛び交う怒号も、空気を裂くような悲鳴を聞いてなお、その獣が止まることは無い。

 天が罰を下さないのであれば、己が下すのみ。

 罪過に狂った獣は、目に付く全てのものを破壊し、蹂躙する。

 これがお前達が犯した罪の重さだと。深く心に刻み付けるように。 

 また一人、燃える一際大きな家屋から這い出た女性を、前足で押さえ付けて喰い千切る。

 甘くて甘くて、胸焼けしそうになった。血の濃厚な香りが鼻腔をくすぐる度、心が歓喜に震え、興奮が一層高まっていく。

 ……だが、一緒になっていいのは父親だけだ。

 『正義』の礎となった父親を思い、獣はそれを吐き出すと、次の獲物に狙いを定めた。

 コイツは、逃げる自分に何度も石を投げた。

 コイツは、自分を見る度に蹴り飛ばしては唾を吐きかけた。

 コイツは、自分にゴミをぶちまけて無理矢理食べさせた。

 悲鳴を聞く度、過去の出来事が頭をよぎる。
 指を指され、嗤われた。無様な自分を、弱者だった自分を、彼らはいたぶって、その度に嗤った。脳裏にこびり付く、あの笑顔。耳に残る、あの笑い声。
 どれもこれも、だった。

 今という時間を、より格別なものにしてくれる、かけがえのない、素敵な思い出。
 立場は逆になった。『正義』と『悪』、強者と弱者、虐げる者と、虐げられる者。ならば、同じように返さなければ。

 視界の端に映った自分の家だったものに目を向けつつ、獣はまた一人、爪を振り上げて襲い掛かってきた男の頭蓋を踏み潰す。

 この『正義』を果たすまでに、獣は多くのものを犠牲にした。

 家を、父親を、心を。

 それでも、譲れないものがあったのだ。

 この世に、『正義』と『悪』の明確な境界線は無いのかもしれない。立場が変われば、いとも簡単に引っ繰り返ってしまい程に脆く、弱い。

 獣はそれでも、明確な『正義』になりたかった。無理だと心の中では分かっていても、愚直に、それを目指した。

 その結果が、これだ。

 本当に、自分はこれを望んでいたのか。
 母が本当に、私に教えたかったことは――

 いや、もう、戻れない。
 皆の知る、リリーはもう死んだ。生まれたのは、人間を壊し、己の欲望を満たす一匹のリリーだった。

 それが例えどれだけのものを犠牲にするとしても。

 僅かに残った心の欠片が、憎悪によって塗り潰されていく。
 かのじょはもう一度、大きく鳴いた泣いた

 その声に込められた思いは、本人でさえも分からなかった。














□ □ □ □ □


44話のリリーのステータスに、
【精神耐性】、【火耐性】、【薬学】
【隠密】を追加しました。




今回はゲリラ投稿です。
前回との文字数差が……w
明日にもう一度更新して、今章は終了となります。定期更新では、いつものようにステータスのまとめを載せる予定です。

もう暫く、お付き合いいただけると幸いです。
今後とも、よろしくお願いします。
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