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銀雷は罪過に狂う
50話 父の愛は遠く
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「……うむ」
そう呟いて自分の体を確認するフェンリルの姿は、あまり森の中には似つかわしくない半袖短パン。
これはリリーの悲鳴で服を着ていないことに気付いた彼が、指パッチンで出した代物だ。
フェンリルが満足そうに頷いた。
「それで、わざわざ会ったことのなかった娘に今更になって会いに来たのは何でだ?」
人化ができるとなれば、この残念そうな魔物がリリーの父親である可能性はかなり高くなった。
見た目は幼い、というか完全にショタなので、リリーの母親の趣味もちょっとアレだ。
「別に娘と知ってここに来たのではない。ただ懐かしい匂いと気配を感じたから来ただけなのである」
つまりは好奇心だったと。
「……そもそも、我は今の今まであのカミラに娘がいるなど知らなかったのだ。まさか娘がいて、それが我との子だったとは驚きである」
カミラ、確かリリーの母親の名前だったな。
親子なら匂いや気配が似通っていても不思議はないか。
現れた時、こいつはここ一帯の森を治めている主だと言っていた。リリーが【銀雷】を使ったのは今回で二回目の筈、だから今まで二人は出会わなかったのだろう。
「まさか酔った勢いで交わったあの一回でできるとは」
娘の前で交わったとか言うんじゃない。
リリーを見ると少し頬が紅潮している。
……というか、さっきの悲鳴もだが、今の言葉で顔を赤くするとは、年齢の割にマセているんだろうか。リリーとそう変わらない外見年齢のクウは首を傾げている。
「……もしやあの時もう会えないと言っていたのは……娘よ、リリーといったな」
顎に手を当て、ブツブツ言っていたフェンリルがリリーに呼びかける。
「は、はいです」
「カミラは、そなたの母は今どうしておる?」
リリーの顔が、目に見えて暗くなる。スキルのことを教えてもらえず、母親に対して疑心を抱いていたとしても、彼女の中で母親の存在は変わらず大きいようだ。
その反応で察したのか、「そうか……」と呟いてフェンリルも目を伏せる。
重苦しい雰囲気が漂う。
だが、俺にとってそんなことはどうだっていいことだ。
重要なのは、このフェンリルが俺の楽しみの障害になるか否か。だからこれは、聞く必要がある。
「これからフェ「ポチである」……ポチはどうするつもりだ? リリーを連れて行くのか? ――父親として」
リリーが、僅かな期待を滲ませて父親であるフェンリルを見る。
あの地獄から、彼女は救われることを望んでいた。例えそれが会って間もない人間であっても、今まで会ったことのなかった魔物の父親であっても。
俺達が村に留まっている期間は限られている。まず間違いなく、俺たちが居なくなったら彼女への虐待は再び始まるだろう。俺達が居ても影でやられているのだから、起きない筈はない。俺が村長に取引を持ちかけられていることを知らない彼女が、ここで現れた父親に期待するのも無理はなかった。
俺は確かに、リリーに復讐させるように少しずつ彼女の心を誘導していた。
抵抗感が無くなるように、殺意を高めるように。
それでも、彼女の本質は『正義』だ。母親によって刻まれたそれは、一生変わることは無いだろう。復讐よりも父親に連れられて村から逃げた方がずっと彼女が考える『正義』に近い。
まずい、と思った。
聞かなくてはならないことだから仕方がないが、分が悪い。
質問をしてから、奥歯を強く噛む。
――しかし、その返答は予想外のものだった。
「ふむ、そのつもりはないのである」
「!」
「……えっ?」
リリーが呆然とした様子で声を上げるのも気にせず、フェンリルは続けた。
「我は魔物、人間とは相入れぬ。人間は人間として生きることが定めなのだ」
……はは。
「でも、私は――」
「言いたいことは分かっておる。その体の傷を見ればな。……だが、それも試練。我の娘であるなら、弱者から這い上がってみるがよい」
「あ……う……」
あははは。
「いいな、我が娘よ」
「あはははははははは――!」
突然笑い出した俺を、フェンリルはギョッとした目で見る。
だが止まらない。
ああ、最高だ! こんな愉快なことがあるだろうか!
きっとフェンリルは、不器用なりに父としてリリーに今の言葉をかけたのだろう。
リリーを見つめるその瞳は、確かに父の愛と呼べるような慈愛に満ち溢れたものだったのだから。
普通なら、少なからず今の言葉に含まれた思いにも気付いたかもしれない。
そう、普通ならだ。
だが届かない。それを理解できない程にリリーは追い詰められていた。
これは元の世界で、虐められている自分の子供の気持ちを理解できたつもりで本当は何も分かっていない親のようなものかもしれない。
人の心は、結局のところ本人にしか分からない。
フェンリルは、魔物であっても父親だった。それは、きっと素晴らしいことなのだろう。
ただ、出会うのが遅すぎたのだ。
その証拠に、リリーの顔は絶望に染まっている。たった一つの希望に裏切られたように。
フェンリルはそんな娘に気付いていなかった。
「――ははは……ふぅ。じゃあもう帰るとしようか。……リリーも疲れたようだしな」
落ち着いた俺は、地面にへたり込むリリーを背負う。
「ま、待て!」
「感謝するよ、リリーのお父さん。これなら、リリーも頑張れる。――またな」
背後から聞こえた静止の声を無視して、俺は歩く。
もうすぐ、もうすぐだ。
そう呟いて自分の体を確認するフェンリルの姿は、あまり森の中には似つかわしくない半袖短パン。
これはリリーの悲鳴で服を着ていないことに気付いた彼が、指パッチンで出した代物だ。
フェンリルが満足そうに頷いた。
「それで、わざわざ会ったことのなかった娘に今更になって会いに来たのは何でだ?」
人化ができるとなれば、この残念そうな魔物がリリーの父親である可能性はかなり高くなった。
見た目は幼い、というか完全にショタなので、リリーの母親の趣味もちょっとアレだ。
「別に娘と知ってここに来たのではない。ただ懐かしい匂いと気配を感じたから来ただけなのである」
つまりは好奇心だったと。
「……そもそも、我は今の今まであのカミラに娘がいるなど知らなかったのだ。まさか娘がいて、それが我との子だったとは驚きである」
カミラ、確かリリーの母親の名前だったな。
親子なら匂いや気配が似通っていても不思議はないか。
現れた時、こいつはここ一帯の森を治めている主だと言っていた。リリーが【銀雷】を使ったのは今回で二回目の筈、だから今まで二人は出会わなかったのだろう。
「まさか酔った勢いで交わったあの一回でできるとは」
娘の前で交わったとか言うんじゃない。
リリーを見ると少し頬が紅潮している。
……というか、さっきの悲鳴もだが、今の言葉で顔を赤くするとは、年齢の割にマセているんだろうか。リリーとそう変わらない外見年齢のクウは首を傾げている。
「……もしやあの時もう会えないと言っていたのは……娘よ、リリーといったな」
顎に手を当て、ブツブツ言っていたフェンリルがリリーに呼びかける。
「は、はいです」
「カミラは、そなたの母は今どうしておる?」
リリーの顔が、目に見えて暗くなる。スキルのことを教えてもらえず、母親に対して疑心を抱いていたとしても、彼女の中で母親の存在は変わらず大きいようだ。
その反応で察したのか、「そうか……」と呟いてフェンリルも目を伏せる。
重苦しい雰囲気が漂う。
だが、俺にとってそんなことはどうだっていいことだ。
重要なのは、このフェンリルが俺の楽しみの障害になるか否か。だからこれは、聞く必要がある。
「これからフェ「ポチである」……ポチはどうするつもりだ? リリーを連れて行くのか? ――父親として」
リリーが、僅かな期待を滲ませて父親であるフェンリルを見る。
あの地獄から、彼女は救われることを望んでいた。例えそれが会って間もない人間であっても、今まで会ったことのなかった魔物の父親であっても。
俺達が村に留まっている期間は限られている。まず間違いなく、俺たちが居なくなったら彼女への虐待は再び始まるだろう。俺達が居ても影でやられているのだから、起きない筈はない。俺が村長に取引を持ちかけられていることを知らない彼女が、ここで現れた父親に期待するのも無理はなかった。
俺は確かに、リリーに復讐させるように少しずつ彼女の心を誘導していた。
抵抗感が無くなるように、殺意を高めるように。
それでも、彼女の本質は『正義』だ。母親によって刻まれたそれは、一生変わることは無いだろう。復讐よりも父親に連れられて村から逃げた方がずっと彼女が考える『正義』に近い。
まずい、と思った。
聞かなくてはならないことだから仕方がないが、分が悪い。
質問をしてから、奥歯を強く噛む。
――しかし、その返答は予想外のものだった。
「ふむ、そのつもりはないのである」
「!」
「……えっ?」
リリーが呆然とした様子で声を上げるのも気にせず、フェンリルは続けた。
「我は魔物、人間とは相入れぬ。人間は人間として生きることが定めなのだ」
……はは。
「でも、私は――」
「言いたいことは分かっておる。その体の傷を見ればな。……だが、それも試練。我の娘であるなら、弱者から這い上がってみるがよい」
「あ……う……」
あははは。
「いいな、我が娘よ」
「あはははははははは――!」
突然笑い出した俺を、フェンリルはギョッとした目で見る。
だが止まらない。
ああ、最高だ! こんな愉快なことがあるだろうか!
きっとフェンリルは、不器用なりに父としてリリーに今の言葉をかけたのだろう。
リリーを見つめるその瞳は、確かに父の愛と呼べるような慈愛に満ち溢れたものだったのだから。
普通なら、少なからず今の言葉に含まれた思いにも気付いたかもしれない。
そう、普通ならだ。
だが届かない。それを理解できない程にリリーは追い詰められていた。
これは元の世界で、虐められている自分の子供の気持ちを理解できたつもりで本当は何も分かっていない親のようなものかもしれない。
人の心は、結局のところ本人にしか分からない。
フェンリルは、魔物であっても父親だった。それは、きっと素晴らしいことなのだろう。
ただ、出会うのが遅すぎたのだ。
その証拠に、リリーの顔は絶望に染まっている。たった一つの希望に裏切られたように。
フェンリルはそんな娘に気付いていなかった。
「――ははは……ふぅ。じゃあもう帰るとしようか。……リリーも疲れたようだしな」
落ち着いた俺は、地面にへたり込むリリーを背負う。
「ま、待て!」
「感謝するよ、リリーのお父さん。これなら、リリーも頑張れる。――またな」
背後から聞こえた静止の声を無視して、俺は歩く。
もうすぐ、もうすぐだ。
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