人間不信の異世界転移者

遊暮

文字の大きさ
上 下
95 / 95
憎悪と嫉妬の武闘祭(本戦)

80話 新たな武器

しおりを挟む
 漂う粒子は銀に煌めき、巨大な神殿を埋め尽くす。シンの吐く息は白く、その瞳は苛立たしげに細められていた。

「ハハハハハ! 〈氷帝〉たる私の美しさに見惚れるがいい!」

 金髪を靡かせ、白と金を基調とした貴族然とした衣服に身を包むエルフの男は、透き通るように美しい氷の剣を掲げて高笑いする。
 それを見て青筋を立てるシン。

 戦いは硬直していた。

 神殿の柱に体を隠すシン、覗く視線の先には高い天井近くまで迫る氷の塔がそびえ立ち、その上でエルフの男――〈氷帝〉セルジュがシンを見下ろしていた。

「チッ!」

 シンが柱から顔を出すと、氷の塔から氷塊が飛び出し、引っ込めたシンの顔があった位置を通り過ぎていった。
 それを見てセルジュは笑い声を響かせ、シンを煽る形になる。

「うざい……」

 試合開始と同時に出現した氷の塔。あれを攻略しなければ、シンはセルジュに近づくことすら不可能だ。
 シンが【鑑定】した結果、Aランク冒険者であるセルジュのレベルは146。予選でかなりの大幅レベルアップを果たしたシンだが、それでも彼には及ばず130だ。

 もちろん、以前シンがマッドレブナント――安壮昭二を倒したように、レベルが勝敗の全てを左右するわけではないが、身体能力、魔力、経験の全てが上をいくセルジュに勝利することは難しい。
 シンは先ほど、氷の塔破壊しようと試しに魔法を打ち込んでみたが、僅かに表面を削るだけの結果となった。

「ほらほらぁ! もっと足掻いて私を引き立たせてくれたまえ!」

 いくつもの氷塊がシンの隠れていた柱を打ち、飛び出したシンを追うように次々と打ち出される。

 猛攻を避けるように走りながらシンは思考する。

 ……実のところ、あの氷の塔を破壊することは簡単だ。

 シンには万物を切断する最強のつるぎ、魔剣デュランダルがあるのだから。
 攻撃を避けつつ接近、あとは剣を一閃するだけで事足りる。

 だがそれで戦いが終わると言うわけではない。

 現状、セルジュはほとんどの能力においてシンを上回っている。
 セルジュの手にある氷剣を見るに、恐らく奴は自分と同じ魔法と剣を使いこなす魔法剣士のような者であるとシンは推測していた。

 であれば、当然氷の塔を破壊すれば直接打ち合うことになるだろう。
 デュランダルの能力も知られて、更に予選で多くの能力を晒している自分がまともにセルジュと打ち合って勝てるという甘い考えは、シンは持っていない。

 だが、向こうもこちらの手札を警戒しているため、氷の塔を破壊しない限りはそれ以上手を出してこない。
 故にシンは攻撃を何とか躱しながら、頭の中で策を考えているのだ。……セルジュの挑発にイライラしながら。

 そして、しばらく攻撃を避け続けるだけであったシンの様子が変わったことを、上から見下ろしていたセルジュは察する。
 シンが策を練っていたことは、当然セルジュも気付いていた。気付いていてなお、様子見していたのだ。
 ようやくか、と口角を吊り上げる。

「さぁ来るがいい! 数多の女性を泣かせ、あまつさえ命を奪った貴様の罪、この私が裁いてくれる!」

 その声は響き渡る。シンとセルジュのいる空間だけでなく、この戦いを観戦している多くの者たちへも届くように。

 冷静に戦いを進めるセルジュだったが、その内心は激しい怒りが渦巻いていた。
 予選でシンが行った虐殺。大切な人を失って泣き崩れる女も、恐怖に顔を歪めながら命を散らしていった参加者の女も、全てがその目に焼き付いている。

 だからこそ、女性の味方を信条に掲げ、何よりも女性を大切にするセルジュはシンを許さない。
 全力を出させた上で叩き潰し、ほのの罪を悔い改めさせるために戦うのだ。

 シンはこの戦いが始まって、初めて笑みを浮かべた。

「もう少し後までとっておこうと思ってたが……ここでお披露目させてもらうぞ、ヘルゲ」

 そう言って腰に下げていたものを取り出す。
 それを見たセルジュが眉を顰める。

「それは……?」

 冒険者のセルジュにとっても、あまり見慣れない武器だった。
 薄い円盤の中央をくり抜いたような形状。青白く輝く五つのそれは、かの〈勇者〉が伝えたと言う武器の一つだ。

 ――円月輪チャクラム。投擲武器の中では珍しく、斬ることを目的として作られた武器のはずだ。

 だが、シンの取り出したチャクラムには肝心の刃が無かった。

「これで仕上げっと。――支配」

「!?」

 シンが呟くと同時に、チャクラムの色が深淵の色へと染まる。
 そう、まるで今呪われたように。

「なるほど、これだけ強い感情を向けられているってことか」

 心底嬉しそうに笑うシンを、セルジュは得体の知れない者を見るような目で見ていた。
 だがそれも僅かな間。チャクラムを自分の周りに浮かせて笑うシンを見て、あれは危険な物だと直感したセルジュは氷塊を打ち出す。先ほどとは量も速さも比べ物にならない。

 だがそれを前にしても、シンの表情が崩れることはなかった。

「武器に頼るのも情けない気がするけど……仕方ないよな、うん。」

 チャクラムがシンと氷塊の間に移動し――喰った。

「はっ?」

 セルジュはその端正な顔をポカンとした表情に変える。
 彼は見ていた。氷塊がチャクラムの中央、空洞に差し掛かった部分から一瞬で黒く染まり崩れたところを。

 シンを狙って打ち込まれる氷塊が、次々に不気味な空洞に喰われていく。

「く、こうなったら……」

 セルジュは氷塊で攻撃することを諦め、氷剣を強く握りしめた。
 遠距離がダメなら直接切り捨てるまで。

 だがそれが叶うことは無かった。
 シンは攻撃が止むと同時に、浮かせていたチャクラムを空中で規則的に並べる。五つのそれは次第に黒い呪詛を溢れさせ、お互いを繋いでいく。そうして出来上がったのは――

「侵せ、祟星たたりぼし

 五芒星の中心から、漆黒の光線が放たれた。
 見たものに魂が震え上がったような恐怖を与え、シンのロマン心をくすぐるそれが目指す先はセルジュ……ではなく、堂々とそびえる氷の塔だ。

 光線が氷の塔と衝突し、空間を黒い光が埋め尽くす。

 ……それがセルジュの見た、最後の光景だった。

 光が収まって残されたのは、。しかしそれも、すぐに崩れて原形が分からなくなる。

 しん想像以上の威力に軽く驚きながらも、隠しきれない嬉しさを滲ませた。

「コイツは魔法に込められた感情を喰らい呪詛として返す。ああ、確かにこれは俺の武器だな」

----------------------------------------------------------
祟星たたりぼし
等級:特級
効果:魔詛返し
オリハルコン製の円月輪チャクラム
中に人骨が混ぜ込まれている。
その呪詛は魔法すらも侵す力を持つ。
----------------------------------------------------------


 一回戦第五試合 セルジュ VS シン
 セルジュの死亡によりシンの勝利


 △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △




 予選を勝ち抜いた強者達がしのぎを削る中、その空間は明らかに空気のが異なっていた。

 用意された舞台は砂漠。
 熱風で砂煙が舞い、砂が地を流れる。
 ただいるだけで体力の削られる過酷な環境。

 しかし彼らにはそんな環境も、取るに足らないものでしかない。

 男は砂を踏みしめ、しっかりと立つ。
 そしてサングラスを外し――握り潰した。傷だらけの顔全体を歪ませて相対する者を睥睨した。

「お前に直接の恨みはねぇ。だがこれは俺のケジメだ」

 男は叫ぶ。
 昏い復讐心に呑まれそうになるのを堪え、ただ一つの矜持を持って。

「覚悟してもらうぞ――〈人形姫〉!」
しおりを挟む
感想 131

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(131件)

ヒイラギ
2021.08.16 ヒイラギ

気まぐれにでも更新してくれるのを待ってます。
でも
このままこの作品が終わるのであれば言葉を送りましょう。
素晴らしい作品をありがとう。さようなら。お疲れ様でした。と

解除
ゆるの
2019.06.09 ゆるの

帰ってきて…更新まってます‪( ;ᯅ; )‬

解除
suwen
2019.03.11 suwen

帰ってくるって信じてますよ。
頑張ってください。

解除

あなたにおすすめの小説

異世界を服従して征く俺の物語!!

ネコのうた
ファンタジー
日本のとある高校生たちが異世界に召喚されました。 高1で15歳の主人公は弱キャラだったものの、ある存在と融合して力を得ます。 様々なスキルや魔法を用いて、人族や魔族を時に服従させ時に殲滅していく、といったストーリーです。 なかには一筋縄ではいかない強敵たちもいて・・・・?

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

俺のスキルが無だった件

しょうわな人
ファンタジー
 会社から帰宅中に若者に親父狩りされていた俺、神城闘史(かみしろとうじ)。  攻撃してきたのを捌いて、逃れようとしていた時に眩しい光に包まれた。  気がつけば、見知らぬ部屋にいた俺と俺を狩ろうとしていた若者五人。  偉そうな爺さんにステータスオープンと言えと言われて素直に従った。  若者五人はどうやら爺さんを満足させたらしい。が、俺のステータスは爺さんからすればゴミカスと同じだったようだ。  いきなり金貨二枚を持たされて放り出された俺。しかし、スキルの真価を知り人助け(何でも屋)をしながら異世界で生活する事になった。 【お知らせ】 カクヨムで掲載、完結済の当作品を、微修正してこちらで再掲載させて貰います。よろしくお願いします。

現代にモンスターが湧きましたが、予めレベル上げしていたので無双しますね。

えぬおー
ファンタジー
なんの取り柄もないおっさんが偶然拾ったネックレスのおかげで無双しちゃう 平 信之は、会社内で「MOBゆき」と陰口を言われるくらい取り柄もない窓際社員。人生はなんて面白くないのだろうと嘆いて帰路に着いている中、信之は異常な輝きを放つネックレスを拾う。そのネックレスは、経験値の間に行くことが出来る特殊なネックレスだった。 経験値の間に行けるようになった信之はどんどんレベルを上げ、無双し、知名度を上げていく。 もう、MOBゆきとは呼ばせないっ!!

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。