乙女ゲームのモブ令嬢、マリア・トルースの日記

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7月22日 晴れ 

夏季休暇突入
今日はジークが突然家に来た

休暇に入ってからこんなにすぐ会えるなんて思っていなかったから嬉しい
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「ちょ、まった、その日は関係ないです! 何も起きてないので読まないでください!」

「あ、ごめんね」

 そう言ってジークはまた嬉しそうに微笑む。
 絶対にわざとであろうその笑顔が今は非常に憎い。

 パラパラと日記をめくっていくジークは時折りこちらを見ては口角を上げている。

 ほんと、やめて?
 


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9月27日 晴れ

今日は文化祭当日
晴れてよかった!
一日目はジークと一緒に回る約束をしているから楽しみだなぁ
そしてなんといっても文化祭といえばメインイベント!
一番好感度の高い攻略対象者とヒロインは一緒に回るんだよね
さて、いってきます
——————



「うん、一緒に回れて楽しかったね?」

「そうですね……」



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9月28日 晴れ

文化祭二日目
今日は大切な友人、ユレイアと一緒に回る
ユレイアみたいな素敵な人と友人だなんて本当に夢のよう!
——————



「ふふ、私もマリアと親しくなれて嬉しいわ。それに、マリアがこんなにも面白い子だったなんて」

「あ、ありがとう」

 う、うん? 面白い……?



——————
9月29日 晴れ

今日は文化祭最終日
クラスの出し物である演劇の日だ
少し心配だけれど、なんとかなるはず



ヒロイン、どんだけポンコツなのよ!
自分で主役をやりたいと言ったくせに結局台詞を覚えられなくて逃げた
ユレイアのおかげで事なきを得たけれど、本当にひどい
自分で衣装を破いたかと思えば、今度は誰かに押されて足を挫いたとか嘘を言うなんて!
案の定、ガイアスはユレイアのせいにするし!
——————




「あぁ、この日のことは言わなくてもみんなが知っていることだね」

 そう、この日オフィーリアは主役の座から逃げ出したのだ。自分からやると言い出したのに、結局長い台詞が覚えられなくて。

 そこで思い付いたのがまず衣装をダメにすることだったらしい。なんとも浅い考えだ。けれど、予備があると言われると次は足を挫いていると言い出した。

 誰かに押されたと。
 きっと主役である自分のことが妬ましいんだと言って。(ここでチラリとユレイアを見ていた)

 が、治癒魔法で治してあげると一人の女生徒が声を掛けると今度は大きな声で泣き出した。

 また声に出して"ふえぇぇん"と。

 こんな精神状態では出来ないと。

 そこでガイアスはなぜかユレイアに「責任を取ってお前が代わりに主役をやるんだ」と。

 オフィーリアとガイアスは台詞を覚えていないであろうユレイアに恥をかかせたかったのかもしれないけれど、そこはさすがユレイアだった。

 完璧に主役をやり遂げてしまった。

「あの時のユレイアは本当に綺麗だったなぁ。ヒロインなんかより断然ヒロインだったわ」

「まぁ、ありがとうマリア」

 ふふふ、と和やかな雰囲気に包まれる。が、今のこの状況を忘れてはならない。

「君、また自分でやったのかい? 本当に飽きないねぇ」

 やれやれと、ジークも殿下も呆れている。

「殿下、これくらいでいいですよね?」

「あぁ、そうだね。今はこれだけで十分だよ。後でまた読ませてもらえれば、ね」

 パタン、と日記が閉じられたことに私は安堵した。これ以上この場で日記を読み上げられるわけにはいかないから。非常にまずい。

「さぁ、アルコット嬢。もうこの場から退出してもらおうか。責任はこのパーティーが終わってから問おう」
 
 殿下の言葉を待っていたかのように、オフィーリアは引きずられて行く。

「そんなっ、流行りだったシーンをちょっと体験したかっただけなのにっ!」

 体験、していたんですね……。だからあんなにニヤニヤしていたのか。

「なぜ私までなのですか!」

 そしてガイアスも一緒に。
 オフィーリアに乗せられたのだろうけど、ユレイアは殿下の婚約者だ。

 知らないとはいえ、もういろいろとやらかしてしまったんですよ。

「騒がせて申し訳ない。さぁ、卒業記念パーティーの続きを始めようか」

 殿下の言葉でそれまで注目がこちらに集まってしまっていたけれど、本来の卒業記念パーティーへと雰囲気を変えていく。

 最後にオフィーリアが叫んでいたこと。

「なによ、みんなして! 私はヒロインなのよ!? こんなセーブ画面のモブなんかに! ちょっと、私に触らないでよ!」

 私はこの言葉が引っかかってしまった。

 セーブ画面のモブ? 

 そう言われてふと、いつかの記憶が蘇る。

 あの乙女ゲームをセーブした時の画面。

 そしてそこにいた、画像の中の女の子。

「あれ私なの!?」

 まさかセーブ画面のモブだったなんて……。
 ん? ちょっと、まって。

 マリア・トルース。
 トルース……トゥルー……トゥルース……。

 真実、嘘が書けない、セーブ、記録をする……。

「あぁ、そういうことか」

「マリア? どうしたんだ?」

 ジークが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「いえ、ちょっと。なんともありきたりな設定だな、と悲しくなりまして」
 
「あの女が言ったことを気にしているのかい? 私たちには、二人の間に何があったのかわからないんだけれど……」

「まぁ、私が脇役なのは本当なことだから仕方がないんだけどね」

「脇役だなんて。私にとって、マリアはたった一人のヒロインだよ?」

「い、いきなり、何を……」

 あぁ、日記の中を見たから私のことを揶揄っているのね!? ひどい!

「ねぇ、マリア。日記に書かれていたのは本当のことなんだよね? 私に会えて嬉しいとか書いてくれていたね」
 
 トルース家の能力が真実だとわかっているのにどうしてそんなことを聞いてくるの。

「えぇ、そう……ね……」

「そうか、ならマリアを手に入れるためにあと二年も待つ必要はないってことだよね?」

「だからジーク、何を……私のこと揶揄っているの?」

「いや、違うよ。ただ、嬉しくて。私のことを日記に書いてくれていたことがさ」

 そう言われて、やはりジークにあれ以外にも読まれてしまったのだとわかり急に恥ずかしくなる。

「マリアは私のことなんてこれっぽっちも眼中にないと思っていたから、さ。ただの幼馴染なんだと」

 私が他に日記に書いた内容。

 ジークに言われて嬉しかった一言一言を忘れないために書いたし、学園内で見かけたとか、少し手が触れたとかそんな些細なことまで日記に残してしまった。

 それをまさか本人に読まれてしまうなんて。

「ねぇ、マリア。これからも私のことを日記に書いて欲しいな」

「それは……」

「せっかくだし、交換日記をしない? トルース家の紙を使ってさ。そしたら私は毎日その日記にマリアの好きなところや良いところを一つずつ書いていくよ」

「ジークは嘘が書けるじゃない」

「嘘なんて書くわけないだろう。お互いのことがもっと知れるように、いいと思うんだ」

「ジークは……トルース家の能力が欲しいだけじゃ……だって昔おじ様が言っていたじゃない? 嫁に来ないかって。あれって私がトルースだからでしょう?」

 昔のことを思い出す。

 ジークのお父様に言われた「嫁に来ないかい?」を。昨日までは仲が良いからだと思っていたけれど、トルース家のことを知ってしまった今となってはそれがただ能力が欲しかったからなのでは、と思ってしまう。

「そんなわけないだろう……父も母もマリアのことを本当に気に入っているんだから。それに、父のそれは息子の初恋を叶えてやりたいというただの親心で……あ」

 そこでジークは顔も耳も真っ赤に染めた。手を口で覆い、しまった、という表情をしている。

「え、な、初恋……?」

 まって、今、おかしなこを聞いたような……。

「いや、それは……あぁ、もう。そうさ、マリアは私の初恋なんだ。わかってくれよ……」

「そんなこと、急に言われても……嘘よ」

「嘘じゃない。用もないのに子どもが田舎にある伯爵家の領地にわざわざ付いていくわけないだろう」

「田舎とは失礼ね」

「いや、ごめん。でも、本当だよ。父に頼んで理由を付けてはトルース家に行っていたんだよ」

「そう、なんだ」

「私にとっては急じゃないんだ。でもマリアが戸惑っているならまずはお互いを知ることから始めない?」

 ジークがこんなに気持ちを伝えてくれるとは思わなかった。ジークにとって、私なんてただの幼馴染だと思っていたから。

 でも、本当はただただ嬉しいの。

「はは、照れているね」

「ずっと幼馴染として接してきたんだもの。言葉ではまだ恥ずかしいから日記なら……いいかも」

「私は直接言葉で伝えても恥ずかしくないよ?」 

「もうっ!」

 これから先、私とジークのことを綴っていければいいな。ずっと、いつまでも。

「これからもよろしくね、マリア」



◆◆◆



 数年後。

 とある男女が結婚式を挙げ、夫婦となった。

 そこには永遠に愛することを誓うと書かれた紙が一枚。

 愛の誓いを真実の紙に書いたことでとあるジンクスが国中に広まった。

 トルース家の紙を使って婚姻書を書くと永遠に結ばれる、と。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

くいん
2024.08.31 くいん

最新作から飛んできて一気読みしました。
とても面白かったです!
トルース家の設定がよかったです。
他の作品もこの後読ませていただきますね!

2024.08.31

嬉しい感想をありがとうございます!
好みが分かれるかもしれませんが、楽しんでいただけたら……(*´꒳`*)

解除
もにこ
2024.06.02 もにこ

ヒロインの描写が少し浅かったけどお話全体はとっても好きでした!次回作も楽しみにしてます♪

2024.06.04

感想ありがとうございます!
楽しく読んでいただけたようで嬉しいです(*´꒳`*)

解除

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