天使の紡ぐ雪の唄

希彗まゆ

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それは、永遠(とわ)の愛の唄

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谷本くんが、行方不明になったことで
学校中が大騒ぎになった。

男子達は、大半が好奇心から話題にしたが
女子達の中には、泣く者もいた。

けれど警察には届けられなかった。
谷本くんの母親が、「捜索は不要」としたのである。

あっさりした母親の対処に、学校の関係者もそれ以上言うことはできず
うやむやになったまま日々は過ぎた。

毎日が新しくなる。
大きいものや小さいものや、様々な噂が積み重なっていく。

冬休みに入り、年が明け
また学校が始まると、もう学校の話題は他のものに移り変わりつつあった。

「本当に、いたのよねえ」

ある日の放課後、そんなつぶやきをもらした女子がいた。

「谷本くん、誰にも言い残さないでいなくなっちゃったでしょ。なんか夢みたいなのよね。全部夢だったみたい」

谷本くんのことは一日に何度も、もう話題に昇ることはない。
その話を聞いていた男子が相槌を打った。

「なんかさ、あれみたいだよな。ほら、流れ星。あっという間に光って、跡も残さず消えていく」

好き勝手なことを言う。
でも、仕方がなかった。
本当のことは、わたしと聖治しか知らないのだから。

「夏樹」

教科書を鞄に詰め込もうとしていた手を、止めたままのわたしに
聖治がそっと声をかけてきた。

「門のところで、待っててくれるか? 用事終わらせてから、すぐ行くから」

わたしはぼうっとしてしまっていて、返事すらできない。
聖治はちょっと考え、教室を見渡して潤子を見つける。

「白河! ちょっと」

日直だったらしい。
日誌を抱えたまま小走りに駆けてきた潤子に、聖治は

「戻るまで夏樹を見ててやってくれ」

と頼み、出ていく。

「やれやれ。須崎くんのよさに、もう少し早く気づいてたらなあ」

口惜しそうに、愚痴を言いながら
潤子は、わたしの机に行儀悪く座る。

思い出したように、わたしは手を動かし始める。

がたんと立ち上がり、出て行こうとするわたしを見て
潤子は慌てて机を降りた。

「待った待った、須崎くんがくるまで待ってなさいよ!」

潤子のその言葉も、わたしの耳にはまともに入ってこない。
うつろな気持ちで、廊下を歩いていく。

急いで用事を終えてきたらしい聖治と、ばったり会った。
鞄を持ってきていた聖治は潤子に礼を言い、そのまま並んで歩き出す。

校庭に出るまで、わたしたちは無言だった。
門のところで、わたしは立ち止まった。

そこには、桜の木が
春を待ち望むように立っている。

以前、谷本くんが折った跡も
まだ、残っていた。

「ほんと言うと」

見上げながら、わたしは唇を開いた。

「わたしも、みんなと同じなの。ふいに、谷本くんがいたことが夢のように思えるの。本当に、流れ星みたいだって」

いつか、そうして忘れてしまうのかもしれない。
ただ一瞬だけ輝いて消えた、遠い日の流れ星のように。

「残っているのは、わたしのこの気持ちだけなの。谷本くんを好きだったっていう、この気持ちだけなの」

聖治は黙って、わたしを見つめていたが
やがて力強く言った。

「だったら、平気になるまで好きでいればいい」

瞳はどこか、優しげだった。

「あいつがここにいたんだっていう証がお前にとってそれだけなら、気が済むまで想っていればいい。
──でも、おれは知ってる。
あいつは確かにここにいて、お前を愛した。最期の最期にお前の幸せを考えて、おれに託していってしまうほど。
あいつはずっと帰りたかったんだ。この地に堕とされてから、ずっと。いつも空を見上げて、懐かしそうにしていた。でも最期にお前を選んだ。故郷より何よりお前を選んだんだ。お前を──死なせたくなかったから」

わたしは息を呑んで、聖治を見つめる。

谷本くんが雪のように消えてしまった、あの日から
うつろなままだったはずの、わたしの心に
ぽつんと哀しみがおとずれる。

麻痺していた心が、ようやく動き始めて
はじめて、泣きたくなった。

それでも涙なんて、流したくなくて
そんなことをしたら、谷本くんが哀しむ気がして──
無理矢理、笑顔を作った。

泣き笑いのような表情(かお)になってしまったかもしれない。

「須崎、わたしを好きじゃなかったの? いいの、そんなこと言って」
「おれは、生きてるから」

聖治は伏し目がちに微笑んだ。

驚くほど大人びた、その笑みに
不思議な気持ちになって見上げるわたしの、ポニーテールに
彼はそっと触れる。

「生きてるから、いつまでも待っていられる。だから、お前は好きなだけあいつを想っていていいんだ」

中学で初めて彼に会ったときは、ただの生意気な男の子だったのに。
いつのまにか、こんなに優しい瞳で見つめてくれている。

ふと、彼が視線を動かした。
いつからそこにいたのか、門の外に誰かが立っている。
目をみはるほどの美少女だ。

つられて振り向いたわたしも、そして気づいた──
彼女も異質の者だ、と。

恐らく聖治にも分かっただろう。

なぜだか濡れているような瞳は、見えていないようだったが
彼女が用があるのは、わたしたちにだと感じた。

「谷本悠輝。彼は消えてもここにいます」

いくぶん遠慮がちに、唇を開いた少女は
ハッとするわたしたちに言ったのだった。

「春には風に、夏には雨に、秋には雲に、冬には雪に。そうして繰り返しながら、永遠にここにいます」

少女は杖をつき、去っていく。
聖治とわたしは、しばらく何も言わなかった。
言えなかった。
彼女の正体を、不思議に思わなかった。

その言葉だけが、真実のものだと
なぜか信じられた。

どちらからともなく、空を振り仰ぐ。

見上げた空は、青く透き通り
輝いている。

思わずこみ上げそうになった嗚咽を
わたしは、喉の奥でこらえた。

潤む瞳の中に涙を押しとどめながら、そっと尋ねてみる。

「──そこに、いるの?」

その、青い故郷に。
この地上と行き来するものに姿を変えて。

冷たい風が、頬をかすめていく。
氷のように、肌に痛い。

これからは、ここにも
毎年のように、雪が降るだろう。
そんな気がした。


──あいしてる。

 あなたはたしかにここにいた。


《完》
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