天使の紡ぐ雪の唄

希彗まゆ

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望郷──【悠輝Side】

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いつものバス停で降りずに更に20分余分に乗ると、終点に着く。
そこは海の近くで、5分ほど歩けば浜辺に降りられる。
夕暮れ時で、そんな季節でもないので人は他にいない。

夕陽に染まる橙色の海を見つめながら
ぼくは、さっき出会った“仲間”の少女を思い浮かべていた。

そしてすぐにそれは
むかし故郷にいた頃のビジョンに取って代わった。

くるしい──
息を吐き、穏やかに寄せる波に足首まで浸かる。

──かえりたい。
──かえりたい。

ぼくのこきょう。
あのそらに、かえりたい。

「悠輝くん?」

ふと背中から、声がかかった。

「何してるの、こんなとこで」

振り返って見ると、聖治の姉の陵子が
乗っていたバイクを置いて、浜辺に降りてくるところだった。

「久しぶりですね」

微笑むと、陵子は肩をすくめる。

「ホントよ。最近ちっとも遊びに来ないんだから」
「ここには、よく来るんですか」
「たまに、近くを通ることはあるけどね。今日は見覚えのあるシルエットがあったから寄ったの」

風に吹かれる長いストレートの髪を、陵子はうっとうしそうに背中へ押しやる。

「こんな寒いところに、よくいるわねえ。……ちょっと! 足、浸かってるじゃない!」

今になって気づいた陵子は、慌ててぼくを引っ張る。
波が届かないところまでくると、軽く睨んだ。

「風邪ひくわよ、こんなことして。何かあったのね?」
「陵子さんて、お節介ですね」
「分かってるなら一緒に帰りなさい」

陵子の言葉には、有無を言わさぬ力がある。
本当はもう少しここにいたかったが、今日の日付を思い出して頷いた。

この地上にいられるのも、どちらにしろあと少しだ。
姉のように慕っている陵子と、喧嘩したくはなかった。

「女好き」といういささか不名誉な陰口を叩かれているぼくでも、陵子に手を出したことはない。
幼い頃から知っていて、「彼女は違う」と分かっていたからだ。

「ぼくが運転しましょうか」

バイクは、聖治のものだった。
これなら、前に聖治に教えてもらったから運転できるはずだ。
陵子は片眉を上げる。

「免許持ってないクセに。あたし、まだ死にたくないわ」
「陵子さんが運転するなら、ぼくが抱きつくことになりますよ」
「色気づくんじゃないわよ」

陵子は笑ったが、ぼくに抱き上げられて小さな悲鳴を上げた。
陵子をシートに乗せると、ヘルメットを押しつけてぼくはバイクにまたがる。

ブルンとエンジンをかけた。
陵子が気づく。

「メット、一個しかなかったんだわ!」
「警察に会わないよう、祈りましょう」
「そういう問題じゃ──」
「あと5秒で発進します」

悪戯っぽいぼくの口調に
陵子は仕方なく笑ってヘルメットをかぶり、体にしがみついてくる。

「……3、2、1」
「黒麒麟号発進!」

陵子のふざけたかけ声で、バイクは発進した。

──海の香りが、遠のいていく。

ぼくの故郷に
限りなく近い、海が。
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