45 / 59
埋められていく隙間
しおりを挟む外に出ることを制限される、ということはけっこうな不便だ。
あれから数日はおとなしくしていたけど、家にばかりいると気分まで滅入ってくる。
「外に出たい」
お昼過ぎ、リビングでそうぼやくと、
「お前ここ数日ずっとそれだな」
と禾牙魅さんに突っ込まれた。
「だってせっかくの夏休みなのに、家の中ばっかりじゃつまんないでしょ? それに、外に出たいって言っても出してくれないし……三人のうち誰かと一緒に行動してればいいんじゃなかったの?」
そう、わたしの行動はかなり制限されていた。
「この前一人で出かけた罰でしょ」
そこらへんの雑誌を読みながら、架鞍くん。
「う、それを言われると……」
二の句もつげなくなる。
霞がいつもの笑顔で、キッチンの掃除をする手を止めて言った。
「そろそろいいんじゃないか? 苺ちゃんも反省したようだしさ。苺ちゃん、誰か選んで一緒に外出してこいよ」
その言葉に、わたしの心が明るくなる。
「本当!? ……でも三人全員と一緒じゃ、いけないの?」
「最低二人は残ってないと、家の中に【鬼精鬼】に結界とか罠でも張られる可能性があるからなあ」
「それだけ【鬼精鬼】の力は強大だということだ」
霞と禾牙魅さんが教えてくれる。
「そうか……それじゃあ……」
誰と一緒に行こう、と考えた瞬間に霞の姿に視線が行く。
この三人の中なら、霞が一番仲がいい……とも言えるかも。
うん、もう今日は前向きでいこう! せっかく外に出られるんだし!
「霞、一緒に行こう!」
霞は笑顔をつくる。
「オッケー、じゃ、折角だからロイヤルスイートでも……」
「だーめ! 今日は私の我儘聞いてもらうんだから! 待ってて、支度してくる!」
◇
【鬼精王Side】
階段を駆け上がっていく苺に、霞は苦笑する。
「……そんな無邪気な笑顔を見せられると毒気が抜かれるぜ……」
「まだまだ甘いね」
架鞍はそっけなく言い、禾牙魅はと見ると彼は否定もせずに黙り込んでいた。
甘い、か……そうかもしれない。苺を見ると、心の中があたたかくなるのを感じるのだ。
◇
苺と街中を連れ歩き、いつしか夕方になっていた。
さんざんウィンドウショッピングを楽しんだ苺は、まだまだはしゃいでいる。
「ねえねえ、次どこ行こう?」
「苺ちゃん元気だね。でもあれだけお店回ってなんで何も買わないのかな?」
「だって、お金あんまりなくて……」
「……苺ちゃんさ、彼氏に貢いでたタイプだろ」
さりげなくカマをかけると、苺はぎくりとする。
「で、エッチも無理に誘われたんだろ。違うか?」
「……いいの。わたしもう誰ともそういうことする気ないし。ウィンドウショッピングだって、すごく楽しいしね?」
霞の顔が、ほころぶ。
「……そういうとこ、苺ちゃんのいいとこだよな。でも誰ともする気ないってのは試してみないと分かんないぜ?」
けれど苺は、ぶんぶんとかぶりを振った。
「絶対、イヤ。……あ! ね、あともう一軒、お店つきあって!」
「いいよ、どこ?」
霞はそれ以上追及せず、歩き出した苺を追いかけた。
苺がやってきたのは、本屋だ。新しく建てられたばかりの店だったが、品ぞろえは確かのようだ。
「苺ちゃんて読書好きなの?」
「うん、たまに読むよ。何か面白そうな新刊出てないかな~……」
苺は平積みにされている本を端から端まで見ていく。
なんとなく別の棚を見ていた霞は、ふと視線を止めた。
「あ」
一冊の分厚い大きな本を取り上げた。ペラペラと中をめくる。
「こういうの架鞍好きそうだな~」
興味を惹かれたように、苺が戻ってくる。
「画集? わあ、キレイな絵……」
そういえば、と苺は思い出す。架鞍はさっきも雑誌を読んでいた気がする。彼も本が好きなのだろうか。
「ん~……」
ちょっと悩んだ苺は、決めた。
「架鞍くんに買ってってあげよう」
霞は、驚く。
「え? でもお金あんまりないって言ってなかった? それかなり値段高いぜ?」
「うん、でも今日は機嫌がいいからいいの」
貸して、と霞の手から画集をとると、苺はレジへと向かった。
その背中を見つめる霞は、また胸があたたかくなるのを感じる。確実に、惹かれている──。
「いい子だよな……」
ぽつり、つぶやいた。
◇
結局苺と霞が帰ってきたのは、夜になってからだった。本屋で、けっこう盛り上がってしまったのだ。
「ただいま~!」
「ただいま。風呂沸いてる?」
苺と霞がリビングに入ると、架鞍が雑誌から顔を上げる。
「お帰り」
禾牙魅が、洗面所から出てきた。
「遅かったな。ああ、風呂は沸かしておいた」
禾牙魅に「ありがとう」と言うと、苺は架鞍に歩み寄る。
「架鞍くん架鞍くん」
振り向いた架鞍に、ラッピングされた大きな包みを差し出す苺。架鞍は、面食らったようだった。
「なに?」
「お前に礼が言えるとは思ってねえからせめて受け取ってやれよ? 苺ちゃん、お金ないのにお前のためにって……」
「わー霞ストップストップ!」
慌てる苺から包みを受け取り、ラッピングを丁寧にはがして魅入る架鞍。苺は照れくさくて、早口に言った。
「キレイな絵でしょ? 霞から、こういうの架鞍くんが好きだって聞いて……。えっと……気が向いたら暇つぶしにしてね」
そして苺は、階段を駆け上がっていく。
相変わらず架鞍は無表情のままだったけれど。
ぺら、とそっと画集をめくった彼を見て、霞は嬉しかった。架鞍は完全に興味がないものには、徹底的にシカトをする。画集はそこそこに、架鞍の気を引いたようだった。
◇
【苺Side】
翌日、わたしは上機嫌だった。
今日はなんだか、架鞍くんの雰囲気が優しい気がしたのだ。特別声はかけられなかったけれど、わたしを見る視線がいつもよりも和やかだ。
これも、霞のおかげかな……。
なんて思いながらお風呂上がり、髪をとかしていたら櫛がひっかかった。
「あいたたたっ、なんで毎日梳かしてるのに、こう巣食うかなあ」
「苺ちゃんのお風呂上りの石鹸の香りってさいっこ~」
突然の声に、わたしはぎょっとする。いつのまにか霞が、脱衣所に立っていた。
気配がないのか、この男は!
「さいて~……何しにきたの?」
「何って……風呂入りに」
「じゃあもうちょっと待って、髪に巣食っちゃって……いたたっ」
「それはね~梳かし方がまずいんだよ、貸してみな?」
「霞、出来るの?」
いいから、と霞は歩み寄ってくる。
「櫛、貸してみ? 苺ちゃんの髪の毛長いし、最初はこうして下のほうから梳かしてくんだよ。それで……」
そう言ってわたしから受け取った櫛で、わたしの髪の毛を丁寧に梳かしていく霞。
なんだか無性に恥ずかしくなって来た。
「かっ霞の髪の毛も梳かしてあげるっ!」
「へっ?」
櫛を奪い取り、霞の髪を縛っていた紐を取って梳かし始める。
うわ、霞の髪の毛ってさらさらしてて気持ちいい……。
霞がふと、くすくす笑う。
「苺ちゃんの手の感触、気持ちいいな~」
「! バカっ!」
顔が、熱くなる。きっと真っ赤になっている。
でも、……こうしていると、元カレとの傷も癒されていく気がする。
霞といると……なんだか、幸せな気分になれる……。
イジワルだけれど。エッチだけれど。
でも──。
とくん、と心臓が音を立てるのがわかった。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
秘密 〜官能短編集〜
槙璃人
恋愛
不定期に更新していく官能小説です。
まだまだ下手なので優しい目で見てくれればうれしいです。
小さなことでもいいので感想くれたら喜びます。
こここうしたらいいんじゃない?などもお願いします。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
【R18】聖女のお役目【完結済】
ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。
その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。
紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。
祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。
※性描写有りは★マークです。
※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。
18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?
KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※
ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。
しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。
でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。
ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない)
攻略キャラは婚約者の王子
宰相の息子(執事に変装)
義兄(再婚)二人の騎士
実の弟(新ルートキャラ)
姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。
正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて)
悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる