鬼精王

希彗まゆ

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外に出ることを制限される、ということはけっこうな不便だ。

あれから数日はおとなしくしていたけど、家にばかりいると気分まで滅入ってくる。


「外に出たい」


お昼過ぎ、リビングでそうぼやくと、


「お前ここ数日ずっとそれだな」


と禾牙魅さんに突っ込まれた。


「だってせっかくの夏休みなのに、家の中ばっかりじゃつまんないでしょ? それに、外に出たいって言っても出してくれないし……三人のうち誰かと一緒に行動してればいいんじゃなかったの?」


そう、わたしの行動はかなり制限されていた。


「この前一人で出かけた罰でしょ」


そこらへんの雑誌を読みながら、架鞍くん。


「う、それを言われると……」


二の句もつげなくなる。

霞がいつもの笑顔で、キッチンの掃除をする手を止めて言った。


「そろそろいいんじゃないか? 苺ちゃんも反省したようだしさ。苺ちゃん、誰か選んで一緒に外出してこいよ」


その言葉に、わたしの心が明るくなる。


「本当!? ……でも三人全員と一緒じゃ、いけないの?」

「最低二人は残ってないと、家の中に【鬼精鬼】に結界とか罠でも張られる可能性があるからなあ」

「それだけ【鬼精鬼】の力は強大だということだ」


霞と禾牙魅さんが教えてくれる。


「そうか……それじゃあ……」


誰と一緒に行こう、と考えた瞬間に霞の姿に視線が行く。

この三人の中なら、霞が一番仲がいい……とも言えるかも。

うん、もう今日は前向きでいこう! せっかく外に出られるんだし!


「霞、一緒に行こう!」


霞は笑顔をつくる。


「オッケー、じゃ、折角だからロイヤルスイートでも……」

「だーめ! 今日は私の我儘聞いてもらうんだから! 待ってて、支度してくる!」





【鬼精王Side】


階段を駆け上がっていく苺に、霞は苦笑する。


「……そんな無邪気な笑顔を見せられると毒気が抜かれるぜ……」

「まだまだ甘いね」


架鞍はそっけなく言い、禾牙魅はと見ると彼は否定もせずに黙り込んでいた。

甘い、か……そうかもしれない。苺を見ると、心の中があたたかくなるのを感じるのだ。





苺と街中を連れ歩き、いつしか夕方になっていた。

さんざんウィンドウショッピングを楽しんだ苺は、まだまだはしゃいでいる。


「ねえねえ、次どこ行こう?」

「苺ちゃん元気だね。でもあれだけお店回ってなんで何も買わないのかな?」

「だって、お金あんまりなくて……」

「……苺ちゃんさ、彼氏に貢いでたタイプだろ」


さりげなくカマをかけると、苺はぎくりとする。


「で、エッチも無理に誘われたんだろ。違うか?」

「……いいの。わたしもう誰ともそういうことする気ないし。ウィンドウショッピングだって、すごく楽しいしね?」


霞の顔が、ほころぶ。


「……そういうとこ、苺ちゃんのいいとこだよな。でも誰ともする気ないってのは試してみないと分かんないぜ?」


けれど苺は、ぶんぶんとかぶりを振った。


「絶対、イヤ。……あ! ね、あともう一軒、お店つきあって!」

「いいよ、どこ?」


霞はそれ以上追及せず、歩き出した苺を追いかけた。

苺がやってきたのは、本屋だ。新しく建てられたばかりの店だったが、品ぞろえは確かのようだ。


「苺ちゃんて読書好きなの?」

「うん、たまに読むよ。何か面白そうな新刊出てないかな~……」


苺は平積みにされている本を端から端まで見ていく。

なんとなく別の棚を見ていた霞は、ふと視線を止めた。


「あ」


一冊の分厚い大きな本を取り上げた。ペラペラと中をめくる。


「こういうの架鞍好きそうだな~」


興味を惹かれたように、苺が戻ってくる。


「画集? わあ、キレイな絵……」


そういえば、と苺は思い出す。架鞍はさっきも雑誌を読んでいた気がする。彼も本が好きなのだろうか。


「ん~……」


ちょっと悩んだ苺は、決めた。


「架鞍くんに買ってってあげよう」


霞は、驚く。


「え? でもお金あんまりないって言ってなかった? それかなり値段高いぜ?」

「うん、でも今日は機嫌がいいからいいの」


貸して、と霞の手から画集をとると、苺はレジへと向かった。

その背中を見つめる霞は、また胸があたたかくなるのを感じる。確実に、惹かれている──。


「いい子だよな……」


ぽつり、つぶやいた。





結局苺と霞が帰ってきたのは、夜になってからだった。本屋で、けっこう盛り上がってしまったのだ。


「ただいま~!」

「ただいま。風呂沸いてる?」


苺と霞がリビングに入ると、架鞍が雑誌から顔を上げる。


「お帰り」


禾牙魅が、洗面所から出てきた。


「遅かったな。ああ、風呂は沸かしておいた」


禾牙魅に「ありがとう」と言うと、苺は架鞍に歩み寄る。


「架鞍くん架鞍くん」


振り向いた架鞍に、ラッピングされた大きな包みを差し出す苺。架鞍は、面食らったようだった。


「なに?」

「お前に礼が言えるとは思ってねえからせめて受け取ってやれよ? 苺ちゃん、お金ないのにお前のためにって……」

「わー霞ストップストップ!」


慌てる苺から包みを受け取り、ラッピングを丁寧にはがして魅入る架鞍。苺は照れくさくて、早口に言った。


「キレイな絵でしょ? 霞から、こういうの架鞍くんが好きだって聞いて……。えっと……気が向いたら暇つぶしにしてね」


そして苺は、階段を駆け上がっていく。

相変わらず架鞍は無表情のままだったけれど。

ぺら、とそっと画集をめくった彼を見て、霞は嬉しかった。架鞍は完全に興味がないものには、徹底的にシカトをする。画集はそこそこに、架鞍の気を引いたようだった。





【苺Side】


翌日、わたしは上機嫌だった。

今日はなんだか、架鞍くんの雰囲気が優しい気がしたのだ。特別声はかけられなかったけれど、わたしを見る視線がいつもよりも和やかだ。

これも、霞のおかげかな……。

なんて思いながらお風呂上がり、髪をとかしていたら櫛がひっかかった。


「あいたたたっ、なんで毎日梳かしてるのに、こう巣食うかなあ」

「苺ちゃんのお風呂上りの石鹸の香りってさいっこ~」


突然の声に、わたしはぎょっとする。いつのまにか霞が、脱衣所に立っていた。

気配がないのか、この男は!


「さいて~……何しにきたの?」

「何って……風呂入りに」

「じゃあもうちょっと待って、髪に巣食っちゃって……いたたっ」

「それはね~梳かし方がまずいんだよ、貸してみな?」

「霞、出来るの?」


いいから、と霞は歩み寄ってくる。


「櫛、貸してみ? 苺ちゃんの髪の毛長いし、最初はこうして下のほうから梳かしてくんだよ。それで……」


そう言ってわたしから受け取った櫛で、わたしの髪の毛を丁寧に梳かしていく霞。

なんだか無性に恥ずかしくなって来た。


「かっ霞の髪の毛も梳かしてあげるっ!」

「へっ?」


櫛を奪い取り、霞の髪を縛っていた紐を取って梳かし始める。

うわ、霞の髪の毛ってさらさらしてて気持ちいい……。

霞がふと、くすくす笑う。


「苺ちゃんの手の感触、気持ちいいな~」

「! バカっ!」


顔が、熱くなる。きっと真っ赤になっている。

でも、……こうしていると、元カレとの傷も癒されていく気がする。

霞といると……なんだか、幸せな気分になれる……。

イジワルだけれど。エッチだけれど。

でも──。


とくん、と心臓が音を立てるのがわかった。
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