オオカミ双子と男装執事

希彗まゆ

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●第2話

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「まあまあ、とりあえず今日のところはご勘弁くださいませんか」

 割って入ってくれたのは、赤波社長だった。
 いや、割って入ってくれなくちゃ困る! こんな話、全然聞いていなかったもの!
 必死にすがるようなわたしをちらりと見て、社長は微笑んだ。

「山桜桃木くん。執事の部屋は通常別邸に割り当てられているが、きみは玲さんと輪さん直属、いうなれば特別な執事だ。ここ本邸の、玲さんと輪さんの部屋の中間の部屋で過ごしてくれ」
「えっ……」

 そんな近くで着替えとかしなくちゃいけないの……!?
 ばれるのも時間の問題かと思われますが……!?
 けれどわたしが慌てふためくのを尻目に、社長は、

「では、私はこれで失礼いたします」

 と、去って行ってしまった。
 双子もそれに異を唱えるわけでもなく、というか当然のような顔をしてわたしを見ている。
 緊張どころの騒ぎではない。

「あ、あの、ぼ、くも……下がってもよろしいでしょうか……い、いきなりのことですので、少し疲れておりまして……」

 冷や汗がどんどん背中をおりていくのがわかる。
 八月だからというよりは、絶対緊張からだろう。だってここは全館冷房。この部屋もエアコンがキンキンに効いている。

「そうだな。じゃ、部屋に案内してやる」
「荷物はほかの執事たちに運ばせてるから、その整理もしないとね」
「えっ、お、お二方がじきじきにそんなことしてくださらなくても……!」

 正直、早くひとりになりたい! ひとりになって、気持ちの整理がしたい、いろいろと!
 慌てふためくわたしを見ていて面白かったのか、玲さんは意地悪げな笑みを浮かべた。
 グっと肩を抱き寄せられ、ドクンと心臓がはねた。
 ふわりと胸の中に抱き入れられて、頭のてっぺんまで血がのぼる。

(あ……いいにおい……)

 こんなにいいにおいのする男の人って、初めてだ。
 まあ、わたしは見た目もどちらかといえば地味だし、そんなに恋愛に積極的ではなかったからというのもあるけれど、二十六歳のこれまで彼氏というものがいたことがない。こんなに男性に近づいたことも、触れたことすらほぼなかった。
 甘くてバニラの香りに似ていて、甘ったるいほどではないのに、身体の中まで入り込んで鼓動が早くなってしまう。

「真っ赤だな。初々しい」
「あっ、玲ばっかりずるいよ。僕も!」
「ひぁっ!」

 輪さんも抱き着いてきて、わたしは双子に挟まれるかっこうになってしまった。
 こ、こんなに密着されたら……ばれる……!
 女だってばれちゃうよ……!

「優馬って、甘い香りがするね」

 輪さんが、わたしの首筋に無邪気に鼻をうずめてくる。ぞくぞくっ!とおなかの奥までなにかが伝わってきて、思わず「んっ……!」と声が上がってしまった。
 それを聞いて、うれしそうに輪さんが笑う。

「声もかーわいい。ねぇ、もっと聞かせてよ」
「や、やめてくださっ……ふぁっ……!」

 長い指で首筋をくすぐられ、びくびくしてしまう。なに、これ……くすぐったいのに、なんだか……ヘン……!

「小柄で華奢で……俺好みだ。腹筋もあまりないようだな」
「ひぁんっ!」

 玲さんが、するっとおなかに手を這わせてくる。筋肉のつき方を確かめているのだろう、その動きにおなかの奥がきゅんっと疼いた。

「涙まで浮かべちゃって、ほんとかわいい。こういうの、初めて?」

 輪さんの言葉に必死にうなずく。

「は、初めてです……! 誰かに触られたことなんか、いちども……!」
「じゃ、俺と輪で競争だな」

 玲さんの言葉に、輪さんも楽しそうに微笑む。

「そうだね。僕と玲の、どっちが先に優馬を抱くか」
「だ……抱くっ……?」

 え、なにかの冗談……だよね……?

「あ、あの、抱くって……どういう意味の……」
「セックスのことだ。決まってるだろ?」
「大丈夫。優馬のことも、ちゃんときもちよくしてあげるからさ」

 完全に獲物をロックオンしたかのような玲さんと輪さんのギラギラした瞳に、いろんな意味で泣きそうになるわたしだった。

「ここが優馬の部屋だよ」
「足りないものがあればいつでも言え。すぐに手配させる」

 あまりにわたしがおびえていた(というかいろいろな意味で緊張していた)のをさすがに不憫に思ったのか、双子はその夜はきちんと部屋まで送ってくれた。
 これが執事の部屋か、と思うほど広い。十畳以上は絶対にある。
 ベッドにテーブル、椅子。クローゼットはもちろんのこと、冷蔵庫に電子レンジまでついている。小さいけれどキッチンスペースまで作られていて、驚きの連続だ。

「バスルームはこっち。小さいけど。トイレはそっちね。いろいろ使い方がわからなかったら言って」
「あ、ありがとうございます……! たぶん大丈夫です!」

 こんなにいい部屋を用意してもらえるなんて、恐縮すぎる。部屋というか、もう家だ。ここだけで普通だったらけっこういい値段の家賃を持っていかれるだろう。

「じゃ、おやすみ」
「ゆっくり眠れよ」
「はい! おやすみなさい!」

 双子が去り、パタンと扉が閉まると、一気に体の力が抜けた。

「はぁ~……」

 双子に会って一時間もしなかったと思うのに、一生分ドキドキさせられた気分だ。
 考えることもやらなくちゃいけないこともたくさんあると思うけど、いまはもう休もう。人生に休憩は絶対に必要だ。
 これまでの疲れが一気に出たのか、わたしはベッドに倒れこみ、深い眠りに落ちていった。


********

「……ま。優馬。朝だよ、起きて」
「う~ん……」

 誰かのやさしいささやき声に、わたしは寝返りを打った。
 なにか夢を見ていた気がするけれど、覚えていない。それくらい、深い眠りだったのだろう。
 でも、まだ眠いな……夏で暑いはずなのに、ぜいたくにもエアコンがきいていて、夏用の布団が冷やされていてきもちがいい。

「優馬。起きないとキスするよ?」
「ゆうまって……」

 誰のこと? と聞き返そうとしたわたしは、ハッと目を開けた。
 とたん、視界いっぱいににこにこしたイケメンの顔が飛び込んできて、悲鳴を上げそうになった。

「静かにしないと、本当にキスするぞ」
「んんっ……!」

 背後からにゅっと大きな手がのびてきて、わたしの口をふさぐ。振り仰ぐと、そこにはまたおなじ顔のイケメンが……!
 あ、そうか……玲さんと輪さんだ。
 わたし……男の執事として、この双子の執事として──この邸に送り込まれたんだった……。

「お、おはようございます」

 丁寧に口から玲さんの手を外し、わたしは挨拶をした。
 そのまま起き上がろうとしたのだけれど、ガシッと両側から双子に肩をつかまれ阻まれる。

「あ、あの……起きないと、業務が……」
「これも業務のうちだ。ゆうべ言っておいただろう?」
「僕たち、優馬とイチャイチャしたいんだ」
「な、なにをおっしゃって……ひぁっ!」

 背後からおなかに手を回され、ビクリと身体が震えた。わたしを胸の中に抱き入れた玲さんが、耳元で甘くささやく。

「着替えないで寝たのか? 悪い子だな。着替えさせてやろうか」
「あっ、それいいね! 僕も手伝う!」
「まっまって! めくりあげちゃだめっ! ぁんっ!」

 するりと服の裾から大きな手がすべりこんできて、じかにおなかに触れる。くすぐるようにおへそから腰骨までをなぞられ、ずくんと甘い疼きが下半身に走った。
 なに? これ……こんな感覚、初めて……!

「いい声が出たな。なぁ、輪。賭けないか? 俺とおまえ、どっちがこいつをいい声で鳴かせられるか」
「賞品は?」
「こいつの、『初めて』」
「乗った!」

 がばっと輪さんまで真正面からわたしを抱きしめてくる。完全に双子に挟まれた……! ふたりとも甘い香りがして、くらくらするっ……!

「まってっ……そ、そんな……勝手に賭けとかっ、……ひぁんっ!」

 ちゅ、と耳元にくちづけられ、甘いしびれが走った。輪さんが、無邪気に微笑む。

「優馬って、感度よすぎない? 初めてだからかな?」
「女みたいな声で鳴くんだな。……そそられる」
「やっ! そ、そこだめぇっ! ぁんっ……!」

 ちゅ、ちゅっと玲さんが、わたしの首の後ろから背筋までをあらわにし、くちづける。前からは輪さんが、鎖骨、胸元までに唇と舌先を這わせて、……男性からこんなことをされるのももちろん初めてだし、しかもふたりから同時にこんな……!
 完全にパニック状態だ。
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