星物語

秋長 豊

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第9章 シクワ=ロゲン祭<開幕>

33、銀の卵事前公開

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 町中に真っ青な垂れ幕が掲げられる六月一日の祝日「キャンバロフォーンの日」も過ぎ、いよいよ銀の卵が事前公開される六月三日が訪れた。大樹堂はいつもより数倍も多くシブーが各フロアを行き来していて、使節団屯所内でも午前七時には全団員が出欠を取り終えていた。

「さぁ、全員そろいましたね。これから大集会場に入場します」

 オウネイがリビングでリラックスしていた団員に呼び掛け、一同は屯所を後にした。集会場の堅牢で巨大な正門をくぐり抜けると、無数の席が横にも縦にもずらっと並んでいた。顔も名前も知らないシブーが同じ制服を着て席に座っているのを見ると、自分も組織のごく一部にすぎない存在なのだとしみじみ感じた。

 席に着いて三十分ほどたつと、男性のアナウンスが流れお披露目式典についての説明が始まった。それから何人か偉い人が壇上に立ち、シクワ=ロゲン祭開催の無事を祈る言葉や三大国の平和を維持しようという言葉がたびたび聞かれた。
 そろそろ聞き飽きてきた頃、隣に座っていたリフが夢見心地な声で静かに言った。「ロッフルタフ女王だ」
中央の壇上に現れた一人の女性は、華美な服装に身をまとい厳かな雰囲気の中周囲を見渡していた。遠目には見えづらかったが、まさに麗しいという言葉がこれほどまでに似合う女性はいないだろうと思うのがエシルバの意見だった。

「十年に一度のシクワ=ロゲン祭は、八一〇年に開催されたアマク祭を皮切りに、一〇一〇年まで中止することなく継続してきました。しかし、一〇二〇年のアマク祭はこの大樹堂で起こった反乱の影響により中止の判断をせざるを得ない状況に陥りました。この十年間はシクワ=ロゲンで起こった不祥事の清算をするため、多くの自粛や反省をしてきました……」

 誰もが女王の言う言葉の一つ一つを頭の中に入れてかみしめていたに違いない。エシルバも十年前の悲劇を想像するのはつらかったし、ましてや自分の父親が首謀者として引き起こしたという事実は今のところ変えようがないのだ。

「――ですが、私たちは決して負けてはなりません。己自身に、心に、シブーであるという使命感を奮い立たせるのです。もう二度と負の歴史を繰り返さぬよう、三大国の全国民が幸福になれるよう道を共に示していきましょう」

 女王は力強く言うと目の前に置かれた台の前に歩み寄り、丸みのある形にかぶさった布を取り払った。白く、夜の闇に浮かぶ月のようにまばゆい光を放つ銀の卵だった。

 なんて美しいのだろう。目の前の女王でさえもかすんでしまうくらい、銀の卵は異様な光を放ち続けていた。会場には盛大な拍手が一瞬にして広がり、しばらく鳴りやむことはなかった。

 使節団の屯所に戻ってからも、エシルバは会場で見た光景を忘れることができなかった。お披露目パーティーというだけあって、式典が終わった後は二十三階と二十四階にある宴会場で盛大な食事会にイベント続きで目が回るほど忙しかった。エシルバはなるべく使節団のメンバーから離れないように歩いていたが、とにかく初めて見るシブーに数え切れないほどのあいさつをされるのでいちいち足を止めなくてはならなかった。

「あ、ジュビオの父さんもいるみたい」

 リフがキャンディーを口に入れながら遠目に見て言った。

「そりゃあいるさ、彼は近衛師団の偉い人なんだからさ。それよりリフ、僕は早く屯所に帰っていつも通りの仕事をしたいよ」

「こんだけ大人数いればたった二人くらい抜けても分からないって」

 リフはぼやきながらエシルバと視線を交わしニヤッと笑った。宴会場を抜け出した二人はマンホベータに乗って使節団の屯所に直帰した。

 案の定屯所の中には誰もおらず、広々と快適に過ごすことができそうだった。バルコニーに出ようとエントランスを抜けてリビングに出たところで、なんと運悪くシィーダーにに鉢合わせてしまった。

 彼の顔はあからさまに不機嫌そうで、口を開いたところでいいことを言われないであろうことは簡単に予想できた。なので、リフが先手を打ってこう言った。

「ちょっとトイレをしに来ました」

 シィーダーはリフの膨らんだポッケに注目していた。

「大事なお披露目パーティーに、一体なにを詰め込んでいる?」

「いえ、これはなんでもないんです」

「見せてみろ」

 ヘビににらまれたカエルのリフは、観念した様子でポケットの中に詰め込まれたいっおぱいのお菓子をテーブルの上に広げた。

「女王が出席される式典にこのようなものを持ち込むのは甚だ失礼と言わざるを得ない。使節団の団員として出席していることを君は忘れているようだがね、これは恥ずべき行為なんだぞ」

 こってりしぼられたエシルバとリフは窓すらない取調室のような部屋で反省文を書かされることになった。屯所で暇をつぶす願いは見事にかなったわけだが、シィーダーが付きっきりなら宴会場でおとなしくしていたほうが何倍もマシだ。

「なんでシィーダーがいるんだよ」

 リフが隣の席で反省文を書くエシルバにコソコソ言った。だが、バンと仕切り代わりに置かれた本の山のせいで二人は会話もままならなくなってしまった。団員たちがパーティーを終えて戻ってくる頃には、みんなどうしてエシルバとリフが青い顔をしてぐったりしているのか分からなかったらしい。

 来月開催されるシクワ=ロゲン祭に向けて、大樹堂にある各部署は準備に追われて忙しい日々を過ごしていた。なにせ大樹堂を一般公開する一大イベントなわけだし、シブーとしてみっともない醜態をさらすわけにはいかないのだ。幹部たちは十年に一度、強いて言うならたった三日だけ行われるこの祭りに対して、必ず成功させなければならないという使命感に駆られているのだ。
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