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第3章 シブーになる
20、最初の洗礼
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酸欠気味になった4人は様子を見てから外に出た。ポリンチェロはアーガネルを見つけるやいなや、3人を置いて彼女の元に行ってしまった。
「ねぇ、ところでオウネイの隣の席、どうして誰も座っていないの?」
エシルバは膝についたほこりを払いながら遠くにある席を見て言った。
「あそこはシハンの席だよ」リフが答えた。
「シハンって、グリニアって人のことだよね。使節団の中で一番偉かった人」
「偉いもなにも、あの人は伝説だ。目が見えないらしいけど、どういうわけか、背中に目がついているんじゃないかってくらい、なんでも見えるんだ。超人だよ。どうしたらあんな人になれる? ……でも彼は仕事を辞めた。使節団のトップはシハンしかいない。ギノエっていうのはあくまでサブリーダーみたいなものだ」カヒィは言った。
「グリニアはどこにいるの?」
「分からない」リフは首を振った。
「でも、空席なのはおかしいよ。パナン=シハンでさえ、ジグの代わりにナジーンって人が入ったのに」
「シハンになれる器の人間って一握りだ。きっと、今の使節団には一人もいないぜ」
「心配はいらない。親玉がいなくても組織は回るもんだ」
カヒィはえらくさっぱりとした口調で言った。エシルバとリフにしてみれば、どこか人ごとのように振舞う彼の言動は不思議だった。理解不能とまではいかないも、同年代の子にしては一風変わっていたし、ひょうひょうとしている。
カヒィは突然ニンマリ笑ってゴイヤ=テブロでこんな資料を見せてくれた。
カヒィは一番低い役職なしのラディンスを指さすと「エシルバと僕はここからのスタート」と教えてくれた。
1、2、3……数えてみても、シハンまでたどり着くにはいくつもの称号名が連なっていた。
「先が遠いよ」
「心配しなくてもそう簡単には昇級させてくれないさ」
カヒィは鼻をかきながらのんびりとした口調で言った。
「ユイ以上なんて夢のまた夢。ユイ=パナンからパナン=シハンに昇格するのは至難の業だからね。勉強だけできればいいってわけじゃないから。ブユ=ブーとして強くなきゃいけない。
まぁ、君らは称号争いのレースに入るんだろうけど、俺は違うぜ。パイロット志望だから星階級じゃなくてサイポスの等級制だもん」
エシルバはリフの話を聞いて耳が痛くなった。
「称号争いが激化しそうだ。うわさじゃ、シィーダーはパナン=シハンの座を狙っているらしいよ。あの人、パナン=シハン見送りになっていたからね。
不思議なことにシハンからは信頼されていた。ジグと同期らしいんだけど――犬猿の仲だった。両腕は事故で切断したらしい」
エシルバは、内心シィーダーがそれほど怖い人間には見えないと思ったが、口には出さなかった。
そこへ、先ほどの執事ジャキリーンがやってきてリフに耳打ちした。リフは何回かうなずいてから「今取り込み中なんだ」と断った。
「行かなくていいの?」
カヒィがジュビオレノークをチラッとみてから言うと、リフは嫌そうにした。
「お友達のお坊ちゃんがお呼びだ」とさらにあおる。
「友達だって?」
「それに、僕と長いこと一緒にいればいずれろくでもない風評被害に遭うよ」
リフはいきなり大笑いして涙をこぼし、やがてエシルバの耳元でこう言った。
「君、そりゃあないぜ! ここにカヒィ|レフタがいるのに?」
「どういう意味?」
「君は少し後に入ってきたから知らないだろうけど、こいつは入団早々ばかやらかした張本人さ! 新団員のやつらみんなこいつとは距離置いてるぜ。まさに危険人物リストに入れられちまったってわけ」
含み笑いでこちらを見るカヒィを横目にリフは続けた。
「入団初日、ゴキブリシートにシィーダーの尻をくっつけやがった。大目玉も大目玉、シィーダーはもうカンカンに怒ってカヒィにシートを共用廊下に設置しない契約書と反省文を書かせた」
「でも、どうして」
「こいつ、虫が大嫌いなんだよ。最初、自分の部屋に入ってまず、昆虫駆除用の粉を大量に吹きかけた。
それから夜にゴキブリが歩く音が聞こえたらしい、こっそり設置した罠にシィーダーが運悪く引っかかった。ハエたたき棒でぶったたいたんだ。思いきりな」
なるほど、ゴキブリシートにかかったシィーダーを虫と勘違いしてハエたたき棒でたたいたのか。いや、全然納得できない。一体どう間違ったら人間とあの生き物とを見間違えるというのだろう。
「とにかく大したやつだよ。あれ以来、カヒィの苦手なものは虫とシィーダーさ」
「全部聞こえてますけど」
カヒィの一言でリフはハッと口を押さえた。
「いいか、エシルバ。誰だってその可能性を秘めているもんだ。
人生順風満帆に見えても、船が沈めば大惨事。それに――俺とあいつは親同士が仲良いだけだ。それとこれとは話が違う。それに、君の方がイカしてる。
ん? ……どうしたんだよ、深刻そうな顔して! きっとこの先大丈夫さ。何でかって……君はシクワ=ロゲン使節団に入団したからだ。
それはつまり、最高の指導者に教えてもらえるってこと。君をサポートしてくれる大人たちが必ずついていてくれる。まぁ、俺に任せとけって。こう見えて順応性は高い方なんだ」
「ありがとう」
「自信をもて。周りが君のことをなんて言おうが気にするな。
俺の父さんはよく、悲しいことよりも、楽しいことをたくさん考えろって言うんだ。その通りだと思うよ」
「君のお父さん、良い人だね」
「はは、もうポジティブすぎるんだから、まいっちゃうよ」リフは苦笑いした。「いやぁ、にしても昨日は興奮したよね。だってあの、ジグ|コーカイスが生きていたんだから!
ジグは最高だよ。こんなこと言っちゃうとルゼナンから小突かれそうだけど。パイロットになりたくて入団したのに、一番に尊敬する人がパイロットじゃないんだから。ジグは19歳でパナン=シハンになったんだ、歴代最少年!」
リフはジグの話になるとまぁ熱が入った。エシルバも多少のことは知っているつもりだったが、リフはそれ以上にマニアックなこともいろいろ知っていた。ガムを千回かむ癖があるとか、服にはこだわりがあって、家の地下に巨大クローゼットがいくつもあるとか……
そんな感じで話していたら、リフのパイロット秘話に移り変わり、ロラッチャー大会での息をのむような実話をたくさん聞かせてくれた。
「本当にすごいよ、リフ!」
エシルバは興奮して言った。
「ありがとう。でも、ここじゃすごい人が多すぎてかすんじゃうよ」
天才パイロットのリフが”すごい人”なんて言うくらいなのだ。実際知らないだけで、うんと強い人や恐ろしい人がいるに違いない。
「比べると自分がつらくなるだけさ」
唐突なカヒィの言葉にエシルバとリフはキョトンとなった。
「比べなくたって、俺たちは常に比べられて生きてる。そういう主義を貫くのはいいけど、今につらくなるぜ、カヒィ? 知り合いのシブーにもそういうタイプの人がいたけど、結局自滅しちまった。現に今、君ってかなり浮いてるんだぜ、知ってる?」
そこまで言わなくても、というのがエシルバの本心だったが、カヒィの話にはまだ続きがあった。
「比べるとどうなる? 足りないものがほしくなるんだよ。だから心はいつまでたっても満足しない」カヒィは自分の胸に手を当てて言った。
「あぁ、それってあいつのことか」リフはジュビオレノークを遠目に見て言った。「世界は蹴落とし合いで、よりうまく蹴飛ばした方が王座に座れるって考えてる」
エシルバはリフの話を聞きながら、執事を横に置いて座るジュビオレノークを見返した。
「さっそく仲良くなったみたいだな」
振り向くと、人の良さそうな笑顔を浮かべる長身の男が立っていた。短髪で、整った短いひげを生やしており、小粒な目が印象的だ。胸にはロラッチャーマークのワッペンが着いていて、腰には立派なパイロット帽が下がっている。
「聞いてたの?」リフはサッと顔を青くした。
「2人とも、よろしくな。俺はルゼナン。リフは第二の弟子で、第一の弟子はこっちのアダ|シューレだ。リフに関して言えばほぼ確定案件だ」
ルゼナンの後ろで目立たない真面目そうな青年がペコリと頭を下げた。無口そうなのが一目で伝わってくる風貌は、歩く石像のように寒々としている。
「これから屯所内を見て回るのか?」
エシルバはうなずいた。
「……にしても、せっかく同期3人がそろったっていうのに、相変わらずシィーダーのやつは素っ気ない。話そうと思ったらどっかに行っちまうし」
「え! ルゼナンも2人と同期だったの?」リフは驚いた。
「あぁ、そうだよ。おっと、戻って来たみたいだな。それじゃあ」ルゼナンは去り際にエシルバとカヒィを見た。「コダンパス船に乗りたければいつでも来いよ。きっとエム=ビィも喜ぶ」
歓迎会後、エシルバは屯所内を見て回るためにブルウンドと再会した。
使節団の屯所は正確に数えると30もの部屋があり、エントランス、リビング、ダイニング、サロン、会議室、図書室、資料室、研究室、殿堂室、執務室、大ホール、管理人室、さらには室内プールやサウナまで完備されていた。
屯所の案内が終わると、次はルバーグによる格納庫の説明だった。次から次へと忙しかったが苦痛ではなかった。
「これから行く場所は大樹堂の格納庫だ。転送道具を登録しなくてはならない。格納庫に物を登録すれば、転送して手元に送ることができる」
そう言うなり、ルバーグはものの数秒で手元のバドル銃に刃を転送させた。何もない所から武器がパッと出現した。こんな便利な機能がこの世界にあるなんて信じられない気分だった。一体どういう仕組みなのだろう。
「今、私はバドル銃の刃だけをここに転送させた。シクワ=ロゲン規則第21項のバドル銃の扱いでは、刃は本体とは別に格納庫へ納めなければならないと明記されている。
刃を常備するのは規則違反となるので注意するように。それでは、実際に格納庫へ行こう。私の後についてくるように」
格納庫まではマンホベータを使えばあっという間だった。そこは広々とした一面真っ白な空間で、ずっと先まで背の高い棚が続いている。ルバーグはマンホベータを降りてスタスタ歩きだした。エシルバはこの巨大な空間に圧倒されていた。
「2番ゲートから入室手続きをする」
2番ゲート? 一体どれのことだろう。エシルバはわけが分からなかった。
しかし、ルバーグが「下を見なさい」と言いたげにこちらを見てきたのでやっと理解できた。足元が「2番ゲート」とキラキラ光っていた。やがて透明な膜が現れ、ルバーグはそれをくぐり抜けた。
「大樹堂格納庫にようこそ。ご利用でしたら、ゴイヤ=テブロ認証個人番号をご提示ください」
案内の女性が歩いてきて言った。
ルバーグは手からゴイヤ=テブロの触光ホログラムを浮かばせ、認証個人番号を見せた。エシルバたちは彼からそのやり方を教わり、同じようにした。
ゴイヤ=テブロはとても便利な通信機器で、これ一つで個人情報をまとめて管理することができた。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
「新しい団員の個人格納庫を新たに開設してほしい」
「個人格納庫の新設ですね。かしこまりました。それではご案内します」
案内係はエシルバたちを一台のリフトに乗せた。
安全バーが下がるとリフトは滑空線をたどって上昇し始め、棚の中間で止まった。棚の引き出しには役人の名前がずらりと並んでいる。その中にみんな自分の名前があるのを確認した。
「さぁ、名前のプレート部分に手をかざしてごらん」
ルバーグが促すように大きな声で言った。「この引き出しは君たち専用の物だ。本人以外には絶対に開けられないようになっている」
エシルバがプレートに触れると、空気が抜ける音とともに引き出しが飛び出してきた。大人が5人はすっぽり入りそうな大きさで、いくつかのスペースに区切られていた。そこへ、用意されていた刃が手元に渡されたので格納した。
「貴重品を登録しておくのが主流だが、コートやローブを登録するシブーもいる」
ルバーグはこの場で15分ほど説明しただろうか、とにかく格納庫での作業はこれくらいだった。
日も暮れる頃、エシルバはブルウンドとジグに連れられて帰り道を歩いていた。
大樹堂の目の前にあるモンテ=ペグノ大広間は多くの人でごった返していたが、その中で何やらカメラやマイクを持った明らかにマスコミ関係者と思われる大人に囲まれて、何かを話すジュビオレノークの姿が見えた。
彼と目が合ったと思ったら遅かった。
「僕と同時期に入った仲間を紹介します」
ジュビオレノークは真っすぐこちらを見て、エシルバの手を引きカメラの前に引っ張り出した。一瞬どよめきが起こり、多くの視線がエシルバに注がれていた。
「彼がエシルバ|スーです」
既に人だかりが2人を囲んでいたため、ジグとブルウンドが入り込んでくる余地はなかった。
「なんということでしょうか、ゴドラン|スーの息子、エシルバが既に使節団入りしていたとのことです!」リポーターが興奮して言った。
次々に質問が飛び交うなか、ジュビオレノークは爽やかな笑みを浮かべエシルバと握手を交わした。意味ありげな、息の詰まりそうな長い握手。
ジグの姿を隙間から見つけたエシルバはとっさに抜け出し彼の手をつかんだ。
「ねぇ、ところでオウネイの隣の席、どうして誰も座っていないの?」
エシルバは膝についたほこりを払いながら遠くにある席を見て言った。
「あそこはシハンの席だよ」リフが答えた。
「シハンって、グリニアって人のことだよね。使節団の中で一番偉かった人」
「偉いもなにも、あの人は伝説だ。目が見えないらしいけど、どういうわけか、背中に目がついているんじゃないかってくらい、なんでも見えるんだ。超人だよ。どうしたらあんな人になれる? ……でも彼は仕事を辞めた。使節団のトップはシハンしかいない。ギノエっていうのはあくまでサブリーダーみたいなものだ」カヒィは言った。
「グリニアはどこにいるの?」
「分からない」リフは首を振った。
「でも、空席なのはおかしいよ。パナン=シハンでさえ、ジグの代わりにナジーンって人が入ったのに」
「シハンになれる器の人間って一握りだ。きっと、今の使節団には一人もいないぜ」
「心配はいらない。親玉がいなくても組織は回るもんだ」
カヒィはえらくさっぱりとした口調で言った。エシルバとリフにしてみれば、どこか人ごとのように振舞う彼の言動は不思議だった。理解不能とまではいかないも、同年代の子にしては一風変わっていたし、ひょうひょうとしている。
カヒィは突然ニンマリ笑ってゴイヤ=テブロでこんな資料を見せてくれた。
カヒィは一番低い役職なしのラディンスを指さすと「エシルバと僕はここからのスタート」と教えてくれた。
1、2、3……数えてみても、シハンまでたどり着くにはいくつもの称号名が連なっていた。
「先が遠いよ」
「心配しなくてもそう簡単には昇級させてくれないさ」
カヒィは鼻をかきながらのんびりとした口調で言った。
「ユイ以上なんて夢のまた夢。ユイ=パナンからパナン=シハンに昇格するのは至難の業だからね。勉強だけできればいいってわけじゃないから。ブユ=ブーとして強くなきゃいけない。
まぁ、君らは称号争いのレースに入るんだろうけど、俺は違うぜ。パイロット志望だから星階級じゃなくてサイポスの等級制だもん」
エシルバはリフの話を聞いて耳が痛くなった。
「称号争いが激化しそうだ。うわさじゃ、シィーダーはパナン=シハンの座を狙っているらしいよ。あの人、パナン=シハン見送りになっていたからね。
不思議なことにシハンからは信頼されていた。ジグと同期らしいんだけど――犬猿の仲だった。両腕は事故で切断したらしい」
エシルバは、内心シィーダーがそれほど怖い人間には見えないと思ったが、口には出さなかった。
そこへ、先ほどの執事ジャキリーンがやってきてリフに耳打ちした。リフは何回かうなずいてから「今取り込み中なんだ」と断った。
「行かなくていいの?」
カヒィがジュビオレノークをチラッとみてから言うと、リフは嫌そうにした。
「お友達のお坊ちゃんがお呼びだ」とさらにあおる。
「友達だって?」
「それに、僕と長いこと一緒にいればいずれろくでもない風評被害に遭うよ」
リフはいきなり大笑いして涙をこぼし、やがてエシルバの耳元でこう言った。
「君、そりゃあないぜ! ここにカヒィ|レフタがいるのに?」
「どういう意味?」
「君は少し後に入ってきたから知らないだろうけど、こいつは入団早々ばかやらかした張本人さ! 新団員のやつらみんなこいつとは距離置いてるぜ。まさに危険人物リストに入れられちまったってわけ」
含み笑いでこちらを見るカヒィを横目にリフは続けた。
「入団初日、ゴキブリシートにシィーダーの尻をくっつけやがった。大目玉も大目玉、シィーダーはもうカンカンに怒ってカヒィにシートを共用廊下に設置しない契約書と反省文を書かせた」
「でも、どうして」
「こいつ、虫が大嫌いなんだよ。最初、自分の部屋に入ってまず、昆虫駆除用の粉を大量に吹きかけた。
それから夜にゴキブリが歩く音が聞こえたらしい、こっそり設置した罠にシィーダーが運悪く引っかかった。ハエたたき棒でぶったたいたんだ。思いきりな」
なるほど、ゴキブリシートにかかったシィーダーを虫と勘違いしてハエたたき棒でたたいたのか。いや、全然納得できない。一体どう間違ったら人間とあの生き物とを見間違えるというのだろう。
「とにかく大したやつだよ。あれ以来、カヒィの苦手なものは虫とシィーダーさ」
「全部聞こえてますけど」
カヒィの一言でリフはハッと口を押さえた。
「いいか、エシルバ。誰だってその可能性を秘めているもんだ。
人生順風満帆に見えても、船が沈めば大惨事。それに――俺とあいつは親同士が仲良いだけだ。それとこれとは話が違う。それに、君の方がイカしてる。
ん? ……どうしたんだよ、深刻そうな顔して! きっとこの先大丈夫さ。何でかって……君はシクワ=ロゲン使節団に入団したからだ。
それはつまり、最高の指導者に教えてもらえるってこと。君をサポートしてくれる大人たちが必ずついていてくれる。まぁ、俺に任せとけって。こう見えて順応性は高い方なんだ」
「ありがとう」
「自信をもて。周りが君のことをなんて言おうが気にするな。
俺の父さんはよく、悲しいことよりも、楽しいことをたくさん考えろって言うんだ。その通りだと思うよ」
「君のお父さん、良い人だね」
「はは、もうポジティブすぎるんだから、まいっちゃうよ」リフは苦笑いした。「いやぁ、にしても昨日は興奮したよね。だってあの、ジグ|コーカイスが生きていたんだから!
ジグは最高だよ。こんなこと言っちゃうとルゼナンから小突かれそうだけど。パイロットになりたくて入団したのに、一番に尊敬する人がパイロットじゃないんだから。ジグは19歳でパナン=シハンになったんだ、歴代最少年!」
リフはジグの話になるとまぁ熱が入った。エシルバも多少のことは知っているつもりだったが、リフはそれ以上にマニアックなこともいろいろ知っていた。ガムを千回かむ癖があるとか、服にはこだわりがあって、家の地下に巨大クローゼットがいくつもあるとか……
そんな感じで話していたら、リフのパイロット秘話に移り変わり、ロラッチャー大会での息をのむような実話をたくさん聞かせてくれた。
「本当にすごいよ、リフ!」
エシルバは興奮して言った。
「ありがとう。でも、ここじゃすごい人が多すぎてかすんじゃうよ」
天才パイロットのリフが”すごい人”なんて言うくらいなのだ。実際知らないだけで、うんと強い人や恐ろしい人がいるに違いない。
「比べると自分がつらくなるだけさ」
唐突なカヒィの言葉にエシルバとリフはキョトンとなった。
「比べなくたって、俺たちは常に比べられて生きてる。そういう主義を貫くのはいいけど、今につらくなるぜ、カヒィ? 知り合いのシブーにもそういうタイプの人がいたけど、結局自滅しちまった。現に今、君ってかなり浮いてるんだぜ、知ってる?」
そこまで言わなくても、というのがエシルバの本心だったが、カヒィの話にはまだ続きがあった。
「比べるとどうなる? 足りないものがほしくなるんだよ。だから心はいつまでたっても満足しない」カヒィは自分の胸に手を当てて言った。
「あぁ、それってあいつのことか」リフはジュビオレノークを遠目に見て言った。「世界は蹴落とし合いで、よりうまく蹴飛ばした方が王座に座れるって考えてる」
エシルバはリフの話を聞きながら、執事を横に置いて座るジュビオレノークを見返した。
「さっそく仲良くなったみたいだな」
振り向くと、人の良さそうな笑顔を浮かべる長身の男が立っていた。短髪で、整った短いひげを生やしており、小粒な目が印象的だ。胸にはロラッチャーマークのワッペンが着いていて、腰には立派なパイロット帽が下がっている。
「聞いてたの?」リフはサッと顔を青くした。
「2人とも、よろしくな。俺はルゼナン。リフは第二の弟子で、第一の弟子はこっちのアダ|シューレだ。リフに関して言えばほぼ確定案件だ」
ルゼナンの後ろで目立たない真面目そうな青年がペコリと頭を下げた。無口そうなのが一目で伝わってくる風貌は、歩く石像のように寒々としている。
「これから屯所内を見て回るのか?」
エシルバはうなずいた。
「……にしても、せっかく同期3人がそろったっていうのに、相変わらずシィーダーのやつは素っ気ない。話そうと思ったらどっかに行っちまうし」
「え! ルゼナンも2人と同期だったの?」リフは驚いた。
「あぁ、そうだよ。おっと、戻って来たみたいだな。それじゃあ」ルゼナンは去り際にエシルバとカヒィを見た。「コダンパス船に乗りたければいつでも来いよ。きっとエム=ビィも喜ぶ」
歓迎会後、エシルバは屯所内を見て回るためにブルウンドと再会した。
使節団の屯所は正確に数えると30もの部屋があり、エントランス、リビング、ダイニング、サロン、会議室、図書室、資料室、研究室、殿堂室、執務室、大ホール、管理人室、さらには室内プールやサウナまで完備されていた。
屯所の案内が終わると、次はルバーグによる格納庫の説明だった。次から次へと忙しかったが苦痛ではなかった。
「これから行く場所は大樹堂の格納庫だ。転送道具を登録しなくてはならない。格納庫に物を登録すれば、転送して手元に送ることができる」
そう言うなり、ルバーグはものの数秒で手元のバドル銃に刃を転送させた。何もない所から武器がパッと出現した。こんな便利な機能がこの世界にあるなんて信じられない気分だった。一体どういう仕組みなのだろう。
「今、私はバドル銃の刃だけをここに転送させた。シクワ=ロゲン規則第21項のバドル銃の扱いでは、刃は本体とは別に格納庫へ納めなければならないと明記されている。
刃を常備するのは規則違反となるので注意するように。それでは、実際に格納庫へ行こう。私の後についてくるように」
格納庫まではマンホベータを使えばあっという間だった。そこは広々とした一面真っ白な空間で、ずっと先まで背の高い棚が続いている。ルバーグはマンホベータを降りてスタスタ歩きだした。エシルバはこの巨大な空間に圧倒されていた。
「2番ゲートから入室手続きをする」
2番ゲート? 一体どれのことだろう。エシルバはわけが分からなかった。
しかし、ルバーグが「下を見なさい」と言いたげにこちらを見てきたのでやっと理解できた。足元が「2番ゲート」とキラキラ光っていた。やがて透明な膜が現れ、ルバーグはそれをくぐり抜けた。
「大樹堂格納庫にようこそ。ご利用でしたら、ゴイヤ=テブロ認証個人番号をご提示ください」
案内の女性が歩いてきて言った。
ルバーグは手からゴイヤ=テブロの触光ホログラムを浮かばせ、認証個人番号を見せた。エシルバたちは彼からそのやり方を教わり、同じようにした。
ゴイヤ=テブロはとても便利な通信機器で、これ一つで個人情報をまとめて管理することができた。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
「新しい団員の個人格納庫を新たに開設してほしい」
「個人格納庫の新設ですね。かしこまりました。それではご案内します」
案内係はエシルバたちを一台のリフトに乗せた。
安全バーが下がるとリフトは滑空線をたどって上昇し始め、棚の中間で止まった。棚の引き出しには役人の名前がずらりと並んでいる。その中にみんな自分の名前があるのを確認した。
「さぁ、名前のプレート部分に手をかざしてごらん」
ルバーグが促すように大きな声で言った。「この引き出しは君たち専用の物だ。本人以外には絶対に開けられないようになっている」
エシルバがプレートに触れると、空気が抜ける音とともに引き出しが飛び出してきた。大人が5人はすっぽり入りそうな大きさで、いくつかのスペースに区切られていた。そこへ、用意されていた刃が手元に渡されたので格納した。
「貴重品を登録しておくのが主流だが、コートやローブを登録するシブーもいる」
ルバーグはこの場で15分ほど説明しただろうか、とにかく格納庫での作業はこれくらいだった。
日も暮れる頃、エシルバはブルウンドとジグに連れられて帰り道を歩いていた。
大樹堂の目の前にあるモンテ=ペグノ大広間は多くの人でごった返していたが、その中で何やらカメラやマイクを持った明らかにマスコミ関係者と思われる大人に囲まれて、何かを話すジュビオレノークの姿が見えた。
彼と目が合ったと思ったら遅かった。
「僕と同時期に入った仲間を紹介します」
ジュビオレノークは真っすぐこちらを見て、エシルバの手を引きカメラの前に引っ張り出した。一瞬どよめきが起こり、多くの視線がエシルバに注がれていた。
「彼がエシルバ|スーです」
既に人だかりが2人を囲んでいたため、ジグとブルウンドが入り込んでくる余地はなかった。
「なんということでしょうか、ゴドラン|スーの息子、エシルバが既に使節団入りしていたとのことです!」リポーターが興奮して言った。
次々に質問が飛び交うなか、ジュビオレノークは爽やかな笑みを浮かべエシルバと握手を交わした。意味ありげな、息の詰まりそうな長い握手。
ジグの姿を隙間から見つけたエシルバはとっさに抜け出し彼の手をつかんだ。
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