視聴の払霧師

秋長 豊

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47、お姉ちゃん

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 具視は数の多さに気圧されつつ頭を悩ませた。さっき、弓やハンマーもあると言っていた。ここまで来て、刀以外を選ぶつもりはまったくなかった。それは、初めて見た払霧師の也信が愛用していた武器であったということもあるが、なにより一番王道な気がしたからだ。

「何も心配はいりません。選ぶのは、あなたではないのですから」
「え、でも――龍太郎さんは”見つけてこい”って」
「選ぶのは守護影です」

 一瞬理解が追いつかなかったが、徐々に頭の中がクリアになっていく。そういうことか。でも、どうやって? 単純な疑問がすぐに浮かぶ。

「守護影が選んだ武器こそが、光の器として最もふさわしいものとなります。払霧師は、あくまで守護影の力を借り受けて戦う存在。武器との相性が合わなければ、最悪、戦いの場で、死を招くこともあります」

「しかし、いくら守護影であってもこの中からたった一つを選ぶなんて。難しそうですね」

「守護影と私たちが見ている世界は、まったく違うんですよ。守護影というのは影の世界にすむ生き物。自分の力を納める器を探すことなんて、造作もないことです」

 よくもまぁ、そこまで断言できたものだ。うちの”お姉ちゃん”にも同じことが言えるのだろうか。具視は新しく目の前に現れた武器選びという課題に対して、一種の反発心を覚えた。

「ただ」
 渋咲は静かに付け加えた。

(ただ?)

「あなたの守護影は特別です。いったいどんな武器を選ぶのか、これまでの経験則では計り知れない部分があるのは確か。さぁ、今ここで守護影を呼び出してください。そして武器を選ばせるのです」

「特別、ですか」

 具視はうつむきながら言った。なぜだか自然と笑みがこぼれる。うれしいからじゃない、自分の奇妙な運命に笑うしかなかったのだ。なぜだが、自分の人生は特別に事欠かなかった。人と違って、霧を吸っても死ななかった。ようやく迷わず真っすぐ進めると思ったのに、今度は守護影になって死んだ姉が現れるし。そんな、常識的に考えてありえないことが、二度も起こった。どっちも、望んだものではなかった。なぜ、自分にばかりこんな試練が巡ってくるのだろうとすら思っていた。

 それでも。
 波江具視はここに立っている。
 根っこまでは腐らずに、しっかりと。

「お姉ちゃん」

 顔を上げ、具視はそう呼んだ。
 すっと小さな影が立ち上り、長い間影の世界にいた聴具が目の前に現れた。

「確かに特別ですよ」

 具視は膝を折って聴具の前にかがんだ。

「だけどそれは、俺の守護影が人間だからじゃありません。姉だからです」
 手のひらを上にして、具視は聴具の前に伸ばした。渋咲は13歳の弟の前で立ち尽くす小さな10歳の姉をじっと見ていた。端から見れば、この2人が双子の姉弟だなんて思わないだろう。きゃしゃな体をした女の子に、背の高い少年。誰が見ても、2人は年の離れた兄妹だ。

「お姉ちゃん」

 具視は聴具を見て言った。

「一つ、お願いがあります」

 ずっと一緒だと思っていた――3年前のあの日。それがかなわず絶望し続けてきた3年間。どんな苦しみも、悲しみも、悔しさも、何一つ無駄にはしない。具視は強い意思を持って姉を見つめた。

「俺の”影”になってください」

 広く静かな部屋の片隅で、具視は力強く言った。
「俺は、あなたの”光”になって戦います」

 聴具は差し出された手の前でうつむき、小さな拳をキュッと握りしめた。ずっと下を向いたまま、具視の手を取ろうともしない。記憶のない聴具になにを言っても、目の前にいるのは弟を名乗るだけの奇妙な男に過ぎない。でも、それでも――姉自身の言葉を聞かなければ前には進めないと、そう思った。

 やがて聴具は顔を上げ、

「しょうがないなぁ」

 と明るい顔で、声で言った。具視は何かの間違いなんじゃないかと思って、どんな表情をしていいのか分からなくなった。

「お姉ちゃんがいないと、具視はだめなんだから」

 口ぶりも、笑った感じも、具視が知っている聴具だった。
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