視聴の払霧師

秋長 豊

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45、敬語

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 この日、具視は久々に龍太郎と也草の3人でご飯を食べに出掛けた。鉄板焼きのお店で、話題は具視が払霧師大学に入学が決まったこと、その日に祖母が会いにきてくれることなど。龍太郎はどんな時でもお酒を飲まない。その理由を彼は話さなかったが、具視には分かっていた。いつ、どこで霧が発生しても駆け付けられるようにだ。私生活の欲を禁じてまでも、戦いに備えて行動する。普段陽気な龍太郎だからこそ、相対的に払霧師の精神というものがよく垣間見える気がした。

 帰り道、具視は也草にこんなことを聞かれた。

「お前は、どうして誰にでも敬語を使うんだ」

 具視は歩を止めることなく歩いた。久しぶりにその質問をされた気がする。隣で聞いていた龍太郎も気になっていたのか「そういやお前、おばあちゃんにも敬語なんだろ?」と口添えしてきた。

「どうして、ですか……」

 具視は両隣を歩く2人に言った。誰にでも敬語なんて、普通の感覚を持った人からすれば、不思議で仕方がないのだろう。現に、そのことでからかわれ、下に見られ、ばかにされてきた過去がある。それでも直そうとしなかったのは、何かかっこいいポリシーがあるわけではなかった。

「癖みたいなものですね」

「癖?」

 龍太郎は不思議そうな声で言った。

「染みついてしまったんです」

 迎えた4月12日。具視は朝早くから身支度に大忙しだった。龍太郎が用意してくれた大学の制服に、買ったばかりの靴を履いて鏡の前に立った。

 払霧師大学は通常の大学と違い、セメスター制やクォーター制はない。入学日と卒業日もバラバラで、完全個人学期制というカリキュラムの下に2カ月ごとの短期学期を設けている。修業年数は4年α(アルファ)制と4年β(ベータ)制の2通りあり、前者は払霧師としてより実戦的に戦うことに重きを置いた実戦型、後者は武器開発や霧対策に重きを置いた支援型。大学ではアルファ生とベータ生なんて区分けされているらしいが、制服も色で分けられている。アルファはワインレッド、ベータはコバルトブルー。具視はアルファ生なのでこの赤色だ。

 そういえば、筆記試験の日に大学で出会った陽という少女も、也草も同じ色の制服だった。ということは、彼女も同じ実戦型に属する学生ということだろう。

(これで、よし)

 なんだか座敷の方が騒がしい。のぞいてみると、きょうもまた聴具(さとも)が也草のそばにべったりでちょっかいをかけてはしゃいでいた。

「と、具視。お前の姉をなんとかしてくれ」

「あんまりしつこいと嫌われますよ」

 具視は警告したつもりだったが、聴具は悪びれた様子もなく也草の背中にもたれかかって足をバタバタさせた。

「きょうはおばあちゃんが来るから、姿を見せちゃ駄目ですよ。也草さん、もう準備はできました」

「今行く」

 也草は頭につけたヘアピンとリボンを外して外に出た。庭ではもう車に乗った龍太郎の姿があり、2人が来るのを待っていた。也草は助手席に、具視は後部座席に座る。聴具は外の景色を見たいと言って聞かなかったので、車の中限定で外にいることを許した。外の桜はもうすっかり散っていて緑の葉が生い茂っていた。

 祖母との待ち合わせは、午前10時30分、東京駅の改札口前だ。具視は也草と一緒になって車を降り、目的の場所まで歩いた。昨年の8月、具視は勇気を出して1人新幹線で東京駅までやってきた。具視と也草が初めて対面した改札口も、あの日と変わらず多くの人でごった返している。
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