視聴の払霧師

秋長 豊

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42、記憶に残る人

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 こうして死んだ姉との奇妙な共同生活が始まったわけなのだが……
 ある問題が発覚した。

 それは、長年聴具(さとも)を知る具視でさえも知らない事実。姉が、あの姉が、無類の男好きだった。※ただしイケメンに限る。それから、最初は無口でろくに話そうとしなかった聴具も、今ではベラベラ話すようになって、昔の姉を彷彿とさせる”お姉さんぶり”が垣間見えてきた。

 あんなに不安で心配に思っていた具視は、今やこんな問題で悩むことになるとは。聴具のナンバー1は也草で、ナンバー2は龍太郎。そして具視は召使い。聴具が頻繁に現れるようになってから、いつも家の中はにぎやかだった。

「ほら、也草さん。こっちの方がいいでしょう?」

 具視がテーブルに向かって勉強している間、隣の部屋から聴具の声が聞こえてきた。

「こ、こうか?」

 戸惑う也草の声。

「バッチリ!」

「いや、しかし……」

 ルンルンとした聴具の声を聞く限り、また、なにかさせられているのだろう。そろそろ止めなくては、また也草が勉強の邪魔をされて困っている。

「お姉ちゃん、いいかげん……」

 すーっとふすまが開いて、頭に真っ赤なリボンを着けた也草が登場。具視は思わずブッと噴き出して口元を押さえ
た。

「や、也草さん、それ、どうしたんです!」

「笑うな」

 聴具は也草の隣でご満悦のしたり顔。聴具が記憶を失って現れた時、誰がこんな未来になると予想しただろう。軽くスマートに流せる龍太郎とは違って、也草はなんでも言うことを聞いてしまう。聴具がおんぶしてと言えば背負ったし、一緒にゲームをしようと言えば勉強を中断して相手にする。ここで分かったのは、也草はかなりのお人よしで、守護影というのは現実の物に触れることができるということだった。そう、透き通って幽霊みたいなのに、物に触ることができるのだ。逆に、物を通り抜けることもできる。

(つくづく、守護影って不思議な存在だよな)

 具視は真面目にそんなことを思った。

「おい、次の試験対策は万全なんだろうな」

 リボンを着けたままの也草が隣に腰を下ろして言った。

「そのリボン外してもらえませんか?」

 具視は笑いをこらえながら言うと、也草はリボンを具視の頭に押し付けてゴロンと横になった。2月15日の基礎学力テストと適性検査まで、あと20日を切った。この通り、具視は対策用にもらった教本を参考に毎日缶詰状態だったが、経験者の也草と龍太郎の話を聞く限り、小学生から中学生レベルの基本内容だというので、真面目に教本を勉強していれば合格できるという。

「也草さんたちのおかげで、なんとか乗り切れそうです。あとは結果を出せばいいだけですし」

「そうか」

 具視はペンを動かしながら、ふと以前審査会場に通っていた松渕天という少女のことを思い出した。
「守護影審査で浪人している人って、何人くらいいるんでしょうか」

「そんなことは考えたこともなかった。そんなに数はいないだろうな。あの審査は受からなければきっぱりと諦める人間が多い」

「それじゃあ、200回以上も通うなんてのは珍しい方ですか」

「200回? 聞いたこともないな。俺だったら、潔く諦めて他の道に進む。時間の無駄だからな。守護影審査は100回通って駄目なら見込みがないと言われる世界だ」

(時間の無駄、か)

 きっと、あの松渕天という少女は今も通い続けているのだろう。諦める理由が分からなくなってしまったと言っていた。具視はたったの13回で精神的にきつかったのに、それを200回以上も続けているなんて。

(すごい子だな)

 あの、庭の片隅で咲くヒマワリのような笑顔が印象的だった。人間、一度会っただけでは忘れてしまう人もいるが、逆に忘れられない人もいる。具視にとって、あの日会った白髪の少女は妙に記憶に残る人だった。
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