視聴の払霧師

秋長 豊

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40、お姉様?

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「聴具(さとも)」
 名前を呼んでみたものの、姿を現してくれる気配はない。龍太郎みたいに、呼び出してすぐに応えてくれた守護影のトラみたいにはいかなかった。どうしたら、目の前にまた出てきてくれるのだろう。名前を呼んだだけではいけないということか。

 具視はしばし勘案した。

「聴具さん?」

 しーん。

「……聴具ちゃん」

 またも、部屋は静かなままだった。

(ずっと聴具って呼んできたし、他の言い方で出てきてくれるとは思えないな)

 でも、試してみるしかない。今の聴具には生前の記憶がないのだ。写真を見せた時はわずかに興味を持ってくれたようだが。

「お姉ちゃん」

 これも駄目か。
 じゃあ、これならどうだ?

「お姉様」

 部屋の中に響く、自分のむなしい声。もはや一人芝居の域に差し掛かっている。

(俺は何を言ってるんだ)

 具視は急に恥ずかしくなった。あまりに反応がないので、姉が影の世界にいることさえ信じられなくなってきた。これじゃあ1人部屋の中で姉のことを連呼しているシスコンではないか。断じてシスコンではない。具視はそう自分に言い聞かせて深呼吸した。

(もう寝よう)

 熱でボーッとする頭に冷却シートをはり、毛布をかけて横になった。今朝から龍太郎は居間で爆睡中だ。どうやら昨日は派手な戦闘があったらしく、相当疲れている。具視は起こすのは悪いと思ってまだ一言も会話をしていなかった。後で守護影審査に合格したことを伝えなくてはいけない。

 具視はそう考えて部屋の時計を見た。ふと部屋の角に黒い人影があるのを見てふんぎゃあ! と情けない声を上げた。

 パァン! とふすまが開いて也草が乱入。布団の上で大コケした具視は腰を打って見るも無残な醜態をさらすこととなった。

「いや、す、すみません。びっくりして」

 そう、聴具が部屋の角にポツンと立っていたのだ。也草は人形の守護影を見た途端、具視と同じく叫び声を上げそうになり、驚いてよろけた。

「こ、これがお前の守護影か」

「は、はい」

(び、びっくりしたぁ~)

 ひやっとした汗が額に流れる。幽霊かと思った。いや、半分当たってはいるようなものだが、聴具は守護影だ。普通の人なら幽霊だと言い張るに決まっているが、具視と也草にとって、それは紛れもなく守護影なのだ。心臓のドキドキで忘れていたが、也草がこんなに驚いた姿を見たのは初めてだった。やっぱり、実際に聞くのと見るのとでは、話がぜんぜん違う。いつも冷静な也草の意外な一面を見て具視は謎の親近感を覚えた。

「どうやったら出てきてくれるのか、今名前を呼んでいたところなんです」

「お前の声の方がびっくりしたぞ」

 具視は苦笑いするしかなかった。よし、せっかく出てきてくれたわけだし、ここは一つ大人になって今の失礼な態度を挽回するしかない。

「出てきてくれたんですね。えっと、彼はこの家で一緒に生活している藤原也草さんです」
 と、ようやく笑顔を取り戻して話し掛けた。が、しかし、ちっとも反応してくれない。なにかまずいことでも言ったのだろうか。この間は返事をしてくれたのに。

「聴具。ほら、そんな部屋の隅にいないで、こっちに来たらどうです?」

 手を招いてみても、うんともすんとも言わない。

「懐かれてないな」

 グサッ。也草の言葉が胸をえぐる。
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