視聴の払霧師

秋長 豊

文字の大きさ
上 下
28 / 85

26、守護影審査への門

しおりを挟む

〔地獄谷邸:9月1日〕

 初めての環境、初めての人間関係、それだけで体は強張り、筋肉は疲弊する。特に南薺と面会した時の張り詰めた空気だけで、太ももは限界を突破した。

「痛っ! いたたた!」

 あと数センチなのに、かかとがうまく入らない。靴に悪戦苦闘していると、スッと後ろから也草が靴べらをよこした。

「本当に大丈夫なのか」

「だ、大丈夫です!」

 具視は誰の手も借りずに車へ移動した。也草も大学に行くので一緒だ。少しの振動でも筋肉に伝わって、ビリビリ痛む。よりにもよって、大切なきょうという日に悪化の一途をたどるなんて。そう、9月1日こそ、具視が万全を期して挑むはずだった――「守護影審査」。これのどこが万全だというのだろう。

「ため息ついてどうした」

 運転手の龍太郎が口笛を吹いて言った。

「ちょっと、恥ずかしながら筋肉痛がひどくて」

「運動なんてしたっけ?」

「いえ、緊張して」

 なぜか龍太郎はブッと噴き出した。

「あいつ、お前に何言ったんだ。まだ右も左も分からないのに。まぁ、どうせプレッシャーかけるようなことでも言ったんだろ。筋肉痛にもなる」

 龍太郎の言うあいつ、とは南薺のことだろう。しかし、そんなふうに呼べるなんて、2人はどんな関係なんだろうか。協会のトップである彼のことを、まるで同級生みたいに。

「それより龍太郎さん、守護影審査って聞いてはいましたけど、実際どんなことをするんですか?」

 守護影は人の影にすむ生き物のことだ。その力を借りることによって、払霧師たちは払霧具と呼ばれる武器の金属部分に光をともすことができる。問題は、具視は一度だってそんな生き物を見たことがないことだった。今、この場にいる龍太郎と也草にもいるということだが、どこにも見当たらない。

「簡単だよ。血を流すんだ」

(物騒なこと言いだしたぞ)

 具視は急に及び腰になった。

「血、ですか」

「自分の影に血を垂らして、その中に眠る守護影を目覚めさせる。それが一般的な呼び出し方、いわゆる審査のやり方だ」

「そんな、献血じゃないんですし」

「この審査に通らなければ、払霧師大学には入れない」

 也草は事実を述べた。具視はふーっと息を吐いて両手で顔をふさいだ。今から気が重い。何かこう、守護影に呼び掛けて出てきてもらうとか、そういう生易しいことを考えていた。しかし、血とは。もっと最初にいろいろ確かめておくべきだった。

(やるしかないよな)

 具視は全校児童生徒の前で話した時のことを思い出し、やればできると自分に言い聞かせた。

「ちなみに、なんですけど。龍太郎さんはどんな守護影がいるんですか?」

「俺? 俺はトラだ」

「本当にトラが影の中にいるんですか?」

「そうだ。也草にはオオカミがいる。見せてやりたいけど、協会大学関係者の前でしか出せない決まりなんだ」

 車の中で守護影の話を聞くうちに、具視も早く自分だけの守護影が何なのか知りたくなった。鋭い爪をもったクマだろうか、それとも犬、猫? 

 想像が尽きない中、車は払霧師大学の駐車場に到着。大学構内へ去っていく也草に手を振り、具視と龍太郎は並んで大学正面の入り口から中に入った。事務局の受付で手続きを済ませ、女性の職員に案内してもらった。

「では、審査の前に採血をお願いします」

 その言葉通り、具視は保健室で採血を行い3本も血を採られた。針が刺さった場所を指で押さえ、少し休憩したところで今度は頑丈そうな扉の前に案内された。

「ここが審査会場です。中に吉田さんという方がいますから、その方に従って審査を受けてください。終わったら審査票をもらうので、帰りに事務局へ提出してください」

 職員は案内を終えて持ち場に戻った。

「大丈夫、具視。払霧師目指すやつは必ず通る道だ」

「ちょっと、緊張してて」

 不安げな顔を上げると、龍太郎が笑っていた。

「きっとお前だけの守護影が見つかる」

 こんなところでひるんではいけない。払霧師になると決めたのならば、血の一つで臆病になってどうする。具視は緊張をもみ消すために拳を強く握りしめた。

「準備はいいか」

「はい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...