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11、苦痛な学校生活
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今まで払霧師に誘われたことはなかった。彼自身、トラウマを抱える具視にこの話題を振ることは避けているように見えたし、なるべく心を癒やすような文面を心掛けてくれていたのは知っている。
(俺が払霧師に?)
具視はソファに横たわり、彼からもらった手紙をながめた。ここにくるまで、そんなことは考えもしなかった。光で霧をなぎ払いながら怖ろしい化け物と対峙する。一歩間違えれば死ぬ仕事だし、それがどれだけ苦しいことなのか具視は知っている。
あの殺人霧を吸った人間は、4時間のうちに溶けてなくなる。足や手の指から始まり、腕、肩、首など……徐々に溶けていく音を聞きながら苦しんで、死んでいく。そして、最後には髪の毛1本残らない。3年前、みんなが寝静まったころに襲った霧。
両親や聴具(さとも)は、苦しい思いをして死んでいったはずだ。具視はその姿を見ていないが、見ていたらきっと死ぬまで目に焼き付いて離れなかっただろう。でも、そばにいてやれなかったという後悔はいつまでも残っている。なにより、なぜ、自分だけが霧を吸っても死ななかったのか、その謎は残ったままだ。
具視は手紙をかばんの中に入れて、朝ご飯の支度に戻った。7時30分になって祖母と一緒にご飯を食べ、はみがきをし、髪を整えてからかばんを持って外に出た。指には聴具とおそろいの指輪を着けている。
中学校まで徒歩で20分くらい。黙々と歩いていると、前方に嫌な連中が目に入った。いつも嫌がらせをしてくる山口と田原、吉岡の3人だ。気付かれないように距離を空けて歩いていたが、山口たちは具視が来るのを道端で通せんぼうして待っていた。ニタニタ笑って何か話している。具視は無視を決め込んで横から通り抜けようとしたが、山口に引っ張られた。
「おいおい、学校に来るなって言っただろ」
あっという間に取り囲まれた。きょうはタイミングが悪い。
バッと後ろからバッグを奪われ、中身をぶちまけられた。道路に教科書やノートが散らばり、風で飛ばされたプリント用紙が田んぼの中に落ちた。げらげら笑う3人の真横を、クラスの女子たちがクスクス笑いながら通り過ぎて行く。
「化け物は勉強なんてしなくていいんだよ」
山口の言葉に田原と吉岡は手をたたく。吉岡がかばんの中から落ちた一通の手紙を目ざとく見つけた。
「なぁ、見ろよ――こいつ、男と文通なんてしてるぜ!」
山口は吉岡から手紙を乱暴にひったくり、大声で読み上げ始めた。最初のあいさつから、最後の1文字まで、嫌にネチネチとした話し方で。
「おい、聞いたか? こいつ、払霧師になるってよ。何かの間違いじゃねぇの? だって、化け物を殺す人間に、お前がなれるはずないもんな。しかも、恋人と一緒に暮らすらしいぜ。もう新居はお決まりか? おーい! みんな聞けよ! 波江具視の思い人は、藤原也草って男らしいぜ」
通り過ぎていく同級生たちに、山口は手紙を見せびらかした。
「やめてください」
具視はポツリと言った。
手紙は別の生徒に回されていた。
具視は山口の胸倉に飛び掛かった。しかし、後ろにいた田原と吉岡に取り押さえられ、山口に殴り返された。口の中が切れて血が出る。
「逆らったらどうなるのか、分かってんだよな?」
山口が嫌らしい笑みを浮かべると、田原が自分の携帯を取り出して具視にある画像を見せた。具視は写真を見た途端、全身の力が抜けた。パン一でボコボコにされ、気絶した自分の情けない姿。さらには、何枚も撮りためたと思われる複数の盗撮画像。
そうだ、具視は以前山口に死ぬ寸前までボコボコにされたことがあった。気絶していたため写真を取られていたとは知らなかったが、それ以降、なにかにつけてこの写真を脅しの材料に使われる。ネットでは、霧の生き残りとして具視のことを詮索する記事が多くアップされているため、実名で名前が上がれば回収はほぼ不可能となるだろう。このひどい写真が拡散されれば、具視の精神は殺されたも同然だ。
「これ、名前つきでネットに流すぞ」山口はニタリと笑った。「気持ち悪いんだよ。この村に来た時から」
「やめてください」
「何で誰にでも敬語なんだ? まじ、きめぇ」
具視は思いきり突き飛ばされ、用水路に背中から落とされた。ひやりと冷たい水の感覚に、クモの糸がまとわりつく。山口たちはびしょぬれになった具視を見て大笑いし、そのまま学校へ歩いて行った。通り過ぎていく生徒のただ1人として、具視に手をさし伸ばしてくれる人はいなかった。
(俺が払霧師に?)
具視はソファに横たわり、彼からもらった手紙をながめた。ここにくるまで、そんなことは考えもしなかった。光で霧をなぎ払いながら怖ろしい化け物と対峙する。一歩間違えれば死ぬ仕事だし、それがどれだけ苦しいことなのか具視は知っている。
あの殺人霧を吸った人間は、4時間のうちに溶けてなくなる。足や手の指から始まり、腕、肩、首など……徐々に溶けていく音を聞きながら苦しんで、死んでいく。そして、最後には髪の毛1本残らない。3年前、みんなが寝静まったころに襲った霧。
両親や聴具(さとも)は、苦しい思いをして死んでいったはずだ。具視はその姿を見ていないが、見ていたらきっと死ぬまで目に焼き付いて離れなかっただろう。でも、そばにいてやれなかったという後悔はいつまでも残っている。なにより、なぜ、自分だけが霧を吸っても死ななかったのか、その謎は残ったままだ。
具視は手紙をかばんの中に入れて、朝ご飯の支度に戻った。7時30分になって祖母と一緒にご飯を食べ、はみがきをし、髪を整えてからかばんを持って外に出た。指には聴具とおそろいの指輪を着けている。
中学校まで徒歩で20分くらい。黙々と歩いていると、前方に嫌な連中が目に入った。いつも嫌がらせをしてくる山口と田原、吉岡の3人だ。気付かれないように距離を空けて歩いていたが、山口たちは具視が来るのを道端で通せんぼうして待っていた。ニタニタ笑って何か話している。具視は無視を決め込んで横から通り抜けようとしたが、山口に引っ張られた。
「おいおい、学校に来るなって言っただろ」
あっという間に取り囲まれた。きょうはタイミングが悪い。
バッと後ろからバッグを奪われ、中身をぶちまけられた。道路に教科書やノートが散らばり、風で飛ばされたプリント用紙が田んぼの中に落ちた。げらげら笑う3人の真横を、クラスの女子たちがクスクス笑いながら通り過ぎて行く。
「化け物は勉強なんてしなくていいんだよ」
山口の言葉に田原と吉岡は手をたたく。吉岡がかばんの中から落ちた一通の手紙を目ざとく見つけた。
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山口は吉岡から手紙を乱暴にひったくり、大声で読み上げ始めた。最初のあいさつから、最後の1文字まで、嫌にネチネチとした話し方で。
「おい、聞いたか? こいつ、払霧師になるってよ。何かの間違いじゃねぇの? だって、化け物を殺す人間に、お前がなれるはずないもんな。しかも、恋人と一緒に暮らすらしいぜ。もう新居はお決まりか? おーい! みんな聞けよ! 波江具視の思い人は、藤原也草って男らしいぜ」
通り過ぎていく同級生たちに、山口は手紙を見せびらかした。
「やめてください」
具視はポツリと言った。
手紙は別の生徒に回されていた。
具視は山口の胸倉に飛び掛かった。しかし、後ろにいた田原と吉岡に取り押さえられ、山口に殴り返された。口の中が切れて血が出る。
「逆らったらどうなるのか、分かってんだよな?」
山口が嫌らしい笑みを浮かべると、田原が自分の携帯を取り出して具視にある画像を見せた。具視は写真を見た途端、全身の力が抜けた。パン一でボコボコにされ、気絶した自分の情けない姿。さらには、何枚も撮りためたと思われる複数の盗撮画像。
そうだ、具視は以前山口に死ぬ寸前までボコボコにされたことがあった。気絶していたため写真を取られていたとは知らなかったが、それ以降、なにかにつけてこの写真を脅しの材料に使われる。ネットでは、霧の生き残りとして具視のことを詮索する記事が多くアップされているため、実名で名前が上がれば回収はほぼ不可能となるだろう。このひどい写真が拡散されれば、具視の精神は殺されたも同然だ。
「これ、名前つきでネットに流すぞ」山口はニタリと笑った。「気持ち悪いんだよ。この村に来た時から」
「やめてください」
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具視は思いきり突き飛ばされ、用水路に背中から落とされた。ひやりと冷たい水の感覚に、クモの糸がまとわりつく。山口たちはびしょぬれになった具視を見て大笑いし、そのまま学校へ歩いて行った。通り過ぎていく生徒のただ1人として、具視に手をさし伸ばしてくれる人はいなかった。
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