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48、これが僕の愛だ
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ある満月の夜、道夫とにゃんこ様は縁側に座っていた。
「時折悲しくなることがある」
「ほう」
「私は人間で、年を取る。だが、あなたは永遠だ。決して埋めることのできない溝があるのだと。当たり前だけど、とても悲しい」
「そんなことを思いつめて生きるより、タンポポの話をしている方がいい。そうは思わんか? おぬしは人で、私は猫の神様。でも、友達ということに変わりはない。安心せい、おぬしが死ぬときには私が看取ってやる」
「私は……」
道夫は眉根に力を込めて言った。
「いつまでも、あなたといたい」
弱々しい声、けれども力強い視線。にゃんこ様は目を少し閉じると手を伸ばし道夫の頰に触れた。道夫が何か言う前に手はすっと離れた。
「それ以上、求めてはいけないよ、道夫。おぬしは人間なのだから」
手に届く場所にいるのに、遠く感じる。
”人間なのだから”
その言葉が見えない壁をさらに高くした。
時はむなしく過ぎ去っていき、いつしか道夫は30歳になっていた。10代のみずみずしい肌も、つやのある髪も失われ、気力体力ともに衰えていく感覚は否応なく感じていた。一方、にゃんこ様は姿を変えず、出会った時のまま。結婚することも、友達と会うこともなく、道夫はいつも神社でにゃんこ様と一緒にいた。
穏やかで幸せな日々が続いた春の夜、5匹の猫が次々と死んだ。白丸、黒丸、ごま、三毛男、もみじ。いつも通り元気だったのに、パタリと。家族同然に思っていた道夫は5匹の死を悼み石像を造った。本殿正面に白丸と黒丸の大きな石像、奥にごまと三毛男、もみじの石像を並べた。白丸と黒丸は兄妹の猫で、いつも一緒にいるほど仲が良かった。ごまは天真らんまんで、三毛男はマイペース、もみじはクールだけど臆病な面を持つ。道夫が最初に飼った猫が白丸と黒丸だったから、正面に大きな石像を建てたのだ。
大切な5匹を失って以降、道夫は社務所にふさぎ込むことが多くなった。口数が少なく、にゃんこ様に話し掛けられても反応が薄い。次第に神社の手入れはおろそかになり、雑草が至る所に生え始めた。
5匹が死んで半年が過ぎたころ、にゃんこ様は道夫を心配して境内に生えていたタンポポを摘み、驚かせようと後ろから顔の辺りに差し出した。だが、道夫は部屋の隅で横になったまま動こうとしなかった。
「なんじゃ、つまらん」
にゃんこ様は畳の上に座ると長い足をバタバタさせた。
「普通、人間は猫のためにあそこまで立派な石像を建てん。おぬしは十分あの子たちのために尽くしてくれた。なぜ
自分を責める」
「人も猫も老い、病に倒れる。避けて通ることはできない。どんなに悲しくともそれが現実だ。だが、石像は何百年、何千年とそこにあり続ける。死んでしまった猫たちも、そのままの姿を残してくれる。形として消えることはない。だから私は……埋めたんだ」
言葉の意味を探しながらにゃんこ様は首をかしげた。
「どういう意味じゃ」
むくりと起き上がった道夫の顔には不自然な笑みがあった。
「私の石像は、いろんな材料を固めてあたかも一つの石のように造る。五つの石像を造る上で私は、あの子たちを中に埋めた」
乾いた音が部屋に響いた。道夫の頰は赤く腫れるほど強くたたかれていた。怒りに肩を震わせ、髪を逆立たせ、にゃんこ様は歯をむきだしにした。
「なんてことをしてくれた」
道夫はうなだれたまま視線を上げなかった。にゃんこ様は道夫を強引に外へ連れ出し、石像の前に突き出した。
「今すぐ石像を壊せ。おぬしの手で。中からあの子たちを出して埋葬しろ」
道夫は首を振った。
「なぜだ! こんなことは理解の範疇を超えている。石の中に死体を固めるのがお前の思いやりなのか。誠意なの
か」
道夫は歯をくいしばった。
「ちゃんと、埋葬したと言ったではないか。私を欺いてまで、なぜそのようなことをした」
「あの子たちは生きている、この中で。土にかえることはない。私は存在を感じていたいんだ。だからこうして中に閉じこめた。これは単なる石じゃない」
「なに……?」
「生きる石像だ」
「ならば」
にゃんこ様はずかずか歩み寄って道夫の胸倉をつかんだ。
「おぬしが死んだらっ、同じようにこの中に閉じこめてやろうか!」
道夫は笑った。にゃんこ様はかえって腹の虫がおさまらなかった。
「そうしてくれ」
にゃんこ様はパッと手を離し背を向けた。
「石像とは本来、芸術であるべきものだ。そこに死骸を入れるなど、言語道断じゃ」
「これが僕の愛だ! あの子たちのためだ。ずっと、ずっと、ここにいられるように!」
「ちがう。あの子たちのためじゃない。自分のためだ」
それから2人は顔を合わせることが少なくなり、春、夏、秋、冬と季節は過ぎていった。同じ神社にいるのに言葉
を交わさない。いつしか道夫は神社に来なくなり、にゃんこ様は人のいない社務所でポツンと過ごすようになった。
「時折悲しくなることがある」
「ほう」
「私は人間で、年を取る。だが、あなたは永遠だ。決して埋めることのできない溝があるのだと。当たり前だけど、とても悲しい」
「そんなことを思いつめて生きるより、タンポポの話をしている方がいい。そうは思わんか? おぬしは人で、私は猫の神様。でも、友達ということに変わりはない。安心せい、おぬしが死ぬときには私が看取ってやる」
「私は……」
道夫は眉根に力を込めて言った。
「いつまでも、あなたといたい」
弱々しい声、けれども力強い視線。にゃんこ様は目を少し閉じると手を伸ばし道夫の頰に触れた。道夫が何か言う前に手はすっと離れた。
「それ以上、求めてはいけないよ、道夫。おぬしは人間なのだから」
手に届く場所にいるのに、遠く感じる。
”人間なのだから”
その言葉が見えない壁をさらに高くした。
時はむなしく過ぎ去っていき、いつしか道夫は30歳になっていた。10代のみずみずしい肌も、つやのある髪も失われ、気力体力ともに衰えていく感覚は否応なく感じていた。一方、にゃんこ様は姿を変えず、出会った時のまま。結婚することも、友達と会うこともなく、道夫はいつも神社でにゃんこ様と一緒にいた。
穏やかで幸せな日々が続いた春の夜、5匹の猫が次々と死んだ。白丸、黒丸、ごま、三毛男、もみじ。いつも通り元気だったのに、パタリと。家族同然に思っていた道夫は5匹の死を悼み石像を造った。本殿正面に白丸と黒丸の大きな石像、奥にごまと三毛男、もみじの石像を並べた。白丸と黒丸は兄妹の猫で、いつも一緒にいるほど仲が良かった。ごまは天真らんまんで、三毛男はマイペース、もみじはクールだけど臆病な面を持つ。道夫が最初に飼った猫が白丸と黒丸だったから、正面に大きな石像を建てたのだ。
大切な5匹を失って以降、道夫は社務所にふさぎ込むことが多くなった。口数が少なく、にゃんこ様に話し掛けられても反応が薄い。次第に神社の手入れはおろそかになり、雑草が至る所に生え始めた。
5匹が死んで半年が過ぎたころ、にゃんこ様は道夫を心配して境内に生えていたタンポポを摘み、驚かせようと後ろから顔の辺りに差し出した。だが、道夫は部屋の隅で横になったまま動こうとしなかった。
「なんじゃ、つまらん」
にゃんこ様は畳の上に座ると長い足をバタバタさせた。
「普通、人間は猫のためにあそこまで立派な石像を建てん。おぬしは十分あの子たちのために尽くしてくれた。なぜ
自分を責める」
「人も猫も老い、病に倒れる。避けて通ることはできない。どんなに悲しくともそれが現実だ。だが、石像は何百年、何千年とそこにあり続ける。死んでしまった猫たちも、そのままの姿を残してくれる。形として消えることはない。だから私は……埋めたんだ」
言葉の意味を探しながらにゃんこ様は首をかしげた。
「どういう意味じゃ」
むくりと起き上がった道夫の顔には不自然な笑みがあった。
「私の石像は、いろんな材料を固めてあたかも一つの石のように造る。五つの石像を造る上で私は、あの子たちを中に埋めた」
乾いた音が部屋に響いた。道夫の頰は赤く腫れるほど強くたたかれていた。怒りに肩を震わせ、髪を逆立たせ、にゃんこ様は歯をむきだしにした。
「なんてことをしてくれた」
道夫はうなだれたまま視線を上げなかった。にゃんこ様は道夫を強引に外へ連れ出し、石像の前に突き出した。
「今すぐ石像を壊せ。おぬしの手で。中からあの子たちを出して埋葬しろ」
道夫は首を振った。
「なぜだ! こんなことは理解の範疇を超えている。石の中に死体を固めるのがお前の思いやりなのか。誠意なの
か」
道夫は歯をくいしばった。
「ちゃんと、埋葬したと言ったではないか。私を欺いてまで、なぜそのようなことをした」
「あの子たちは生きている、この中で。土にかえることはない。私は存在を感じていたいんだ。だからこうして中に閉じこめた。これは単なる石じゃない」
「なに……?」
「生きる石像だ」
「ならば」
にゃんこ様はずかずか歩み寄って道夫の胸倉をつかんだ。
「おぬしが死んだらっ、同じようにこの中に閉じこめてやろうか!」
道夫は笑った。にゃんこ様はかえって腹の虫がおさまらなかった。
「そうしてくれ」
にゃんこ様はパッと手を離し背を向けた。
「石像とは本来、芸術であるべきものだ。そこに死骸を入れるなど、言語道断じゃ」
「これが僕の愛だ! あの子たちのためだ。ずっと、ずっと、ここにいられるように!」
「ちがう。あの子たちのためじゃない。自分のためだ」
それから2人は顔を合わせることが少なくなり、春、夏、秋、冬と季節は過ぎていった。同じ神社にいるのに言葉
を交わさない。いつしか道夫は神社に来なくなり、にゃんこ様は人のいない社務所でポツンと過ごすようになった。
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