また、猫になれたなら

秋長 豊

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28、千本結界

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 居間に戻ると、流太はいつも通りくつろいでいた。きっと、にゃんこ様と今何を話してきたのか察しはついているはずだ。それでも彼は手だけ上げて「おかえり」と言うだけだった。

「俺が見回りに出てもいいと、あなたが判断してくれたんですよね」

 流太は立ち上がり、空雄の胸にコツンと拳を当てた。

「頑張れよ」

 シンプルだけど直接胸に響く言葉。空雄は張り切って「はい!」と返事した。

 初めての見回りは、あすの午後6時から翌日午前2時まで。家に帰るのではなく、見回りのために町へ出るのは初めてだ。流太が期待してくれたのだから、応えなくては。空雄は責任感で自分を鼓舞した。

 空雄は出番まで猫屋敷で過ごした。いよいよ見回り当日、空雄は流太とともに夕暮れに染まった町へ繰り出した。流太の話によれば、石井道夫は神出鬼没。見回り中に見つける確率は低い。ほとんどは平和な町を見回るだけで一日の仕事が終わる。鈴音が道夫に襲撃されたのは数カ月も前の話。それ以来道夫と猫戦士が戦ったという話は聞いていないし、猫が石にされたという報告は10件に満たない。彼は普段どこで、何をしているのか。想像もつかなかった。

「流太、空雄くん!」

 住宅街を歩いていると、向こうから鈴音が走ってきた。彼女の後ろには悟郎が距離を空けて立っている。

「空雄くん、初めての見回りなんだって?」

 鈴音は空雄の肩に手を置いてニパッと笑った。

「緊張してる?」

「えぇ、まぁ」

「肩の力抜いて。大丈夫、流太と一緒なんだから。もし、手が足りなくなった時は駆け付ける。胸張って見回りに行
っておいで」

「ありがとうございます、鈴音さん」

「あぁ~ん、もうっかわいい!」

 空雄は鈴音に熱烈なハグをされて髪がボサボサになった。

「引継ぎは?」

 流太が催促する。

「きょうも変わりなし。結界可視化は30分前に切ってる」

 答えたのは悟郎だった。流太はねぎらいながら手を振り2人を見送った。空雄も手を振り、遠ざかっていく2人の背中を見た。

「気難しい顔」

 横から流太が言った。

「そうですか?」

「顔にそう書いてある。いざ、見回りに出てみると、案外緊張感なんてないんだけどね。打率は低いから。見回りの基本は、結界の揺れにいち早く気付き、現場に駆け付けること」

「結界?」

 そういえば悟郎もさっき言っていた。結界は30分前に切っているとか、なんとか。

「前に言っただろ? この町には千本結界というにゃんこ様が張り巡らせた結界があるって。それを利用して、俺たちはやつが現れた所を仕留めにかかるってわけ」

「結界なんて、見えませんよ」

「普段はね。きょうは、あんたに最初から見せたくて悟郎に切ってもらっていた」

 流太は急に立ち止まると拳を握った。

「こんなところで猫拳なんて、使ったらまずいですって!」

 空雄の忠告も聞かず流太はエネルギーをため始めた。小さな黒い光が出た拳を、流太はアスファルトめがけてぶつけた。

「黒猫拳――結界可視化」

 そう唱えた途端、これまで見ていた町の光景が一変した。町のいたる所に半透明の巨大な障壁が現れたのだ。ほんのりと水色で、巨大な塗り壁のようにそびえ立っている。

 なんだ、これ。今見ているのは、本当に現実のものなのか?

 近くを歩いている人たちは皆、普通にしている。誰もこのおぞましい障壁には気付いていない。

「これが千本結界。猫戦士の目に見えるよう可視化した。この結界が見えるのは猫拳で可視化した猫戦士と、その半径100メートル圏内にいる猫戦士のみ。結界はいわばにゃんこ様の目。本殿にいながら町の様子を見ている」

 こんなにも巨大な結界を、全てにゃんこ様が維持しているというのか。空雄は圧倒的な存在感を放つ結界を見て感嘆した。

「にゃんこ様は大丈夫なんでしょうか」

 空雄は先を歩く流太に言った。

「こんなにたくさん、しかも大きな結界を常に張っているなんて、かなりの力を使いますよね。鳥居から出られない上、日に日に弱っているのに」

「結界がなくなれば、猫戦士が石井道夫を見つけることは困難になる。だからにゃんこ様は残された力でこの結界群を維持している。現状を考えれば、無理はしているだろうね」

 流太が可視化した結界は数時間たっても消えなかった。実際消えたのは見回りが終わる午前2時で、シフト交代で次の見回り担当である条作が来るころだった。この場合、流太が意図的に結界可視化を”切った”という方が正しいだろう。
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