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18、再会
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流太は肩に乗せてくれた。人の肩に乗るなんて初めてだ。一気に視界が高くなり、地面がはるか先に見えた。歩くたびにのっしのっしと揺れ動くのが妙に心地よかった。流太の空雄を見る目は完全に猫を見る目に変わっていた。よしよし、と頭をなでられ、喉を触られると経験したことのない気持ちよさが襲った。
「猫は下顎を触られると喜ぶんだ」
「猫じゃありません!」
と言いつつ、勝手に喉がゴロゴロ鳴る。
「説得力ないね」
むっとして流太の耳をガブッとかんだ。
「何すんだ。ちゃんと乗ってないと落ちる」
空雄は流太の頭に丸い手を乗せ、うんと背を伸ばし遠くを見つめた。神社から町に続く石段を中腹まで下っている最中だった。流太は茂みに生えていた猫じゃらしを1本取ると頭の前に揺らした。流太は猫じゃらしを左右に目で追い掛ける空雄を見てニヤリとした。これまた不思議な感覚だった。動く物を前にして、唐突に意識がもっていかれたのだ。別に興味があるわけでもないのに。グワシッ! 大きくふりかぶった猫パンチが猫じゃらしではなく流太の頰に直撃した。
「やっぱり猫だね」
「そ、そう言う流太さんだって! 黒猫になったらどうなるんですか?」
「さぁね」
流太は笑ってごまかした。
なんだか猫の体になると人間と違うことが多すぎて困惑する。猫の本能がちょくちょく顔を出すからだ。
「俺は完全な猫になるのは好きじゃないんだ。石男が襲ってきても対抗できないし、なにしろ弱いからね。その点猫戦士は人間社会にもなじめるし、強い力も使える」
空雄はむすっとした。自分も早く変幻自在に姿を変えられるようになりたい。流太のように。
神社を出て住宅街を歩き、商店街に出た。白い猫を肩に乗せた姿が珍しいのか、いろんな人の視線を浴びた。
「流太さん。本当に猫の姿でよかったんですか? なんか、こうして歩く方が目立つような気がするんですけど。前みたいに、屋根の上をぴゅーって」
「いい経験って言ったろ?」
いきなり目の前に小さな女の子が飛び出して「わぁ!」と叫んだ。
「かわいい!」
キラキラビー玉みたいに目を輝かせ、女の子はただ一点、白猫になった空雄のことを見ていた。鈴音にも言われたが、自分がかわいいなんて言われる日がくるなんて。そもそも、中身は高校2年生の男だと知れば幻滅するだろう。もちろん、この女の子がそんなことを知るよしはないのだが。
「触ってみる? この子、人懐っこいんだ」
何を勝手なことを。流太は静かに膝を着くと空雄を女の子の前に置いた。
「こんにちは! 私、美琴。あなたのお名前は?」
「空雄だよ」
あ。普通にしゃべっていた。
「ママ! この猫、ニャーッて鳴いたよ!」
女の子が甲高い声で近くにいた母親を呼んだ。そうだ、猫化した猫戦士の言葉は猫戦士にしか分からないんだった。
「よかったね、美琴。猫さん答えてくれたんだよ」
女の子は少し緊張しながら小さくプニプニした手を伸ばしてきた。猫になった空雄にとって、女の子は自分より大きな存在。一瞬身構えたが、優しく頭をなでてくれたのでほっとした。
「フサフサしてて、かわいいなぁ」
しばらく女の子と触れ合った後、空雄はまた流太の肩に戻った。あの美琴という女の子は母親の手に引かれながら、去り際小さくバイバイをしてくれた。その後も、空雄はなぜか大人気だった。中学生や高校生に声を掛けられ、決まってかわいいと称賛された。美しい猫の姿になるだけでこんな好待遇になるとは、まさに猫さまさまである。
「人気者だねぇ」
「一生分のかわいいをもらいましたよ」
空雄は自分の毛をペロペロして言った。ハッとした。またもや人間らしからぬことを! なんだか猫の姿でいると、自分が人間だったことすら忘れそうだ。いかんいかんと首を振り、空雄は気を取り直して前を向いた。
2人は随分と歩いており、家の周辺まで来ていた。流太はどこに家があるのかを覚えているらしく、空雄が案内するまでもなくスタスタ迷わず歩いていった。見知った道を進み、家が近づくほどに空雄の心はざわついていた。この辺は自分が通う高校の同級生たちも多いので、ドキドキ感は二重だ。
坂道を上った先に空雄の家はある。居間の明かりはついていた。流太は正面玄関に立ちインターホンを押した。ちゃんと正攻法で入るんだ、と空雄は妙に感心していた。
「はい」
音声から母の声だとすぐに分かった。部屋の中を慌ただしく歩く音が聞こえ、ドアが開いた。小春と父も現れたが、空雄の姿がないことにみんな不安な表情を浮かべていた。
「空雄はどこですか?」
母は言った。
「ここだ」
流太は白猫の空雄を腕に抱きかかえた。
「お母さん! この猫、お兄ちゃんとそっくり。目も、毛の色も」
「今は猫の姿をしているけど、猫戦士の姿に戻ることもできる」
流太は猫になった空雄の口を開けると舌をつまんだ。みるみるうちに、空雄は猫戦士の姿に変身した。フサフサした白い髪が揺れ、見開かれた目は黄色と水色に透ける。耳としっぽさえ生えてはいるが、まさしく空雄だった。空雄は両手を見つめ、ぼんやりする視界の中に3人の姿を見つけた。
「空雄っ!」
母は空雄を強く抱き締め、父と小春も重なった。こんな姿になってもなお、自分を待っていてくれた。不安で押しつぶされそうだった心が解放されていく。
「ごめん。こんなことになってしまって」
胸の奥が強く締め付けられる。戻って来られてよかった。やっぱり顔を見なければ分からない。安心できない。自分1人で納得したって、結局残された家族が納得しなければ意味がない。
「猫は下顎を触られると喜ぶんだ」
「猫じゃありません!」
と言いつつ、勝手に喉がゴロゴロ鳴る。
「説得力ないね」
むっとして流太の耳をガブッとかんだ。
「何すんだ。ちゃんと乗ってないと落ちる」
空雄は流太の頭に丸い手を乗せ、うんと背を伸ばし遠くを見つめた。神社から町に続く石段を中腹まで下っている最中だった。流太は茂みに生えていた猫じゃらしを1本取ると頭の前に揺らした。流太は猫じゃらしを左右に目で追い掛ける空雄を見てニヤリとした。これまた不思議な感覚だった。動く物を前にして、唐突に意識がもっていかれたのだ。別に興味があるわけでもないのに。グワシッ! 大きくふりかぶった猫パンチが猫じゃらしではなく流太の頰に直撃した。
「やっぱり猫だね」
「そ、そう言う流太さんだって! 黒猫になったらどうなるんですか?」
「さぁね」
流太は笑ってごまかした。
なんだか猫の体になると人間と違うことが多すぎて困惑する。猫の本能がちょくちょく顔を出すからだ。
「俺は完全な猫になるのは好きじゃないんだ。石男が襲ってきても対抗できないし、なにしろ弱いからね。その点猫戦士は人間社会にもなじめるし、強い力も使える」
空雄はむすっとした。自分も早く変幻自在に姿を変えられるようになりたい。流太のように。
神社を出て住宅街を歩き、商店街に出た。白い猫を肩に乗せた姿が珍しいのか、いろんな人の視線を浴びた。
「流太さん。本当に猫の姿でよかったんですか? なんか、こうして歩く方が目立つような気がするんですけど。前みたいに、屋根の上をぴゅーって」
「いい経験って言ったろ?」
いきなり目の前に小さな女の子が飛び出して「わぁ!」と叫んだ。
「かわいい!」
キラキラビー玉みたいに目を輝かせ、女の子はただ一点、白猫になった空雄のことを見ていた。鈴音にも言われたが、自分がかわいいなんて言われる日がくるなんて。そもそも、中身は高校2年生の男だと知れば幻滅するだろう。もちろん、この女の子がそんなことを知るよしはないのだが。
「触ってみる? この子、人懐っこいんだ」
何を勝手なことを。流太は静かに膝を着くと空雄を女の子の前に置いた。
「こんにちは! 私、美琴。あなたのお名前は?」
「空雄だよ」
あ。普通にしゃべっていた。
「ママ! この猫、ニャーッて鳴いたよ!」
女の子が甲高い声で近くにいた母親を呼んだ。そうだ、猫化した猫戦士の言葉は猫戦士にしか分からないんだった。
「よかったね、美琴。猫さん答えてくれたんだよ」
女の子は少し緊張しながら小さくプニプニした手を伸ばしてきた。猫になった空雄にとって、女の子は自分より大きな存在。一瞬身構えたが、優しく頭をなでてくれたのでほっとした。
「フサフサしてて、かわいいなぁ」
しばらく女の子と触れ合った後、空雄はまた流太の肩に戻った。あの美琴という女の子は母親の手に引かれながら、去り際小さくバイバイをしてくれた。その後も、空雄はなぜか大人気だった。中学生や高校生に声を掛けられ、決まってかわいいと称賛された。美しい猫の姿になるだけでこんな好待遇になるとは、まさに猫さまさまである。
「人気者だねぇ」
「一生分のかわいいをもらいましたよ」
空雄は自分の毛をペロペロして言った。ハッとした。またもや人間らしからぬことを! なんだか猫の姿でいると、自分が人間だったことすら忘れそうだ。いかんいかんと首を振り、空雄は気を取り直して前を向いた。
2人は随分と歩いており、家の周辺まで来ていた。流太はどこに家があるのかを覚えているらしく、空雄が案内するまでもなくスタスタ迷わず歩いていった。見知った道を進み、家が近づくほどに空雄の心はざわついていた。この辺は自分が通う高校の同級生たちも多いので、ドキドキ感は二重だ。
坂道を上った先に空雄の家はある。居間の明かりはついていた。流太は正面玄関に立ちインターホンを押した。ちゃんと正攻法で入るんだ、と空雄は妙に感心していた。
「はい」
音声から母の声だとすぐに分かった。部屋の中を慌ただしく歩く音が聞こえ、ドアが開いた。小春と父も現れたが、空雄の姿がないことにみんな不安な表情を浮かべていた。
「空雄はどこですか?」
母は言った。
「ここだ」
流太は白猫の空雄を腕に抱きかかえた。
「お母さん! この猫、お兄ちゃんとそっくり。目も、毛の色も」
「今は猫の姿をしているけど、猫戦士の姿に戻ることもできる」
流太は猫になった空雄の口を開けると舌をつまんだ。みるみるうちに、空雄は猫戦士の姿に変身した。フサフサした白い髪が揺れ、見開かれた目は黄色と水色に透ける。耳としっぽさえ生えてはいるが、まさしく空雄だった。空雄は両手を見つめ、ぼんやりする視界の中に3人の姿を見つけた。
「空雄っ!」
母は空雄を強く抱き締め、父と小春も重なった。こんな姿になってもなお、自分を待っていてくれた。不安で押しつぶされそうだった心が解放されていく。
「ごめん。こんなことになってしまって」
胸の奥が強く締め付けられる。戻って来られてよかった。やっぱり顔を見なければ分からない。安心できない。自分1人で納得したって、結局残された家族が納得しなければ意味がない。
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