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13、人間に戻りたい
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流太が部屋に戻ってきたのは30分後だった。
「俺、石井道夫を前にして、何の疑いも抱かなかったんです。同じ猫戦士だと言うから、簡単に信じました。だけどちがった。あの時、流太さんが来てくれなければ俺、石にされてました」
「俺の責任だ。一度も石男を見たことがないんだから、分からなくて当然。それに、名前もちゃんと教えなかった」
「流太さんは、どうして気付いたんですか? 道夫がいるって」
「神社の周辺には、結界がいくつも張ってある。その一つに反応したんだ」
「結界?」
「そう。にゃんこ様の結界はこの町全体に張り巡らされている。中でも鳥居の結界は最強だ。結界の数は全部で千。千本結界と言ってね、道夫が現れた時に場所を特定するのに役立つ」
想定外の数に空雄は驚いた。それに、町で結界らしきものを見たことは一度もない。
「新入りの猫戦士を襲うなんて、やつも抜け目がない。何を話した?」
流太は腕を後ろにつき、話の続きを催促した。
「猫が好きかと、聞かれたんです。道夫は猫が好きだと答えました。流太さんは、分かっていたんですか? どうして石男が……石井道夫が猫を石に変えるのかを」
流太は首を振った。
「石に変えること自体、彼にとって救いだと思いませんか。石像は、何百年、何千年とその場所に残り続ける。彼は、生あるものはいずれ死んでいく運命だと、嘆いていました。悲しんでいたんです。どうして健常の猫は襲われないのかは、分かりません。でも、一部の不自由な猫を、石像にすることで、苦しみから救えると考えているんじゃないですか」
真剣な顔で話す空雄を、流太はどこか冷めた目で見ていた。
「それに、どうして道夫は俺たちのことを白丸と黒丸と呼んだんでしょう」
「俺に聞いたところで、満足な答えは得られないと思うけど? だって俺、あの男の思想とか興味ないし。知りたいとも思わない。例えあんたの言う通りだとしても、俺たちの目的は変わらない。あの男を滅ぼすことだ」
猫戦士の使命はそう、石井道夫を滅ぼすこと。にゃんこ様が望む勝利をつかみ取るために、戦わなくてはいけない。そのために、空雄も流太も猫戦士にさせられたのだから。猫神社に来て早々、前途多難な船出に見舞われた。
「早く、人間に戻りたい?」
流太の言葉に空雄はうなずいた。
「俺も」
流太は笑った。
「きっと戻れる」
自分たちにならできる、いや、自分たちだからこそできる。空雄には、彼がそう言ってくれたように聞こえた。
「にゃんこ様を恨んでる?」
ふいに尋ねられ、空雄はなんともいえない表情でうつむいた。人間としての姿を奪ったものに対して、恨んでいないとは言えなかった。
「俺は、恨んでいた。再生する体なんて欲しくなかったし、猫にもなりたくなかった。普通ではいられなくなったことに、屈辱を感じてもいた。だけど、ずっとそんな気持ちでいると心は疲弊する。だから気ままに生きることにした。時の流れるままに。今はにゃんこ様を恨んでいないし、むしろ彼女をあわれだと思うよ」
あわれ、という言葉に空雄は目を細めた。
「猫善義王は本来自由な猫の神様だけど、石男が現れてから鳥居の外に出られなくなった。その力は年々弱まり、歩くだけでもつらくなった」
空雄はそんな事情があるとは知らずに少し同情した。しかし、なぜ力が弱まったというのか。疑問を呈する顔で流太を見ると、彼は続きを話してくれた。
「道夫のせいだよ。やつが猫を石像に変えるたび、にゃんこ様の体力は削られていく。猫はにゃんこ様が存在する力の源だからね。失われた力は、猫を石像から解放しない限り戻らない。解放するには道夫を滅ぼすしかない。にゃんこ様は、籠の中の鳥。どうして鳥居の外に出られなくなったのか、何も聞かされてないから分からないけど、猫なんだから散歩にくらい出たいものだろ。あまりに不自由な神様じゃないか」
そういうものの見方をしなかった空雄にとって、流太の言葉は目からうろこだった。猫が石に変えられるたび、にゃんこ様の力は削られていく。五大猫神使の力を借りることでしか、目的を達成できないのだ。
それから1時間後、部屋ににゃんこ様がやってきた。
「調子はどうじゃ」
「あんまり、よくないです」
「心配しなくても、午前0時には元通りさ」
どこかお気楽に流太は言った。彼の言う通りなのだが、次の再生まではまだ10時間以上もある。少しずつ体は動くようになってきたが、起き上がるのはつらい。
「また、いつ道夫が現れるか分からない。今後、鳥居の外に出る際は流太とともに行動することだ。こやつがついていてくれれば私も安心だ。道夫が鳥居の向こうに行けないのと同じように、私も鳥居の外には出られない。だから、これはおぬしらに頼むしかない。それはそうと、渡したいものがある」
にゃんこ様は大きめの桐箱を空雄に渡した。中には指出しの黒い手袋と、美しい白の着物が入っていた。
「俺、石井道夫を前にして、何の疑いも抱かなかったんです。同じ猫戦士だと言うから、簡単に信じました。だけどちがった。あの時、流太さんが来てくれなければ俺、石にされてました」
「俺の責任だ。一度も石男を見たことがないんだから、分からなくて当然。それに、名前もちゃんと教えなかった」
「流太さんは、どうして気付いたんですか? 道夫がいるって」
「神社の周辺には、結界がいくつも張ってある。その一つに反応したんだ」
「結界?」
「そう。にゃんこ様の結界はこの町全体に張り巡らされている。中でも鳥居の結界は最強だ。結界の数は全部で千。千本結界と言ってね、道夫が現れた時に場所を特定するのに役立つ」
想定外の数に空雄は驚いた。それに、町で結界らしきものを見たことは一度もない。
「新入りの猫戦士を襲うなんて、やつも抜け目がない。何を話した?」
流太は腕を後ろにつき、話の続きを催促した。
「猫が好きかと、聞かれたんです。道夫は猫が好きだと答えました。流太さんは、分かっていたんですか? どうして石男が……石井道夫が猫を石に変えるのかを」
流太は首を振った。
「石に変えること自体、彼にとって救いだと思いませんか。石像は、何百年、何千年とその場所に残り続ける。彼は、生あるものはいずれ死んでいく運命だと、嘆いていました。悲しんでいたんです。どうして健常の猫は襲われないのかは、分かりません。でも、一部の不自由な猫を、石像にすることで、苦しみから救えると考えているんじゃないですか」
真剣な顔で話す空雄を、流太はどこか冷めた目で見ていた。
「それに、どうして道夫は俺たちのことを白丸と黒丸と呼んだんでしょう」
「俺に聞いたところで、満足な答えは得られないと思うけど? だって俺、あの男の思想とか興味ないし。知りたいとも思わない。例えあんたの言う通りだとしても、俺たちの目的は変わらない。あの男を滅ぼすことだ」
猫戦士の使命はそう、石井道夫を滅ぼすこと。にゃんこ様が望む勝利をつかみ取るために、戦わなくてはいけない。そのために、空雄も流太も猫戦士にさせられたのだから。猫神社に来て早々、前途多難な船出に見舞われた。
「早く、人間に戻りたい?」
流太の言葉に空雄はうなずいた。
「俺も」
流太は笑った。
「きっと戻れる」
自分たちにならできる、いや、自分たちだからこそできる。空雄には、彼がそう言ってくれたように聞こえた。
「にゃんこ様を恨んでる?」
ふいに尋ねられ、空雄はなんともいえない表情でうつむいた。人間としての姿を奪ったものに対して、恨んでいないとは言えなかった。
「俺は、恨んでいた。再生する体なんて欲しくなかったし、猫にもなりたくなかった。普通ではいられなくなったことに、屈辱を感じてもいた。だけど、ずっとそんな気持ちでいると心は疲弊する。だから気ままに生きることにした。時の流れるままに。今はにゃんこ様を恨んでいないし、むしろ彼女をあわれだと思うよ」
あわれ、という言葉に空雄は目を細めた。
「猫善義王は本来自由な猫の神様だけど、石男が現れてから鳥居の外に出られなくなった。その力は年々弱まり、歩くだけでもつらくなった」
空雄はそんな事情があるとは知らずに少し同情した。しかし、なぜ力が弱まったというのか。疑問を呈する顔で流太を見ると、彼は続きを話してくれた。
「道夫のせいだよ。やつが猫を石像に変えるたび、にゃんこ様の体力は削られていく。猫はにゃんこ様が存在する力の源だからね。失われた力は、猫を石像から解放しない限り戻らない。解放するには道夫を滅ぼすしかない。にゃんこ様は、籠の中の鳥。どうして鳥居の外に出られなくなったのか、何も聞かされてないから分からないけど、猫なんだから散歩にくらい出たいものだろ。あまりに不自由な神様じゃないか」
そういうものの見方をしなかった空雄にとって、流太の言葉は目からうろこだった。猫が石に変えられるたび、にゃんこ様の力は削られていく。五大猫神使の力を借りることでしか、目的を達成できないのだ。
それから1時間後、部屋ににゃんこ様がやってきた。
「調子はどうじゃ」
「あんまり、よくないです」
「心配しなくても、午前0時には元通りさ」
どこかお気楽に流太は言った。彼の言う通りなのだが、次の再生まではまだ10時間以上もある。少しずつ体は動くようになってきたが、起き上がるのはつらい。
「また、いつ道夫が現れるか分からない。今後、鳥居の外に出る際は流太とともに行動することだ。こやつがついていてくれれば私も安心だ。道夫が鳥居の向こうに行けないのと同じように、私も鳥居の外には出られない。だから、これはおぬしらに頼むしかない。それはそうと、渡したいものがある」
にゃんこ様は大きめの桐箱を空雄に渡した。中には指出しの黒い手袋と、美しい白の着物が入っていた。
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