また、猫になれたなら

秋長 豊

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9、石男の目的

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「流太さん。俺、どうやって……石男と戦えばいいんですか」

「そう焦るな。基本的にあんたは俺と行動する。いきなり難しいことは押し付けない。もしも今のあんたが石男に出くわしたとしても、助かる保証はないしね」

「石男が狙っているのは、猫じゃないんですか?」

「やつの目的は猫を石に変えること。でも、あいつもばかじゃない。自分の邪魔をする猫戦士、つまり俺たちの存在をうとましく思っている。十分攻撃対象になりうるってこと。諸説はあるが、石男は人間の怨念が邪の存在となって具現化した存在らしい。やつは、猫の首に触れて石に変える。だから、あんたもやつに首を触らせてはいけない」

 首を? 空雄はなぜかと驚いて見返した。

「俺たちも、首をやつにつかまれれば石にされる。石にされるのは俺たち猫戦士も同じってこと」

 急に寒気がして、空雄は自分の首を手で押さえた。

「だから猫戦士は首輪をしている」

 そういえば、流太は赤色の首輪を着けている。黒猫に赤い首輪が映えるように、彼はよく似合っていた。流太はふすまを開けると自分の部屋に敷いてある布団の上に丸くなった。

「流太さん、その親指、本当にそのままで大丈夫なんですか」

「平気だ」

 流太は目を閉じて言った。

「流太さんも、普通の人だったんですよね」

「同じだって、言っただろ」

「流太さんの家族は、どこにいるんですか?」

「俺に家族はいない。母は自殺、父は無様に死んだ。弟は行方不明。父は生前、化け物とののしり俺を殺そうとしたよ」

 流太は天井をぼんやりながめて言った。

 実の息子を化け物とののしり殺そうとした。壮絶という言葉だけでは言い表せないほど、暗く悲しい。

「あんたは、人のことなのにそういう顔をする」

 空雄は眉間にしわが寄り、気難しい顔になっていた。

「俺の話はいい、つまらない。やめよう」

「流太さん以外にも……猫戦士はいるんですよね」

「猫善義王には、五大猫神使という猫の使いがいる。使いに憑依された人間は、俺たちの他にあと3人いる。鈴音、条作、悟郎。ただ今はみんな町に出ている。そうだ、悟郎を呼んでみるか」

 流太はポケットからスマホを取り出すと電話帳から山田悟郎という名前をタップした。

「もしもし? 悟郎? 新入りが入ったんだ。今、猫屋敷でくつろいでるとこ。一応グループチャットにも流しておいたから、よろしく」

 短いやりとりだった。流太はスマホをしまうとふわぁとあくびをかいた。

「今は寝ておいた方がいい。朝になったら、にゃ……猫善義王に会わせてやるよ」

 空雄は布団を敷いて横になった。眠くはなかったけど、彼の言う通り今は寝ておこう。瞼を閉じれば、そこはもう別の世界だ。

 気付けば小鳥のさえずりが聞こえ、外は明るんでいた。すでに隣の部屋に流太の姿はない。しんとした屋敷の中を1人歩いていると、玄関前の段差に流太の後ろ姿が見えた。

「おはようございます」

 流太は振り向くと笑った。

「おはよ。おなか、すいてるでしょ。ついておいで」

 ついて行くと、流太は居間とつながった台所にある冷蔵庫を物色し始めた。猫缶にカリカリ、ゼリーのおやつなど、猫が好きなものならなんでもあった。

「こんなにたくさん、どうしたんですか?」

「この神社に訪れた人が供えてくれたものだ」

 さすが猫神社というだけある。供えられる物も普通の神社とは一風変わっている。空雄は流太と一緒にご飯を食べ、しばらく誰もいない居間で話した。もはや人間の時に食べていたおいしいものより、猫のご飯の方がおいしいと感じる味覚になっていた。

 流太の親指は包帯で巻かれ、痛々しく赤色に染まっていた。次の再生まではかなりの時間がある。それまで、当然痛みに耐えなくてはいけない。昨晩は親指を信用の担保に差し出すなんてぶっ飛んだ人だと思ったが、こうして猫のカリカリを食べる姿を見ていると、案外まともな人なのかもしれないと錯覚した。

「誰かいるのか」

 玄関から女の子の声がした。様子を見に行ってみると、栗色の長い髪に、猫の耳としっぽを生やしたかわいらしい少女が立っていた。ぷっくらとした頰の右側には、不似合いな黒い3本の爪痕があった。

「流太、その指はどうした」

 抜け目なく流太の親指がないことに気付いた少女はむっとした。流太はははっと笑って左手を後ろに隠した。

「ちょっとね、指切りの約束をしてきたんだ」

「何が約束じゃ。指切りげんまんの指切りは、約束を破った不義理の償いにするものじゃろ。先に指を切ってどうする」

 あきれ気味に言いつつ、少女は流太の左手をつかむと包帯をめくってけがの具合を見た。

「また無理をしおって。いずれ再生するからといって、体を粗末にするでない。目の前で指を切られた人間のことも少しは考えろ。トラウマものじゃぞ」

 流太は叱られた子どもみたいにばつが悪そうな顔をした。

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