地底少女は虫笛を吹く

秋長 豊

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37、消えた尊守

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 数週間後の朝、結たちはホームルームの時間になっても入ってこない炎孟先生の話で持ち切りだった。誰かが問題でも起こして、今その会議で忙しいんじゃないかとか、特別な授業が行われるんじゃないかとか。1時間目の授業が始まる直前、やっと炎孟先生が教室に現れた。

「急きょ会議があって遅くなった。3カ月後に行われる校外学習について話していた」

 教室中がザワザワ。生徒の中には楽しそうな話題に目を輝かせる者もいた。そんな彼らを容赦なく一べつすると、炎孟先生は黒板にこう記した。


 かまくら道


「君たちはここへ見学に行ってもらう。特別に考古学に詳しい教授を招いての授業で、丸一日かかる」


「かまくら道っていうのは、昔第1領地に築かれていた祖先たちの古都さ」

 この日、結はほとりの実家におじゃましていた。米川恒治ことほとりの父親は、立派にカールしたご自慢のひげをさすりながら結たちを見返した。

 話題は校外学習で訪れる予定のかまくら道に移り、綾夫人はデザートにアリの子ようかんを持ってきた。結には虫なしのデザートで、ほとりから虫嫌いなことを聞いたらしい。嫌味でものを言わず、とても気を使ってくれる母親だ。もう満腹だ。魚の蒸し焼きに焼き鳥、焼きおにぎりと家庭的な料理を堪能した結は幸せで顔が緩んでいた。

「なんでもガイドをしてくださるのが、あの梶原教授なんだろう?」

「梶原……お父さん、それ誰のこと?」

 ほとりはむしゃむしゃデザートにがっつきながら尋ねた。結は脳内で勘が働いて隣に座るほとりを小突いた。2人は顔を見合わせた。

「なんだ、聞いていないのか。ほら、クラスに梶原茂君って子がいるだろう? 彼の父親は高名な大学教授で考古学を専門にしているんだよ。近頃体調を崩されてフリーで活動していると聞いたが、まさか校外学習の授業を担当してくださるとは」

 恒治は一枚の紙をヒラヒラさせた。

「お父さん、それ見せて」

 ほとりは紙を奪い取った。結ものぞき込むと、保護者宛てに届く学習案内の通知書だった。そこには確かに特認教授、梶原義男と名前が記されてあった。

「そういえば、尊守が言ってたっけ。茂のお父さんは大学教授だって」

 ほとりは紙をヒラヒラさせて言った。

「しっかりお話を聞いてきなさい」

 料理を食べ終えて玄関の外に出る頃には日が暮れていた。

「今日はありがとう、結」

「こちらこそ。尊守は誘えなかったけどさ、今度は3人で」

「うん。そういや尊守、2日前からちっとも電話に出ないんだ。何してるんだろ」

「私も。いつもならすぐ返事くるのに、メールは既読にすらなってない」

「まっ、競虫で忙しいんだろうね。明日は週初めだし、また3時間目辺りから来るさ」

「そうだね。じゃあ、また」

「うん。おやすみ」

 2人は別れた。あと1カ月後にはかまくら道の校外学習が待っている。学校の授業で夜まで残ることはめったにないことなので、結は早くその日がくることを願っていた。

 翌朝、結がいつも通り教室へ向かって歩いていると炎孟先生にばったり出くわした。いや、どっしり構えているところを見る限り、来るのを待っていたように見える。

「結さん、警察の方が君から話を聞きたいそうだ。教室には行かず、私と一緒に警察署まで来なさい」

 結は顔を青くした。警察? どうして警察が話を聞きたいのだろう。どんなに記憶を遡っても罪を犯したつもりはない。あるとしたら、大型トンボにまたがって空を飛んだことくらいだ。

「何かの間違いです」

 おびえる結を見た炎孟先生は珍しく顔を緩めた。

「落ち着いて聞きなさい。尊守の母親から、行方不明届が出された。彼は3日前から姿を消している。家にも学校にも戻っていない。君とほとりはよく彼と一緒にいる。友達として、話を聞かせてほしいということだ」

「そんなのうそです。先生、うそですよね?」

「静かに。この話はまだ公表されていない。生徒で知っているのは君とほとりの2人だけだ」

「どうして尊守が?」

「分からない。家出なのか、それとも事件性のある誘拐なのか」

 結は気が動転して頭がクラクラした。自分がほとりとのんきに食事をして楽しんでいる間に、尊守が行方不明になっていたなんて。

「……斉藤賢暮だ」

 結はうつむき、口から小さく漏らした。炎孟先生の眉がピクッとなった。
「なぜ、そのような結論にたどり着く。君は、警察の聴取にもそんなふうに答えるつもりか」炎孟先生は怒りをこらえたのかため息を漏らした。「さぁ、ついてきなさい」

 全身力が抜けたのか一歩進むだけで重労働に感じた。携帯を確認してみたものの、やはり見てくれた形跡はなかった。学校の外へ出ると警察車両が止まっていて、いかつい顔をした男の警官が運転席に座っていて、助手席から降りてきた優しそうな女の警官が結を見るなり後部座席のドアを開けた。

「お待ちしておりました。平沢尊守さんのご友人、近江結さんですね?」

「はい」
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